25-1.カール、グルジア
カールは四十九歳になる男で、有尾人という尻尾の生えた人種の人間だ。スパ族という種族で、浅黒い肌に銀色の髪を持っている。カールには十五歳の孫のポテトもいるが、今は二人ともこの子供の島で同じ十二歳くらいの子供の姿だ。
カール達の家は、みんなが集まる食堂から離れた古い民家だ。畳の間に廊下が続き、そこから縁側に出られる。カールが孫のポテトとのんびり話している所へ、同じく有尾人のリントウがすごい形相で乗り込んできた。
「カールゥ! 貴様、アンナに手を出したというのは本当かあ!?」
リントウは長い赤毛の尻尾を持つニウエ族という種族の女の子だ。今は十二歳くらいの子供の姿だが、本当の歳は六十五歳になる。
「じいちゃん、アンナに手を出したのか……!?」
ポテトは驚いたと言うより、まるで泣きそうな顔でカールを見る。そんなポテトを見て、カールは慌てて首を振る。
「いや、いや、違う! ちょっと触っただけだって! 何もしてねえ!」
「本当か、貴様……!」
リントウはカールの言い分を聞いても、まだ信じられないと言うように憤怒の表情でカールの胸倉を掴んでいる。
「触ったってどこ触ったんだ、じいちゃん」
「ほ、ほら、前言ったろ? ちょっとおっぱい触ろーとしてひっぱたかれたって」
「……なんだ、その話」
ポテトは以前もその話を聞いた事があるのか、少し安心したようにため息をつく。リントウはまだカールの胸倉を掴んだまま、カールを睨んでいる。
「カール、貴様の女癖の悪さは女達に話しておく。わしがいなくなった後、おまえが女達に悪さを働くようになったら困るからな!」
やっとリントウに放してもらったカールは、服のしわを直しながらリントウに聞く。
「リンちゃん、本当にこの島の計画が終わったら帰っちまうのか? おれ達と一緒にこの海蛮人の世界で暮らせねえのか?」
海蛮人とは、有尾人達が普通の人間を呼ぶ時の言葉だ。リントウは腕組みをして、「フン」と横を向く。
「わしはわしの病気を治してもらいに来ただけだ。カール、貴様がわしの命を望んだから来てやった。それで病気が治ったのは感謝している。だがわしには故郷でわしの帰りを待っている家族がいるんだ。ここでおまえ達と生きる気はない」
「そうかあ……」
うなだれるカールを、リントウはしかめ面をしたまま見る。
「カール、貴様こそ故郷に帰る気はないのか。なぜ海蛮人の国に出てくる事を望んだ」
カールは少し頭を掻く。
「リンちゃんだって知ってるだろ……? おれは故郷の村でつまはじき者だった。それにおれはポテトに勉強させたいんだ。ポテトは頭がいい。おれみたいなバカにはさせたくねえ」
「……海蛮人の世界でどれだけ苦労する事になるか、わからないぞ」
「ポテトと話して決めたんだ。居場所のない故郷にいるよりもマシだろ。多分な」
有尾人が住むのはカプルカ島という島国だ。そこにはハウイ族、スパ族、ニウエ族など数種類の有尾人の種族が、それぞれ縄張りを持って暮らしている。それぞれの種族は血が交じり合うのを嫌い、最低限の交流しか持たない場合が多い。その中でニウエ族のリントウは、スパ族との交流があった方だ。
リントウは薬師の祖母に連れられて、近くのスパ族の村に赴く事が度々あった。そのリントウは祖母を手伝って、子供を取り上げる事も多かった。そして十六の時、初めて一人でスパ族の子供を取り上げた。それがカールだった。カールを生んだ母は産後の肥立ちが悪く、そのまま亡くなった。
カールは木こりの祖父と暮らしていた。父親はどこへ行ったか分からない。母親もいない。その代わり五歳頃からカールはいつもニウエ族の村がある山の方を眺め、リントウが来るのを心待ちにするようになった。祖父から、自分を取り上げてくれたのはリントウだと聞いたからだ。母親に贈るべき愛情を、カールはいつの間にかリントウに向けるようになっていた。
リントウはカールに対して、初めて自分で取り上げた子という以外に、強い思い入れはなかった。スパ族の村に下りていく度にまとわりついてくるカールを、むしろ邪険にしていた。
やがて祖父も亡くなり、一人になった十六歳のカールは、既にあちこちの女に手を出すようになっていた。若い娘はもちろん、男や子供がいる女でもお構いなしだった。それは一人になった寂しさを埋めるためだったが、同様に女癖の悪かった祖父の素行と同一視され、大人達から嫌われるようになっていた。
リントウはそんなカールに会う度に怒鳴り散らし、殴り飛ばした。カールはそれでもリントウが来ると、子供の時のようにリントウについて回った。カールにとって自分を本気で心配して怒ってくれるのは、リントウだけだと思えたからだ。
「カールゥ! 愛する者を作れ! もうわしにつきまとうな!」
リントウはカールを殴りながら、よくそう言っていた。カールの子を孕んだ女もいたが、その女は子供を産むとそれをカールに押しつけ、他の男と一緒になった。カールは子供にフレイクと名付け、かわいがって育てた。
フレイクが順調に育っていく中、カールは親戚に騙されるように住んでいた家を取られ、村の外れの小さな家に住むようになっていた。
フレイクは女遊びこそしなかったが、息子のポテトを産んだ女は結局他の男の所へ行った。それはカールの女に手を出す癖が抜けず、女を寝取られた男や、娘を傷モノにされた男親がよく殴り込みに来るような家だったからでもあった。
フレイクは嫁が出ていった時こそカールを責めたが、それ以外ではいつも子供のポテトと一緒にカールを庇っていた。




