23-4.レイリールの望むもの
食堂の裏にグルジアはいなかった。リントウとリールは食堂から少し離れたグルジアの家に向かう。リントウはさっきリールの口を借りたメサィアの言葉を思い出す。
「……おまえに子供はできないのか?」
「そう思ってた……んだけど」
「けど?」
「生理が……あったんだ。だからあいつ、もう一人のぼくは、ぼくなら子供ができるんじゃないかと思ってる」
「そうか……」
リントウはグルジアの家に入る前に足を止めた。
「グルジアの……思う通りにはなるなよ。カールのバカはもう諦めたと思うが……」
リールはふっと笑う。
「リントウ。グルジアもカールも悪い事は考えていないよ」
リントウは首を振って、リールの顔を見上げる。
「リール。いや、レイリール。わしはキットでいいと思う。あの頃の気持ちを思い出せ。キットに捧げたおまえの心を」
レイリールは少し髪をかき上げて笑う。
「ぼくは狂っているんだよ、リントウ。キットがこんなぼくを受け入れられるものか」
かつて一度、リールは文字通り狂った。過去の記憶に苛まれ、訳の分からない事を叫び、自分の首を絞めるようにしながら悶えていた。それをカールとグルジアが目撃し、リントウはその後その話を聞いた。
「……おまえの病気はもう出ていないんだろう?」
少なくともリールのその病気が出たのはその一度きりで、子供の島にいる今までの間はその症状は出ていない。
ただリールが狂っているという事は、本体であるメサィアと呼ばれるリールも、決して心穏やかではない時間があるという事なのだ。だから子供の島でみんなと楽しく暮らしている安らぎの気持ちを、リールのテレパシーを通じてメサィアも感じている。メサィアとリールはそうする事で、壊れた心を癒している。
でもそうしながらもリールの望みは、それと反対の所にあった。少しだけ立ち止まったリールの髪を、島の風が揺らした。
「リントウ、ぼくらは弱い生き物だ。一つでなければ自分を保っていられない。そんなぼくがあいつと分かれて一人の人間になりたいなんて、大それた望みだろうか?」
リントウはグルジアの家にノックして入っていくリールを、黙ったまま見つめた。
グルジアの家はこの島に古くからある家屋の一つで、玄関の土間からすぐ上がれる板の間に、グルジアは座っている。グルジアは猟銃の整備をしていた。この島で猟銃など使う事はないが、グルジアは元々猟師だったため、愛用の猟銃を島まで持ってきていた。
「なんだ。もう飯の時間か」
グルジアは膝を立てて立ち上がり、毛の飾りのついた帽子をかぶる。家から出てきたグルジアを、リントウはしかめ面で見ていた。
「グルジア、キットにしろ。あいつならこいつを幸せにしてくれる」
グルジアは帽子を深くかぶるように動かした。
「……なんの話かと思えば。おれはキットの事を認めてねえ。おれの計画とは少しずれるが、おれはブラックやアラドでもいいと思ってる」
「わしはこいつの心を大事にしたいんだ……!」
「奇遇だな、おれもだ。リントウ、悪いがいずれ帰っちまうあんたに、こいつの事を口出ししてほしくねえな」
リントウは苦々しそうな顔をして、グルジアを睨む。
「もう、リントウ、グルジア、ケンカしないでよ」
リールは先を歩く二人の後をついていくようにして歩いていった。
もう食べ始めている子もいる中、タルタオはリール達が戻ってくるのを待っていた。
(あの人達は二人で一人。……リール様も、レイリール様もそれでお心を保っている)
殺され続けた記憶。長い人生の中で愛した者が死んでいく記憶。メサィアを作った者は、メサィアを愛しすぎた。
あらゆる苦しみ、悲しみを味わい続けても、なお生きてほしいと望んだ。人を救う存在である限り、人から愛される存在である限り、なお生きてと。
タルタオは考え続ける。
(でも今日、少し感じた。レイリール様は一つである事を望んでいない……?)
これは心を癒す家族を作る計画のはずだ。それにはリールとレイリールが一つになっていなければならない。そうしている事で、メサィアは遠くにいながら心を落ち着かせていられる。
(レイリール様の望みを無下にする訳にはいかない。でもリール様のお心を見捨てる訳にもいかない。どうすれば……)
タルタオが考えている内に、リール達が戻ってきて食事の席に着いた。
(ラウス、あの人、レイリール様達の心に少し混ざっている。それならラウスになんとかできるか……?)
タルタオも席に着きながら振り返ってラウスを見た。ラウスはいつもの人好きのするような優しい笑顔で、イラン達と話していた。
次回 第二十四話 ドル・リーズパーク




