25-4.カール、グルジア
体力のある二十代になって旅の足は早まるかと思ったが、若い姿を保つ負荷は常にかかり続けているようで、足取りはなかなか早くならなかった。
「ぼくも自分でびっくりだよ。こんな力まで使えるなんて」
リールは人を若くする魔法を使えた事に、自分で驚いていた。しかしその影響で疲れやすい二人を見ていると、やはりこの力は使うのをやめようと二人を元に戻した。
そして思ったより日数がかかったが、一番近いハウイ族の港に着く頃には、ちょうどリール達が乗れる商船が到着していた。
リールとカール、ポテト、リントウは船に揺られ、とある先進国に着く。全身消毒され、その後リールの部下のMAという者の計らいで、大きな病院にポテトとリントウは入院する事になった。その存在を他の患者に知られないようにするため、特別な個室で治療を受け、カールも特別にポテトと同じ個室に寝泊まりした。
ポテトの熱は十日後には下がった。傷もほとんど塞がったポテトは退院の許可が下りると、カールと一緒にホテル住まいになった。もちろんMAの保護監視の下でだ。耳と尻尾を隠しながら、リントウが治るまでその国で暮らした。
リールは時々ポテトやリントウの様子を見に訪れながらも、誘拐されたと情報のあった有尾人の捜索に当たっていた。有尾人の住むカプルカ島からそう遠くない国で、有尾人の目撃情報があった。
その国には六十過ぎのグルジアがいた。グルジアは山奥の小さな村に住んでいたが、過疎化が進んだ村で、その村は取り潰しになり、軍事施設の建設が予定されていた。
故郷の村を追い出されかけていたグルジアは、既に村を捨てた既知の者達を回っていた。さらに山奥に入り隠遁した生活を送る者、街で暮らす事を決めた者、海で漁師として生きる事を決めた者。それらの者達と話してみても、長年山で猟師として生きてきたグルジアは、新しい人生への展望を持つ事はできなかった。
連れ合いは既に失くしているため、一人、街に住んでいる息子と娘にも会いに行ったが、息子と娘も自分達の生活に手一杯で、グルジアと一緒に住む生活を望んでいなかった。
グルジアは自分の人生に絶望しながら、港近くの広場に来ていた。
そこには人だかりができていた。何か見世物があるらしい。袋に入れた愛用の猟銃を背負い、人の波に揉まれながら、グルジアは何をするでもなくそこに立っていた。
そこに檻を乗せた車が着く。檻の中には三人の女の子が入れられていた。女の子達はそれぞれうずくまっていたり、檻を掴んで何か叫んでいたりした。
女の子達は有尾人だった。男達が猛獣でも扱うかのように鞭を振るい、口上を述べる。
「さあ、世にも珍しい有尾人だよ! 尻尾があり、耳に毛が生えている! その生娘達だ! これを買う者はいないか!?」
グルジアは吐き気がした。確かにここは先進国と言えるほど発展した国ではないが、本来なら人身売買が簡単に行われるほど治安の悪い国でもない。だが有尾人という異人種に対しては、それが当然に行われている。
「助けて! わたしを故郷に帰して!」
グルジアにはその有尾人の女の子の言語は理解できなかったが、そう叫んでいるのだと強く思えた。
グルジアはたまらず空に向けて発砲した。銃声が響いた事で辺りは騒然となる。そしてグルジアの発砲を合図にしたかのように、黒服の者達が檻を取り囲むようになだれ込んできた。その中には一人だけ少年のような金色の髪の者もいる。黒服の者達は有尾人の子達を解放しに来たようだった。檻を囲む男達と口論しながら檻を開き、女の子達を連れ出していく。
グルジアはただそれをぼーっと眺めていた。だがグルジアの持っている銃を指して騒ぎ出す者が出てくると、グルジアは舌打ちをした。逃げようにも人が密集していてうまく逃げられない。その時、檻の方にいた金色の髪の十八歳くらいの子供がグルジアに声をかけた。
「あなたもこちらに来て!」
グルジアはその金色の髪の子供についていった。子供は言った。
「ありがとう、あなたが彼らの注意を引いてくれたから、あの子達を助けられた」
グルジアはどこかの民宿のようなホテルに案内された。グルジアを椅子に座らせて、金色の髪の子供、リールは改めて礼を言った。
「あなたのおかげで一番助けたかった子……ミルキィという子を助けられた。彼女の彼氏がとても心配してたから、少し乱暴なやり方になってしまったけれど、助けられてよかった」
リールは助けた子達は安全な場所に護送したと言った。グルジアは低く呻くように尋ねる。
「なんであんな娘達が見世物にされてんだ」
「彼女達は有尾人の住む島から誘拐されてきたんです。珍しい人種なので、人身売買の対象になったようです」
「おれの言いたい事はそうじゃねえ。なんでたかが尻尾、そんな物があるだけで、こんなに生き苦しい?」
リールはじっとグルジアを見つめた。グルジアの表情は、口髭と深くかぶった帽子のせいで見づらい。
「有尾人の存在はまだ世界に認知されていない。だから、対等に見られてもいない」
「おれは有尾人が安心して暮らせる場所を作りてえ。娘達があんな動物のように扱われるなんて、我慢ならねえ……!」
リールはその言葉に感銘を受けたように驚く。少し迷っていたが、やがて意を決したように言った。
「あなた、ぼくの主になりませんか……!?」
「主? 何を言ってる」
「ぼくは本来、自分の考えで動く事を禁止されている。でもあなたがぼくの行動指針を決めてくれれば、ぼくはその通りに動く事ができる。ぼくに何でも言ってください。ぼくはあなたの思う通りに動く、あなたの道具になる」
グルジアは帽子の下で明らかに顔をしかめた。
「道具だあ……!? バカな小娘が、おれの一物をしゃぶれとでも言ったらしゃぶるのか!」
リールはグルジアの口汚い怒声に驚くが、少し肩を落として呟く。
「あ、あなたがそうしろと言うのなら……」
グルジアはガタっと立ち上がり、殴るようにリールの顔を叩いた。
「バカな事言ってんじゃねえ! おれは有尾人が安心して暮らせる場所が作りたいだけだ! おまえのような小娘に関わっている暇はねえ!」
リールは一瞬放心したが、それがグルジアの優しさなのだと思った。




