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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十四話 ドル・リーズパーク
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24-1.ドル・リーズパーク

 リールが八月三十一日で子供の島を終えると宣言したその後の日、ドルは島の西側の崖に来ていた。


 そこはいつもリール達が行き来する船着き場が見える場所だが、船着き場からは大回りして林を抜けてこないと、この崖までは登ってこられない。獣道もないような林の中を、わざわざ通ってここに来るのはドルくらいしかいない。ドルは海から十数メートルある崖の先端に立つ。そして目を閉じた。






 ドルの体には強く殴られたような痣がいくつもある。もう治っていたはずの痣が、子供の姿になった時になぜかまた出てきた。


 幸い痛みはなかったが、人に見られたいものではなかった。見られれば、自分が殴られるための人間だという事が分かってしまうから。


 だからドルは最初の頃は誰もいない時間を見計らって、共同風呂に行っていた。住んでいた家も、ダン達と一緒ではなく、タルタオと同じ家だった。






 ドルには両親がおらず、ずっと叔父さんに育てられてきた。その叔父さんはよくドルを殴った。初めの頃は顔や頭を殴られる時もあったが、児童虐待が疑われてからは服で隠れる体部分を狙われることが多くなっていた。


 叔父さんは学校にだけはきちんと行かせてくれた。それはドルをいい会社に就職させ、生活費を入れさせるという考えからだった。叔父さんの考えはともかくとして、ドルは一生懸命勉強した。それは勉強していい会社に入れば、叔父さんから離れて暮らすだけの収入が得られるんじゃないかと思っていたからだ。


 そうして勉強を頑張り、高校にもちゃんと通っていたドルが子供の島へ来る決断をしたのは、リールがきっかけだった。リールはドルがいた街の海岸、岩場の間に倒れていた。






 空には雲が厚く立ち込め、日のほとんどない暗い日だった。ドルが住む家は一軒一軒の家の距離が離れている街の外れにあったため、ドルは誰にも見咎められる事なくリールを引きずるように負ぶってきた。


 身長が百六十二センチメートルしかないドルにとって、百七十八センチメートルもあるリールを負ぶい、二階の自分の部屋へ連れてくる事は相当な重労働だったが、ドルは荒く息をするだけで、途中で投げ出そうとはしなかった。


(この子は死のうとしたんだ)


 ドルは直感でそう思った。実際の所、その時リールが倒れていた理由は複雑で、死のうとしたからではなかったのだが、ドルは自分の直感を疑わなかった。目を覚ましたリールがかすれた声で呟いた。


「ぼくは、まだ死ねない」


 リールは独り言でそう言ったようだが、ドルはそれを聞いていた。それはドルには、「いつか死ぬつもりだ」と聞こえた。


「行っちゃダメ……死んじゃダメなんだよ」


 ドルはリールがいるベッドの端に縋って、静かな目で言う。ドルはリールに同情したわけではない。ただ自分と同じような感覚を持つ者として共感したのだ。もう一人の自分とも思えるリールを、ドルは放っておけなかった。


 リールは肩を震わせながら、声を絞り出す。


「君も……行くか……? ぼくと一緒に……」


 リールのその言葉にドルはすぐさま「行く!」と答えた。勉強や学校の事なんて頭になかった。ただこの子にはついててあげなくちゃ。そう思った。






 ドルは子供の島に入る前に、ヤマシタという中年の男の家へ預けられた。ヤマシタは大人の姿のまま子供の島に関わっている唯一の大人だ。


 リールはドルを家に帰したがっていたが、ドルはリールのそんな思いなど完全に無視していた。


 ドルは考えていた。リールは自分の半身。生きていくのも死んでいくのも恐ろしくて、心を凍らせて生きようにも、もがく心臓はそれを許してくれない。それが自分とリール。恋や愛ではない。ただ同じ痛みを感じる者同士として寄り添いたい。リールは自分を必要としているはずだ。


 その時のリールは、リールに恋焦がれて追い求めるキットと再会した所だった。一度はキットに体を許しかけたリールだが、その後キットへの想いを断ち切り、二度と会わないつもりだった。それはキットと別れた後、カールやグルジアと出会った事が一つの要因で、その後にも兄ちゃんと呼ぶアラドと再会し、アラドを幸せにするという約束を思い出したからでもあった。


 望まずにキットと再会し、その熱い想いをぶつけられたリールは、アラドの気持ちとの板挟みにあい肩を震わせる。


「前は兄ちゃんに抱きしめられるのが好きだった。でも今はそれがとても怖い。気持ちが潰れてしまいそうだ……」


 ドルはリールが色んな物を背負っている事に気づく。リールの思いはドルが思っているより複雑な事なのかもしれない。けれど……


「おれなら大丈夫?」

「……うん」


 リールはうんと答えた。ドルはそこに居場所を見つけたような気がした。ドルは立ち上がってリールに近づく。


「じゃあおれが抱きしめてあげる。痛くて苦しい時はおれが抱きしめてあげる。そしたらまた笑える。潰れそうでも、立って歩けるよ」


 ドルはリールを抱きしめる。


「おれが、リールのお兄ちゃんになってあげるよ……」


 リールのお兄ちゃんになる事、それがドルの全てになった。






 まだヤマシタの所にいるよう言われたドルは、リールが来るのを待って港の端で海を眺めていた。一度子供の島に戻ったリールは、ヤマシタが運転するボートに乗って港に戻ってきた。そしてそのリールに走り寄りキスする男を見た。キスをされているリールはそれを拒んでいるようだった。


 ドルは思う。のちにキットという名だと知るその男に、リールは心を許すことはない、と。


 だからリールの恋人にはキットがいいと思った。完全に心を許せない相手なのなら、自分の居場所はリールの中から消えない。






 ドルはいつも注意深くリールの様子を見ていて、リールが落ち込んでいたり、苦しんでいたりする時を見逃さなかった。リールはいつも少し困ったような顔をしていたが、でもドルが抱きしめると、リールはその気持ちを話してくれる。


 リールの話は荒唐無稽なようにも聞こえたが、ドルはいつも静かに聞いた。嘘か本当かなんてどっちでもいい。リールが誰にも理解されない化け物であるのなら、その方がいい。


 この計画はリールが死ぬためにあるんだ。ドルはそう理解していた。


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