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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十話 ローリー・ニューバーン
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20-7.ローリー・ニューバーン

 大人に戻ってしまった子供の島の中で、ブルーは朝になって戻ってきた。ラウスがブルーを送ってきている。玄関のドアを開けて中に入ろうとするブルーを、ラウスは名残惜しそうに腰を抱き寄せ、キスをする。


「ちょっとやめてよ。こんなとこローリーに見られたら……」


 言い終わる前にブルーはリビングにいるローリーと目が合う。ローリーはふいっと目を逸らした。


「不潔……」


 ローリーのその言葉はブルーには届かなかったが、その唇の動きでローリーが何を言ったかは分かった。


「ロ、ローリー」

「じゃ、ブルー。またしようね(・・・・)


 にっこり笑って去っていくラウスを、ブルーは忌々しそうに見送った。いくら子供のローリーにだって、ラウスが言った言葉の意味は分かった。


「大人って汚い。すぐそういう事しちゃうんだ」

「い、いや、あたしは……」

「んーん、いいよ。クレイラやカールだってそうだった。わたしはそういう事したい大人の時間も奪ってるんだ」

「ローリー……」


 ローリーの目は存外冷めていた。何かを考えるようにずっと目をうつむかせていた。


(何やってんの、あたし……!)


 ブルーはラウスの誘いに負けて体を許した自分を恥じた。






 それから夕方頃になって、リールが何事もなかったかのように笑顔で食堂に集まったみんなの前に現れた。


「やあ、ごめんね、みんな。ちょっとしたトラブルがあってね」


 リールが何かを説明する前に、アラドがみんなの目もはばからずリールを抱きしめる。


「よかった……おれはおまえに何かあったかと」


 リールもアラドの背に手を触れ、アラドの肩で表情を隠す。


「兄ちゃん、君が無事で本当によかった。ぼくはもう二度とこんな事がないようにすると誓うよ」


 リールがそう言っている間に、キットが近寄ってきてアラドの腕を横から捻り上げた。


「おれの女に手を出すな」

「あ? いてえよ」


 キットとアラドは睨み合う。リールは二人の間に割って入った。


「やれやれ、キット。君には早く島を出ていってもらいたかったが、まあしようがない。ここまで来たら最後まで付き合ってもらう」


 リールはみんなを見渡して、手を広げた。


「ローリーとも相談したんだ。この島の計画は今月八月三十一日をもって終了とする!」

「な、何?」


 アラドを始め、みんなが驚く。


「リール、どういう事だ?」


 そう聞いたのはグルジアだ。グルジアは六十過ぎの男だ。帽子をかぶった下からリールをじろっと見る。


「みんなが子供の姿になる計画は終わりって事だよ。あとはみんな大人の姿に戻り、それぞれの生活を送る!」

「……なるほど」


 グルジアは低く答える。


「今は八月三日……三十一日までは子供の姿のままって事なんだな……?」


 アラドが聞く。


「そういう事。まあこれはけじめみたいなものだから、それまではみんなお願い」

「八月三十一日……」


 ドルがぼそっと呟く。急な計画の変更に驚いて、みんなそれぞれ話し合っている。リールはそんなみんなを見渡して声をかけた。


「じゃあみんな、また子供の姿に戻すから、それぞれの家で待機してて」






 家に戻り、子供の姿に戻してもらったブルーはローリーに気まずそうに話しかける。


「ローリー、あたし、やっぱり気持ち悪い……よね」


 セックスが気持ち悪いものだとまでは、ブルーは思っている訳ではない。しかしまだ多感な年頃のローリーがそう感じている事は、これまでの生活の中から分かっていた。


 ローリーは寂しそうに笑う。


「んーん、ブルーはわたしよりずっとお姉さんだもん。わたしの知らない大人の付き合い方だってあるって分かってるよ」


 ブルーは片手で自分の体を抱く。


「違うわよ。あたしだってただのガキよ。あたしは楽な方に逃げてきただけ。ローリー、あんたみたいに頑なにきれいでいられなかっただけよ」


 その時、外からノックする音が聞こえて、ヴィルマがローリー達の家に入ってきた。


「ヴィルマ、どうしたの?」

「夕食の準備、アンナが手伝ってほしいって呼んでるわ」

「あ、そうだよね。ごめん、すぐ行く」


 ローリーは家を出ようとしたが、一度止まってブルーの方へ向き直る。


「ブルー、わたしはきれいじゃないよ。むしろ一番汚い。一番楽な方へ逃げようとしてる」

「どういう意味……?」


 ローリーはにこっと笑う。


「んーん、何でもないの。ラウスとお幸せにね」






 それから八月三十一日の五日前、子供の島からローリーの姿が消えた。その事をカイナル以外の誰も気づかなかった。カイナルはリールを問い詰める。


「ローリーは代償を払ったんだ。みんなの記憶から消えるという代償を。八月三十一日より早かったのは、復学の準備をするためだ」


 カイナルだけがローリーを忘れていない。それはカイナルは少し前にリールからその事を聞き出し、ローリーの事を忘れないという約束をリールと交わしたからだ。


 カイナルはリールを睨みつけるように見る。


「ぼくをローリーの元へ行かせろ……!」

「悪いんだけど、カイナル。ローリーは残りの半年、ちゃんと学校へ行って卒業できるよう望んだ。だから会うなとは言わないけど、ローリーの心を乱すような事はしないでもらえる……?」


 カイナルはしばらく目を瞑って考える。


「……わかった。ローリーはぼくもローリーの事を忘れてると思ってるんだろ? じゃあぼくからはローリーに会わない。ぼくはローリーを待つ」






 それから数カ月の間、ローリーは元のホールランドの高校にちゃんと通った。以前は強く感じていた他の子への劣等感や嫌悪感はもう薄れていた。自分にはちゃんと話せる家族がいた。そう思えただけでローリーの心は強くなっていた。ただ浪人しても進学するか、それとも就職するかはぎりぎりまで迷っていた。


 ローリーはホールランドの真ん中にある大きな公園の中を歩く。そこは高校へ通う生徒達の通り道にもなっていて、人が多く行き交う。


 そこはローリーの通学路ではなかったけれど、ある事に気づいてからそこを通るようになった。


 登下校の時間、その道の端にいつも絵を描いている人がいる。赤毛とそばかすの顔に、いつもの怒ったような表情。ずっと声をかけるのをためらっていた顔だ。似顔絵を描いてもらっていたお客さんが行ったのを見て、ローリーはそっとその絵描きの前に立った。


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