4-3.エドアルド・カフカス
親友のいとこでほんの少し憧れていた男、ハイヤ。まともに話した事はない。向こうもぼくの顔なんか覚えてないだろう。
女癖が悪くて、妊娠させては堕ろさせた、なんて話もあった。喫茶店のウエイトレスを彼女にして、下着を履かせずに歩かせてそれを友人と嗤ったり……
吐き気がした。なんであんな男に憧れていたのか分からない。姉さんは病院へ行った次の日も仕事へ行った。でもその次の日からは行かなかった。もう、行けなかった。
「エド?」
思考が別の所に行っていたエドアルドは、イランに声をかけられてハッとして顔を上げる。過去と言ってしまうほどまだ遠くない姉の記憶に囚われていたのを隠すように、リール達と話していて気づいた違和感の事を尋ねる。
「ところでさ、言葉はどうなってるの? なんかみんな唇の動きが違う気がするんだけど」
ラウスは「ぼくは共通語だよ」と言い、イランも「おれも共通語は分かるけど」と言っている。するとリールが答えた。
「子供の姿にする時に、みんなの体に細工させてもらった。ぼくの言語能力を媒介にして、君達の脳内で言語が自動翻訳される」
え、そんな事って可能なの? エドアルドが疑問を口にする前にイランが口を挟む。
「共感能力ってやつとは違うのか?」
「その応用だね。みんなの感覚を繋げてるからできるのさ。ああ、ぼくが会話の内容を把握しているわけじゃないから安心して」
「リールって実は何かすごい人?」
エドアルドが聞くと、リールは「フフ」と笑う。
「能力を持て余してた。だからこのプロジェクトの責任者になっているんだよ」
「リールは子供にならないの?」
「んー、ならない。というか、なれない」
リールがそう言うと、ラウスは「え!?」と驚く。
「そうなの? ぼくてっきりリールは島外に出る事があるからならないんだと思ってたけど」
「残念ながら、ぼくにこれは効かないんだよね。能力が強すぎるってのも考え物だ」
エドアルドはなんだかある意味リールは雲の上の人だ、と考えていた。リールの事を聞いても理解できる事は少なそうだ。エドアルドの興味はやっぱりあの尻尾が生えた人達の方だ。
「あの有尾人って人達、怖い人?」
「え、さあ……」
ラウスが煮え切らない返事をする。
「実はぼくちょっと苦手で……あの耳と尻尾を見るとぞわっとする……」
有尾人の子達を見た時にラウスの笑顔がなくなった理由がなんとなくわかった。イランの方は澄ました顔をしているせいで、どう思っているのか分からない。
エドアルドの疑問にリールが返事する。
「怖い人も怖くない人もいるんじゃない? 少なくともぼくはこの島にいる子達は好きだよ」
「フーン」
やっぱりリールの説明は説明になってない。
「有尾人と言えば、一時期ネットで動画が出回った事があるよな……?」
イランが不意に思い出したように言った。
「そうなの? ぼくネット動画とかあまり見ない」
と、ラウス。エドアルドも興味ある動画以外は見ないから知らない。
「正直、やらせかなんかだと思ってたけど」
現実に有尾人は存在してる。
「それ、今はもう全部消されてるはずだよ。そういう指示が回ったはずだ」
リールから笑みが消えて、少しだけ厳しい表情でそう言った。
「なんか話が大きいね。ぼく友達になってみたいだけなんだけど」
エドアルドは有尾人の子供達が消えたキッチンのドアを見ていた。そんなエドアルドをイランも見ていた。
(そんな心配する必要もなかったか……?)
イランはリールが出発前に感じたエドアルドの思念、「死にたがってる」という言葉を気にかけていた。だが今のエドアルドはどこかぼーっとしているものの、少なくとも死にたがるような雰囲気はない。イランは自分の思い過ごしかと軽くため息をついた。
食事が運ばれてくる頃になると、子供達も次々に食堂に入ってくる。エドアルドをちらっと見るだけの子もいれば、声をかけてこようとする子もいる。ラウスはやっぱり「みんなが揃ったら紹介するからね」と言っている。リールが「お手洗いに行ってくる」と言って座敷の奥の廊下へ消える。その間にラウスの表情がまたひきつった。
食堂に入ってきたのは、頭に大きなヘアバンドをつけた小さい子が二人と、白人系の少し背が高い子が一人だ。小さい子二人は黄色系のようだが、肌はひどく日に焼けたような色で、エドアルドの褐色の肌色に近い。その三人グループの男の子達は座敷の席なのか、真っ直ぐ進んできてエドアルドの前で止まった。
「ああ、おまえか。新しく来た奴は」
小さい体の割に堂々とした態度の少年が、ヘアバンドを外して毛の生えた耳を見せる。
「おれはキット。よろしくな」
「あ、うん。よろしく」
キットは一応の笑顔を見せて、手を差し出す。エドアルドはキットも有尾人だと気づいて、少し戸惑いながら握手を交わした。後ろにいたキットにそっくりな少年は「おれはカット」と名乗ったが、ヘアバンドは取らず、ポケットから手を出す素振りも見せない。
「おれはアクロスだ」
アクロスは普通の人間らしく、耳に毛は生えていないし尻尾もない。愛想のいいにこにこ笑顔で握手する。
「おまえの荷物を持ってきたんだが、どこに運べばいい?」
「……ぼくの所だ」
キットの問いに、ラウスが少し険しい顔で答える。
「……わかった。じゃあダン達に頼んでおこう」
有尾人に少なからず嫌悪感を持つラウスの心情を知っているのか、キットは自分達が行かずに他の人に頼むと言った。エドアルドはラウスが有尾人を苦手だと言っていた事をもう忘れて、ラウスとキットの微妙なやり取りに、「?」と頭にはてなマークを浮かべた。
「荷物くらい自分で運ぶのに」
キットがダンと言う少年に声をかけているのを見ながら、エドアルドは立ち上がる。するとアクロスが「ハハ」と笑ってエドアルドを止める。
「あれでも歓迎しようとしてるんだよ。遠慮しないで座っとけ」
「そっか」
エドアルドは素直に座った。するとリールが戻ってきて、みんなに「そろそろ座って」と声をかける。そしてエドアルドを前に呼んだ。




