20-5.ローリー・ニューバーン
リールはそのまま倒れ、海に落ちていく。
「リール……様!」
メラニアはリールが落ちた海を覗き込むが、リールは浮かんでこない。その間に後ろで声がした。
「はい、はい、そうです。始末しました」
見知らぬ男がどこかに電話をかけていた。それはかつてリールを監視、監禁していた教団からの刺客だった。メラニアは震えて涙を流す。
「申し訳ありません……リール様……!」
落ちたリールはしばらく気を失っていた。海の中で目を覚まし、息を吐く。
(く、苦しい……!)
リールは急いで海上へ上がった。だいぶ流されてしまったのか、陸はだいぶ遠い。リールは必死で波をかき分ける。
(ぼくは、今死ぬわけにはいかない……! 死んだら兄ちゃんへの負荷が……!)
リールは何度も気を失いかける。だがその朦朧とした意識のおかげで、うまくコントロールできないテレポートの能力が僅かずつ発動し、少しずつ子供の島に近づいていった。そして夏の長い日が落ちた頃にようやく島の港へ着いた。
リールは重い体を何とか陸まで上げる。リールの額の傷は、弾は抜けていたが、だいぶ深く抉れていた。リールは額を押さえながらなんとか足を進めていく。
(ぼく……! リール……! やばい、疲労で回復が追いつかない。死にそうだ……!)
メサィアと呼ばれるリールは頬杖をつきながら眉をひそめていた。目を閉じ、リールの体を乗っ取る。しかしすぐに足元を崩しかけた。
(ダメだ……おまえの体が疲れている。ぼくにはどうする事もできない)
(兄ちゃんとタルタオの負荷を持てないか……!? このままでは二人は倒れ、みんなの子供化が解ける……!)
(一時的に子供化が解けるのは問題ない……が、二人が倒れるのは問題だな。ちょっと遠いが、なんとか少しでもぼくが負荷を肩代わりできないかやってみる)
(頼む……よ)
這いずるように島の中まで来たリールは、道の途中にある林の中へ倒れこんだ。
その瞬間、それぞれの部屋にいたアラドとタルタオは、どくんっと心臓が波打つ感覚を覚える。体が熱っぽくなるのを感じ、顔を青くしてえずいた。メサィアと呼ばれるリールは額に汗しながら顔をしかめた。
(くっ、ぼくが肩代わりしてようやくこの程度か……! あいつ、どれほどの負荷を持っていたんだ……!)
リールが林の中へ倒れた音を、その向かい側の家にいたブラックが聞いていた。ブラックはエアコンを入れずに窓を開けて寝る事が多いので、それでたまたま聞こえた音だ。普段ならあまり気にする音でもなかったかもしれない。だが今日はリールが帰るのが遅くなっていると、みんなが気にしていた所だった。
ブラックは嫌な予感がして、その音の正体を確かめに行く。
「ブラック、どしたの?」
ブラックと一緒に住んでいるカイナルは、ブラックの様子を気にしてブラックの後ろについていった。ブラックは暗がりの中、懐中電灯の光だけを頼りに、道向かいの林の中へ入っていく。
「何してんのさ、ブラック」
カイナルの声には答えず、ブラックは下り坂になっている林を下りていく。そして見つけた。リールはぴくりとも動かなかった。カイナルはリールの額に傷があるのを見、鼻の下に手を当てる。
「こ、こいつ息してないんじゃ……」
「カイナル。おれがリールを背負う。手伝ってくれ」
カイナルとブラックは全く力の入っていないリールの体をなんとか起こし、ブラックの背に乗せる。ブラックはずるずると落ちていきそうになるリールの体を何とか負ぶう。
「リールが……死ぬ訳はない……!」
「で、でもさ、ブラック。こいつホントに死んで……」
カイナルはふらついているリールが倒れないように抑えながら、手を震わせている。カイナルとブラックは何とか自分達の家までリールを連れてきた。二人はブラックの部屋のベッドにリールを寝かせる。
カイナルは改めてリールの額の傷を見た。
「ブ、ブラック、こいつの傷、なんか治ってきてないか……?」
ブラックはリールの手を握って、祈るように傍らに座っている。カイナルは恐怖するような表情で後ずさる。
「こ、こいつ、化け物じゃないか」
「化け物でもなんでもいい。リールの熱は消えきっていない。おれはリールが目覚めるのを信じる」
しばらくリールとブラックを見ていたカイナルだが、ふと思い立ってブラックの部屋を後にする。
「カイナル、みんなには言うな」
出ていこうとするカイナルにブラックが声をかけた。カイナルは「わかった」と返事して、ローリーの家に向かった。
もう寝る間際の時間だというのに、カイナルが急に家のドアを叩いた事にローリーは驚く。
「どうしたの、カイナル」
「な、なんでもないよ、無事ならいいんだ」
「無事?」
「なんでもないって言ってるだろ! あんたは外に出るなよ!」
カイナルはいつもの強い語調で怒鳴り、走って帰っていった。ローリーはそのカイナルの不審な行動に疑問を覚える。
「今のカイナル? 何しに来てたの?」
リビングのソファで本を読んでいたブルーは、玄関からとぼとぼ戻ってきたローリーに聞く。
「うん……わかんない……」
ローリーはしばらく考えた後、また立ち上がった。
「ちょっとわたし、リールが戻ってきてないか見てくるね」
「うん? いってらっしゃい?」
ローリーは外に出て走った。そしてノックしても返事のないリールとアラドの家に入り、一階のアラドの部屋をノックする。リールが戻ってきていないか確認する目的もあったが、もう一つアラドの無事も確認しておきたかった。妙な胸騒ぎがして、アラドに命の危険がある時というのが、突然来てしまったのではないかと思えた。
その胸騒ぎは当たりだった。アラドがぜえ、ぜえと肩で息をしながら青い顔で扉を開けた。アラドはローリーの顔を見た途端、ローリーを睨みつけた。
「何の、用だ……!」
開けられた部屋の中からは、ツンと嘔吐物の匂いがした。ローリーは床に吐かれた嘔吐物を見る。
「アラド、吐いたの!? わたしが片付けるよ、ちょっと待ってて!」
ローリーは洗面所に行き、タオルを数枚とバケツと雑巾を持ってくる。そして嘔吐物を片付け始めた。
「悪い……助かる……」
アラドは言いながら、辛そうにベッドに倒れこんだ。




