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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十話 ローリー・ニューバーン
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20-3.ローリー・ニューバーン

 絵の真ん中でスケッチブックとにらめっこしている絵描きが顔を上げる。


「買うの? 似顔絵?」


 絵描きは少々怒っているようにも聞こえる声で聞く。


「わー、きれいな絵だね。何か買う?」


 リールも立ち止まってローリーが見ている絵を見る。


「わたしお金ない……」

「ぼくも現金はないな。カードなら……」

「カードなんか使える訳ないでしょ」


 絵描きはつっけんどんに言う。


「んー、じゃちょっと下ろしてくるからちょっと待ってて」


 リールはローリーをその場に残して公園を出ていく。ローリーはその間、絵を眺めていた。しかし三十分経ってもリールは戻ってこない。


「あんた、置いていかれたんじゃないの」

「え? え? そんな事ないと思うんだけど……」

「金もないのに、そんなとこいられても邪魔!」


 絵描きは初対面とも思えないようなきつい言葉を浴びせる。


(この人、すごく態度悪い……)


 ローリーは少し怯むも、なんとなくその場を離れる事ができずにリールを待つ。それからほどなくしてリールが戻ってきた。


「ローリー、ごめん。銀行が遠くて」

「そこの角にATMあるよ」


 絵描きが口を出してくる。リールはちょっとショックを受けたようにうなだれる。


「ぼく結構走ったのに……。まあいいか、えーっとどれが欲しいんだっけ?」


 リールは言いながら財布を広げた。そこにはぱっと見数十枚ものお札が並んでいる。絵描きはそれを見ていた。


「えと、五十……」

「百五十ペニ」


 ローリーが値段を読もうとしたのを遮って、さらなる金額を吹っかけてくる。


「百五十ね」


 リールは疑いもせずお札を取り出す。ローリーは慌ててリールの袖を引っ張った。


「ちょ、ちょ、リール、ぼったくられてるよ!」

「うるさいな、ぼくが百五十と言ったら百五十なの!」

「ん、いいよ」


 リールはあっさりとお札を渡した。


「なんだ、もっと吹っかければよかった」


 絵描きはお金をポケットにしまいながら言う。


「んじゃ持ってって。金髪のあんたはまた来ていいよ」


 ローリーは絵を受け取りながら、半分呆れたような目で絵描きを見る。


(何なの、この人……でも絵はきれい。ネバーランドみたいだな……)


 ローリーは大事そうに絵を抱えながら、家へ向かうバスに乗った。






 そしてまた翌日、リールを迎えるためにローリーは絵描きのいた街の公園へ来ていた。絵描きは昨日と同じ場所にいた。


「あんた、また来たの」


 絵描きは笑いもせず、相変わらず語調の強い言葉を浴びせかけてくる。


「え……う、だってここで待ち合わせしてて……」

「旅行者じゃないの、あんたら」

「わたしは違う。向こうのハボロって村に実家が……」

「フーン、ド田舎だね」

「そ、そうだけど……」


 それから会話もなく一時間近くが過ぎた。ローリーは公園の中を回ったり、ベンチに座ってみたり、絵描きの絵を眺めていたりした。


「来ないじゃない」


 またぼーっと絵を眺めているローリーに絵描きがぼそっと言ってくる。


「だ、だってまだ約束の時間じゃないし……」

「ハ? あんた暇人だね。っていうかあんた学校行ってないの」

「い、今休学中で……」

「フーン、ま、どうでもいいけど」


 それからリールが来てローリーは再び両親を説得に向かった。両親は話を聞いてくれるようにはなったものの、まだ休学の話にはうんと言ってくれなかった。






 そしてさらに翌日、ローリーはまた街の公園に来ていた。絵描きの横のベンチに腰掛けると、絵描きは呆れたように声をかけてくる。


「あんた、本当に暇人だね」


 ローリーは絵描きの口元に殴られた痕があり、口の端が切れているのに気づいた。


「ど、どうしたのそれ」

「親父に殴られた。あいつぼくの稼いだ金に手つけやがったから、ぶん殴ってやったらマジ切れされた」

(う……怖い……)


 ローリーはその話に怯むも、鞄の中をごそごそ漁り、絆創膏を取り出す。


「絆創膏いる……?」

「……ありがと」


 絵描きは存外素直に礼を言った。ローリーは絵描きが絆創膏を貼り、いつもの絵を描く姿勢になるのを見てから静かに喋りだした。


「家にね、あんまりいたくないんだ。お父さん、お母さん、すごく頑張ってわたしをいい学校に行かせてくれたのに、わたし行けなくなっちゃったから、家に居づらいの」

「フーン……全然興味ないね」


 ローリーは喋ったのを一瞬後悔したが、意を決して絵描きを見る。


「え、絵描きさん」

「カイナル。カイナル・マイスコエ。あんたが買った絵にサインしてあったでしょ」

「マイスコエさん……」

「カイナルって呼んでよ。親父と同じ呼び方されると腹立つ」

「えと、じゃ、カイナル」


 そう呼んでからローリーはしばらく沈黙する。ぼーっと噴水を眺めているだけのローリーに焦れて、カイナルは振り返る。


「何!?」

「え?」

「あんた、さっきぼくに何か言おうとしたんじゃないの!?」

「え……あ、えーっと、絵描きさん、じゃなくてカイナル。どうしていつも怒ってるのかなって。そんなんじゃお客さん来ないよ」


 カイナルはふいっと顔を逸らしてスケッチブックに向き直る。


「別に怒ってるつもりなんてないよ」

「そ、そっか」


 また少しの沈黙があった後、カイナルは苛立たしそうに鉛筆で頭を掻いた。


「いつもじれったい。あんな家なんかさっさと出て、世界中回って絵を描きたいと思うのに、金は全然たまらない。あんたが買ったみたいな子供向けの絵も描いたりしてるけどいまいち」

(こ、子供向け……)


 ローリーは空を見上げた。春に入り始めた青空はいい陽気だった。


「わたしは家を出るよ。そのために両親を説得してる。そして……ネバーランドに行くんだ」

「何言ってるの、あんた」


 ローリーは小さく笑う。


「フフ、そこはどんなにバカにされてもいいよ。わたしはそこでわたしの夢を叶える」

「夢を叶えるネバーランドね。そんなものあるんならぼくも行きたいね」

「フフ、行く?」

「バカ言わないで。子供の妄想に付き合ってるほど暇じゃない」


 カイナルは言いながら、スケッチブックを一枚剥がし、それをローリーに差し出す。ローリーは立ち上がってそれを受け取った。


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