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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十五話 カール、グルジア
148/209

25-6.カール、グルジア

「なんだ? 壊れていないおまえとは?」


 不可解な言葉を使うグルジアに、リントウは顔をしかめる。


「こいつは心の病気なんだ。時折人が変わり、狂う」


 リールが狂ったのを目撃したのはカールとグルジアだけで、リントウとポテトはそれを知らなかった。その様子を話すと、リントウはなんとか理解したようだが、ポテトは首を捻らす。


「リールが狂ってるっていうのはわかったけど、それと子供の姿になる事と何の関係があるわけ?」

「心の病気は心でしか治せない。みんなをぼくの力の影響下に置く事で、ぼくの心をみんなと繋ぐ。そして少しずつレイリールの心の傷を癒していくんだ」

「レイリール?」

「ぼくの本当の名だ。狂っているのはレイリール。そして完全なぼくもレイリールだ。ぼくは完全なレイリールに戻りたい」

「おまえが頭おかしいのはもうわかった。でもおれは……」


 なおも反論しようとするポテトにカールが頭を下げる。


「ポテト、この通りだ! おれはレイリールを治してやりたい! おまえもそれに協力してくれ!」


 ポテトはなおも頬を膨らませて抗議するが、カールの必死な頼みに結局は折れた。






 それからポテトの包帯が完全に取れる日を待って、カール達は四月六日に子供の島へ入った。カールは子供の島でのんびり暮らした。時々バカな事を言いながら。


「アラド、ちと相談があるんだが」


 カールはポテトとリントウの目がない時に、この島でみんなを子供の姿にする力を使っているアラドに声をかける。


「なんだ?」


 周りに人目はないが、カールはこそこそとアラドに顔を近づける。


「おまえ、おれとクレイラをニ十歳くらいにできないか?」


 クレイラはカールが好意を寄せている女の子だ。クレイラの実年齢は五十三歳で、カールと四つしか変わらない。


「わかんないけど……なんで?」

「せっかくだから、いっぺん若い姿でやってみたいんだ」

「何を?」


 アラドは本気で分からないように首を傾げる。カールはにこにこしながら言う。


「そりゃエッチに決まってるだろ」

「エッ……」


 アラドは頬を赤らめる。


「フ、フン! そんなバカな事に協力できるかよ!」


 アラドはカールを振り切って行こうとする。しかし次の一言で足を止めた。


「女の悦ばし方、教えてやろうか?」


 アラドが振り向くと、カールは相変わらずにこにこと笑っている。


「おまえ、した事ねえだろ? ん?」

「バ、バカ言うな。おれだって経験が全くないって訳じゃ……」


 アラドは言いながら、見知らぬ女の体を触ってしまった事のある嫌な記憶を思い出して、一人で落ち込む。


「初めての時、リールが痛がったらかわいそうだなあ?」


 カールもアラドがリールの事を好きなのは分かっていた。アラドはぐぐっと言葉に詰まる。顔を紅潮させながらカールを睨む。


「で、できるかわかんないぞ……!」

「うんうん、物は試しだ」


 結局アラドは力の細かい調整ができずに、カールを二十代くらいの姿にする事は出来なかったのだが、カールは自分の家にアラドを招いて色々話をした。


 カールは酒瓶を空けながら、赤裸々に女との経験談を話す。


「ポテト、おまえももう知ってもいい歳だぞ」


 カールはにこにこと話しているが、ポテトは呆れた顔をしている。


「じいちゃんの話なんか聞き飽きたよ。アラドも真面目に聞く事ないよ。じいちゃんは年中振られっぱなしなんだから」

「い、いや、勉強になる」


 アラドは下ネタの多い話にどぎまぎしながらも、真剣な表情でカールの話を聞いていた。






 グルジアは使わない猟銃を磨きながら子供の島で暮らしていた。ブラックらと一緒に島内の電気水道設備などの管理をしたり、掃除をしたりする。植えた野菜の収穫をしたりもする。それから食堂の外の水道の所で、ダンと一緒に魚を捌きながらタバコを吸う。アンナやリントウに見つかって怒られる事以外は、平穏な生活を送っていた。


 グルジアは時折、故郷の村の事を思い出した。そこには先祖の墓があり、自分もいずれそこに入るものだと当然に思っていた。住んでいた村の取り潰しが決まってから、墓は街の方へ移して長男に譲った。それでグルジアはもう帰る場所を失くしてしまったような気になっていた。今唯一の心の支えはこの子供の島。有尾人が安心して暮らせる島だけだった。


 グルジアはいつもカールにその話をした。自分には戻る場所がない、帰る場所がないと。カールは自分も同じだと頷く。自分達にはこの子供の島しかない。


 だが子供の島の計画は終わる。リールはそう宣言してしまった。






 八月三十一日の日、子供達は大人に戻してもらいながら次々船に乗り込み、子供の島から出ていく。グルジアは最後まで残っていた。この島で余生を送るつもりだったグルジアは、故郷を失くした時の絶望を再び味わっていた。


 みんなが去った後の島の真ん中で、気づけば猟銃の銃口を自分のあごの下に当てていた。長い銃身を握り、片方の靴を脱いで引き金に親指をかける。


 パアンッ


 銃声が響く。その瞬間にグルジアの銃を奪うように握っていたのは、グルジアの様子を気にかけていたアクロスとドルだった。リールもグルジアを守るように抱きしめていた。


「グルジア、死なないでよ……!」


 リールはグルジアを強く抱きしめながら言う。


「グルジア、死ぬつもりだったのか!?」

「グルジア……!」


 アクロスとドルもグルジアを心配そうに見つめている。グルジアはリールの腕が自分を放してくれるのを待って靴を履き直し、それから落ちた帽子を拾った。


「死のうなんざ思ってねえよ。一度死んだ気になれば、気持ちに整理もつくかと思っただけさ」

「そ、それでも危なかったぞ」


 アクロスは奪った猟銃をぎゅっと握りながら言う。


「……フン、このまま死んじまうのも手かとは思ったがな」


 グルジアは深く帽子をかぶり直した。






 子供の島の生活は終わった。リントウは故郷へ帰っていったが、グルジアとカール、そしてアンナはホールランドで購入したリールの屋敷の住人となった。


 みんなそれぞれ学校へ行ったり、仕事を始めたりした。結婚したり、同棲を始めたりした子達もいる。新たな生活を始めた子供達の暮らしは、順調に行っていた。しかし子供の島の計画がまだ終わっていない事を、みんな知らなかった。


次回 第二十六話 イラン・パネヴェジス

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