22-3.ラウスが来た経緯
ラウスは車を飛ばして、研究所のある場所まで来た。もうとっくに日は落ちている。
ラウスはカギを開け、資料のある部屋を荒く開く。だが当然のように誰もいない。しばし歯ぎしりして研究室内を見渡すが、どうしようもない事を感じ、帰ろうと出口へ向かう。部屋の中に背を向けた瞬間、ふと後ろに気配を感じて振り返った。
そこには若い少年がいた。金色の髪に金色の目。白いマントに身を包んだ少年は、研究室内の椅子にいつの間にか座っていた。
「リール! ……じゃ、ない!?」
少年はリールにそっくりすぎるくらいそっくりだった。少年は静かにラウスを見た。
「君が呼んでいるような気がしたけど、気のせいだったかな?」
「あなたは、まさかメサィア……!?」
「うん」
(なぜ、リールにそっくりなんだ!? 兄弟? 肉親?)
少年を見たラウスは混乱していた。ラウスが言うべき言葉を忘れている間に、少年は呟く。
「ぼくを消す方法……ベレチネは君に頼んだのか」
「え?」
「ぼくがベレチネに頼んだんだ。リールを自由にするために、メサィアの力を消す方法を探してくれと」
「あなたはやはりリールを知っているんですか!?」
少年は少し間を置いて「うん」と答える。
「なら、ブルー・エルドリッジという女性を知らないか!? 一週間以上前に行方不明になり、リールと接触している映像が残っていた!」
少年は軽くため息をついて指を組み、背中を少し曲げる。
「行方不明……って、退職願は出しているはずだよ? 引っ越しもして、住民票も移してる」
「やっぱり知って……! どこですか!? 彼女とリールはどこへ!?」
「連れてってあげてもいいけど……彼女、ブルーは今ある計画に参加している。君が彼女に会いたいと言うのなら、君にもその計画に参加してもらう必要がある」
「参加します!」
ラウスはためらう事なく言った。
「そこではその計画のため、メンバーのサポートをしてもらう事になるけど……」
「構いません!」
ラウスの迷いのない顔を見て、少年は無表情のまま頷く。
「わかった。都合がついたら迎えに来させる。それまで身辺整理をしといて。プロジェクト期間は来年の三月三十一日までだ」
「はい」
「じゃあ、そういう事で……」
しばし間が開いた。ラウスは座って動かない少年をじっと見ていた。
「……帰らないんですか?」
「帰る……けど、洞泉宮まで送ってってくれない?」
ラウスは疑問を浮かべる。少年はさっき突然現れた。ならば戻る時も突然消えてしまうのではないかと思ったのだ。
「瞬間移動……テレポートできるんじゃないんですか……?」
「んー、できる、と言えばできるんだけど、ぼくが意識して使える力ではないんだよね。気づいたらどっか飛んでた……ってそんな感じ。今も何か呼ばれてる気がするなーと思って、気づいたらここにいた」
「そう……なんですか」
ラウスは今まで調べた限りのメサィアの情報を思い出す。記録によると、メサィアの力は必ずしも開発者が意図したものばかりではなく、後に分かった能力も多かったようだ。開発者達は、自分達が思っていた以上の神を作り出す事に成功していたのだ。
少年は救世と称して、あらゆる場所に連れていかれた。傷つけられて、再生するというショーが幾度も行われた。今でこそ神として洞泉宮で祀られ、穏やかな時を過ごしているが、その人生は壮絶な物だった。
ラウスが表に止めてある車に案内すると、少年は後部座席に座った。ラウスは車を発進させる。
「突然テレポートするっていうと、宮殿内は騒ぎになってるんじゃないですか?」
「うーん。そうだろうね。またぼくの監視が厳しくなっちゃうかなあ」
少年自身はその能力の事を知っていたが、お付きの者達はほんの少し前にベレチネの所にテレポートした事でその能力を知ってしまった。
「テレポートは頻繁に起こるんですか?」
「いや、人に見られている時にテレポートした事はないからね。基本的には常に誰かがぼくの側にいて、ぼくを見てるよ」
「え……あの、風呂とか、トイレ……とか。夜の色々とかは……?」
「ん? 聞きたいの?」
「い、いえ、言わないでください。泣くかも……」
「うん。事故ったら危ないよ、君が」
少年はずっと無表情のまま話している。ラウスはバックミラーで少年の表情を見ながら聞いた。
「あなたは、自由じゃないんですか?」
「自由って何?」
少年の答えにラウスは少し涙が出そうになる。少年は静かに話し続ける。
「自由なんて、生まれた時からそんな物ないよ。君の知っているリールもそうだったろう?」
「す、すいません。ちょっと車停めます」
ラウスは街の真ん中の通りで車を路肩に寄せ、目頭を押さえる。少年は通りに並ぶ店や、行き交う人々を眺めた。
「ここでいいよ。たまには外を歩きたい」
少年はドアを開けて外に出ていく。
「ま、待ってください、メサィア……!」
ラウスも車の外に出た。少年は少し眩しくも感じる繁華街のライトの中に立っている。
「リール。リール・ゲルゼンキルヘン」
「あなたもリール……!?」
ラウスはメサィアを作った研究者のノートに、ゲルゼンキルヘンという名前が記されていた事を思い出す。それはメサィアやリールがお父さんと呼ぶ者の名だ。
「君達がリールと呼んでいるのは、本当はレイリールという名だ。君はそれを知っていると思ったけどな」
「ええ……はい」
ラウスは学生時代にレイリールと話した事を思い出す。そして歩き始めようとした少年の背中に叫ぶ。
「リール! ぼくはあなたも解放してあげたい!」
「君は優しいね。あの時もそうだった。もう一人のぼくに話しかけてきてくれたね」
少年はラウスが学生の時、グループセラピーでリールに話しかけてきた記憶を思い出す。
「ぼくはメサィアの力を消す方法を探します」
少年はラウスの真っ直ぐな視線を見て少し考える。
「そう。ベレチネに頼んだのはぼくだしな。わかった、じゃあ改めて君にお願いするよ。もう一人のぼくに言って、後でカードも渡しとく。あの島ではあまり必要ないかもしれないが、資金は自由に使ってくれていいよ。それじゃあまた」
ラウスは通りの灯りの中に消えていく少年を、いつまでも見送っていた。
次回 第二十三話 レイリールの望むもの




