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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十二話 ラウスが来た経緯
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22-1.ラウスが来た経緯

 この世界には救世主(メサィア)と呼ばれる男がいる。


 男はいくつもの不思議な力を持ち、ホールランドの洞泉宮という場所に祀られるようにいた。男は不老不死と言われていたが、その時の男は歳を取っていた。金色の髪に多くの白髪が混じり、金色の目を持つ顔にはしわがいくつもある。男は突然立ち上がった。


「ぼくがいる……!」


 男は謎の言葉を呟いて、足早に部屋の外へ出た。MAと呼ばれるお付きの者達は慌てて男を追う。


 だが男がドアの向こうに隠れた瞬間、MA達は男を見失った。見通しのいい廊下のどこにも男はいなかった。メサィアという不思議な力を持つ男は、その瞬間、別の場所にワープするという魔法まで使って見せたのだ。MA達は騒然として男の行方を捜した。






 その頃、リールはとある宗教団体が関係する会社の地下室に監禁されていた。メサィアと同等の力を持つリールは、その力を検証した教団の人間に恐れられていたからだ。そしてだだっ広い白い部屋で、リールはいつも本を読んでいた。だがその日は特別に外出許可が出され、リールはそこにいなかった。


 そのだだっ広い白い部屋を見張る窓の向こうの部屋には、ベレチネという五十代の女の研究室長がいた。ベレチネは書類を整理している所だった。ふと後ろに人の気配を感じて振り返る。


 そこにはいつの間に入ってきたのか、白髪の混じる金色の髪の男がいた。ドアは開いていない。それは確かだ。ベレチネはあまりにも不可解な男の存在に、声をかけるのも忘れて男を見つめていた。


 男は窓の向こうの白い部屋を見ながら呟く。


「ここに……いたはずだ」


 そして男はベレチネの方へ振り返ってベレチネの名を呼んだ。


「ベレチネ……」

「あな……たは……!?」


 ベレチネはなぜ男が自分の名を知っていたのかという疑問よりも、何か心に来るような感覚に当惑していた。まるで縋りつきたくなるような、ひざまずきたくなるような妙な感覚。


「まさか……メサィア……!?」

「そうだ。ベレチネ・ペイビャオ」


 メサィアはゆっくり近づいてきて、ベレチネの頬に触れた。ベレチネの膝は震える。


「君は、リールを自由にしたがっているね。ぼくと一緒に来てくれないか」


 男はベレチネが運転する車に乗り、海の方向へ向かった。






 人気のない森の中、対向車が来てもすれ違えないような狭い道を進んでいく。海の近くの崖まで来たところで、森が少し開ける。そこには入り口だけが頭を出したような小さな建物があった。メサィアが扉の鍵を開くと階段があり、地下に降りていく。


「ここはぼく、メサィアが生まれた場所。ここにはぼくを作った研究資料などがある」


 入ってすぐの部屋にもう研究資料は溢れていた。部屋数はそう多くはない。一番奥の部屋に行くと海が展望できる大きな窓があり、その前に人が入りそうな大きな試験管が、割れたまま放置されていた。窓は崖の半ばにあった。どうやら崖がそのままその建物になっているようだ。


「ここで君達がリールと呼ぶ者が誕生した。ぼくの細胞を元に、ぼくの信者に作らせた。と言っても、ぼく達が試行錯誤している間に、あいつは目覚めなかった。数十年、全ての研究者が諦め、この施設を訪れる者がいなくなった時、あいつは目覚めたらしい。一応秘密裏に捜索はしたけれど、見つからなかった」


 ベレチネは、リールは人里離れた老夫婦の元にいたんだと話す。


「そうだね。なんとなくは感じていた。でもぼくはやがてあいつの存在を忘れていった。ぼくは安心していたんだ。もう一人のぼくの存在に」


 メサィアはベレチネが思ったより饒舌な男だった。自身はそれほど難しい事は分からないと言っていたが、それでもリールを誕生させるためにどういう研究をしていたかという事を説明したり、リールが感謝したり落ち込んだりするとその気持ちを同時に感じていたんだと話す。


「ぼくとあいつは同じ人間なんだ。あいつがぼくの昔の記憶を思い出す事があるのも感じていた。まあぼく自身、あまり覚えてないから本当に時々だけど」


 ベレチネはふと気づいた。リールはメサィアの生まれ変わりとして作られたとリール自身は言っていた。しかし実の所、この男は自分の人生の道連れが欲しかっただけなのかもしれない。男に同情したい気持ちはあるが、でもそれではリールは……


 メサィアはベレチネの手を取ってカギを握らせた。


「君にここのカギを託そうと思う。ここでぼくを消す方法……つまりメサィアの力を消す方法を探してほしい」

「わたしは元はただの看護師です! そんな事できるとは……!」

「君に任せるよ。探す事も探さない事も自由」


 ベレチネは渡されたカギを見つめる。


「どうしてわたしに……」

「リールに自由を望んでくれた君だから。科学者や研究者にここを託して、新たにメサィアの力が誕生してしまう事は避けたい。君が信用できると思う人物にならここを教えてもいい。だが忘れないで。メサィアという悪魔の力をこれ以上作ってはいけないという事を」


 その言葉にどこか白々しさを覚えた理由は、ベレチネは考えない事にした。






 その後、リールはベレチネのいる施設から逃げ出してしまったが、ベレチネはリールをメサィアの力から自由にする方法を探す事を諦めてはいなかった。悩みに悩んだベレチネは、ラウス・イプスウィッチという青年に、その研究所の事を明かす事にした。


 ラウスは十年以上前に、リールのために開かれていたグループセラピーに参加していた青年で、リールと特別に仲良くなった青年だった。ラウスは大学で生物学を学んだ人物でもある。だからベレチネはラウスにメサィアの研究所のカギを託した。恐ろしい覚悟をしながら。


(万が一、この男がメサィアという力を新たに誕生させる道を選ぶと分かれば、殺すしかない)


 研究所に案内されたラウスはその資料の多さや、幅広い分野の研究内容に驚いていた。何百年も前の資料を驚愕しながらめくっているラウスに、ベレチネは声をかける。


「どうだ? 分かりそうか?」

「いえ、ちょっと専門外のものも多くて……とてもじゃないけど、ぼく一人でどうにかできるものではないです。研究チームを立ち上げて……」


 そう言いだすラウスを、ベレチネは睨むように見つめた。


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