23-1.レイリールの望むもの
この子供の島には十二歳くらいの子供達が住む。子供、と言っても、ほとんどの子はみんな元は大人だ。みなリールという子の魔法で、子供の姿になっている。
リールは子供の島の中で一人だけ十八歳くらいの姿をした女の子だ。ウルフカットの金色の髪に、金色の目。いつも男物のシャツとスキニーパンツを着て、一人称が「ぼく」のため、彼女を男だと間違える者は多い。
リールが不思議な力を持ち、また男装している理由は、リールがメサィアと呼ばれる「少年」の分身として生まれたからだ。リールとそっくりすぎるくらいそっくりなその少年とリールは、それぞれ数百年、五十年余りの人生の記憶を共有し、人格も共有して生きてきた。
それがかつてリールの不思議な力を検証しようとした教団の、攻撃実験を受け続けた事で人格は分かれた。女のリールは自分をレイリールだと認識し始めるが、やはり普段は自分をリールと呼ばせていた。
八月の初め頃、夕食前の食堂では子供達が忙しなく食事の準備をしていた。テーブルが並べられたエリアの隣は、床が一段高い座敷の席になっている。その奥で実年齢四十九歳のカールが、こそこそ何かを隠していた。それを見つけて、アンナが怖い顔でカールを睨む。
「カール! あなたまたお酒を持ってきてるの! 今はわたし達子供なのよ! 子供がお酒なんて飲んじゃダメでしょ!」
今は十二歳の姿になっているカールは、お酒の瓶を抱きしめながらたじたじとなっている。
「な、なんでダメなんだよお。おれの唯一の楽しみなのに」
カールの言い分など聞かず、さっさとお酒の瓶を取り上げ、アンナはキッチンに戻っていく。それを見ていたタルタオは眉をひそめた。
「お酒、ですって。ちょっとそれ、間違ってもリールに飲ませないでくださいよ」
「なんで?」
気まずそうに肩を竦めたカールの代わりに、座敷のテーブル近くにいたアクロスが聞く。アクロスはご飯前だと言うのに、一リットル入りの紙パックのジュースを飲んでいる。
「あの人が飲むと、大変な事になるからですよ。いえ、飲ませた事はありませんが、あの人も酒癖が悪いに決まっている。あの人ったらあの時も飲まされて……」
タルタオの言うあの人とは、リールと、もう一人、少年のリールの事だ。タルタオは二人のリールの存在を知っている。
「ふーん?」
ぶつぶつ言いだしたタルタオの横を通り過ぎ、アクロスはジュースを座敷に置いてこっそりキッチンへ行く。そしてわざとらしく「あーのどが渇いたなあ」と冷蔵庫を漁る振りをして、アンナがカールから没収した酒に手を伸ばす。
こっそり持ち出した酒をグラスに注ぎ、それをリールの席に置く。ちょうどリールが食堂に現れた所だった。アクロスは後ろ手に酒瓶を隠しながら、とぼけた顔でリールに聞く。
「リール、おまえ、酒って飲んだ事ある?」
「うん? ブルーと飲んだ事あるよ。ただもう二度と飲むなって怒られたなあ」
「へえー……あ、のど渇いてねえ? 水飲む?」
「うん? ありがとう」
アクロスから勧められた飲み物をリールはごくっと飲んだ後、変な顔をした。
「これ、お酒じゃないの?」
「あ、ばれた? で、どう?」
アクロスはイタズラ心を隠そうともしないで、興味深げにリールをまじまじと見つめる。
「どうも何も、ぼく、お酒飲むの禁止されてるんだけどなあ」
リールは椅子に座り、残りの酒を飲み干す。
「リール、君、お酒飲めるのかい?」
立って食堂の様子を眺めていたラウスが話しかけてくる。
「うん、まあ少しならね」
リールはアクロスが注いでくれた二杯目もあっさり飲んだ。
「酒? 酒だって? リール、まさか飲んだのか!?」
リール達の会話を聞きつけて、ブルーが声を上げる。
「なんですって!?」
タルタオもブルーの叫びを聞いて振り返った。
「おい! あんた達離れてろ!」
リールの赤くなってきた頬を見て、ブルーは周りの子、特に女の子をリールに近づけさせないようにしっしっと追いやる。リールはこくんと眠ったかのように頭を垂れた。
タルタオは用心深くリールに近づきながら、ブルーに話しかける。
「あなた知ってるんですね。この人の酒癖の悪さを……」
「ああ、一緒に飲んだわよ」
「……よくご無事で」
ブルーは顔を背ける。
「……無事じゃなかったわよ」
ブルーは元々住んでいたアパートの一室を思い出す。服とアクセサリが散乱する部屋で、リールと酒を飲んだ日の明け方、二人とも半裸だった。
タルタオとブルーが話している間に、ヴィルマがコップを配りにリールに近づいていた。ヴィルマはいつもリールの隣の席に座っている背の低い小さな女の子だ。
「あ、バカ、ヴィルマ! リールに近づくな!」
ブルーの言葉が理解できないと言うように、ヴィルマが怪訝そうな顔をしていると、リールが頭を上げた。
「ああー、あっつい」
リールは椅子を引くと、足を組んで座り直した。そしてシャツのボタンを一つ外しながら、もう一つの手で髪をかき上げる。そして側に立っているヴィルマを見てにっこり微笑んだ。少し腰を上げて、ヴィルマの顔を覗き込むようにし、ヴィルマの顎に手を当てる。
「やあ、ヴィルマ。君はいつもかわいいね」
「ヴィルマ! 逃げろ!」
ブルーの声も間に合わず、リールがヴィルマの唇にキスをした。ヴィルマは完全に固まった。食堂の中に入ってきたアラドとイランもそれを見て固まる。
「レイリール様! 何してらっしゃるんですか!」
タルタオが声を上げると、レイリールはペロッと軽くヴィルマの唇を舐めてから離す。ヴィルマは機械のように動き、口を押さえながら隣のテーブルの下に潜り込んだ。
「し、舌が……」
ヴィルマはそれ以上何も言わなかった。
「え? 何がどうしたの?」
サーシャは見てなかったのか見えなかったのか、隠れているヴィルマに不思議そうに尋ねている。タルタオはレイリールに呆れたように声をかける。
「レイリール様、あなた女性でしょ」
「もちろんさ。でも女の子は好きだよ」
レイリールは「ハハハ」と笑いながら言う。
「あー、久しぶりだな。あいつと完全に分かれるなんて」
レイリールは伸びをして、また足を組んで椅子に座った。




