19-14.レイリールとアラド
リールはヤマシタの運転する車に乗り込む。それと同時にアラドも乗り込んできた。長髪だったアラドは髪を短く切り、オールバックにまとめている。リールはそんなアラドを眩しく思いながらも、体をくっつけてこようとするアラドから離れようとする。
「に、兄ちゃん。今日は学校でしょ」
「行かない。もうおまえを離さない」
「こ、困ったな……」
リールは少し考えるように目線をずらした後、アラドに向き直る。
「あのね、兄ちゃん。ぼくは兄ちゃんにちゃんと学校に行ってもらうために来たんだよ」
「おまえは何か仕事してるんだろ? おれも行く。学校なんか必要ない」
「うーん……本当に困っちゃうな」
リールがアラドの説得に手間取っているのを見て、ヤマシタが口を出してくる。
「アラド・レイ様。レイリール様のお仕事は幅広い高度な知識と教養が必要とされます。あなたのような一介の高校生には不可能です」
アラドはそれを聞いて顔をしかめる。
「あ? こいつのどこに幅広い知識と教養があるんだよ」
「ひどいな、兄ちゃん」
ヤマシタは言葉選びを失敗したのに気づく。アラドはリールと過ごした時期があって、お世辞にも高いとは言えないリールの教養レベルを知っている。
「いや、とにかくですね。レイリール様のお仕事は特別なんです。この方にしかできない。はっきり言えばあなたは邪魔なんですよ」
「何だと……!」
アラドは運転席に座っているヤマシタを睨みつける。ヤマシタはその視線を感じながらも静かに言う。
「学校に行ってください。あなたがこの先もこの方に会いたいと願うのならば、今のあなた以上の者になってもらわなければならない」
アラドはヤマシタを睨み続ける。
「嫌だ」
「はい?」
「この先も会う、じゃねえんだよ。これからずっと、一緒にいるんだ。今以上の男になれって言うんなら、こいつと一緒にだ」
ヤマシタの言葉にも説得されないと感じたリールは頭を抱え、また必死に考えを巡らす。そしてうーんと唸りながら背中を曲げた後、恐る恐るアラドを見る。
「わ……わかった、兄ちゃん。キス……したら学校に行ってくれる……?」
その言葉にアラドは頬を紅潮させて顔をしかめ面にする。しかめ面になってしまったのは思わず顔が笑ってしまいそうになったからだ。久しぶりにリールに会って、熱い抱擁を交えたキスを交わしたくない訳はない。アラドはリールの手を握る。
「学校が終わったら、また会えるか……?」
「……仕事が入らなければ」
「……わかった」
アラドはどきどきしてリールが近づいてくるのを待つ。リールはアラドに握られている手を取り直して、唇の高さにまで上げた。そしてその手の甲にキスをする。
「バ……! こんな、ガキみたいなキスで……!」
「キスはキスでしょ! さあ、兄ちゃん、学校へ行って!」
リールは真っ赤になってアラドを車の外へ押し出す。リールにごまかされたようなキスだったが、アラドは仕方ないと言うように車の外に出る。扉を閉めた窓の向こうで、アラドは髪をかき上げ、ニッと笑う。そしてリールがキスした手の甲に自分の唇を重ねて見せた。
リールは火が噴き出そうな顔を押さえて背中を曲げる。
「ヤマシタ、何も言うな。何も言うなよ」
「ハイ……」
それから発進した車の中で、リールの携帯電話に着信が入る。
「うん、うん、わかった。……ヤマシタ、攫われた有尾人の子の新しい情報が入った。またぼくは数日出る。兄ちゃんにはうまく言っておいてくれ」
「……いいんですか?」
「ぼくの人生は変わりすぎてしまった。兄ちゃんの道とはもう交じり合わない。ぼくはぼくのできる事をやる」
「兄ちゃんを幸せにするんじゃなかったのか?」
リールはハッと顔を上げる。
「なんだ……? ヤマシタ、なんと言った」
「……? 何も言っていませんが」
リールは顔をしかめ、そして頭を抱えた。
(ぼくは兄ちゃんを幸せにできない。ぼくに会わずに兄ちゃんが幸せになる方法を探さなければ……)
二週間ほど後、仕事から戻ってきたリールは再びローリーに会いに行った。ローリーがいる学校の寮の前に立つ。
「こんな所に何の用があるんだ?」
リールの後ろにはアラドがいる。リールは困ったようにアラドを見た。
「兄ちゃん、多分ここ男子禁制だから」
「おまえが何するか見るだけだ。注意されたら出る」
タイミングがいいのか悪いのか、館内はがらんとしていて人気はなかった。リールは仕方なく後ろからついてくるアラドは気にしないようにして、寮の階段を上がっていく。そしてたくさんあるドアの内の一つをノックした。
「はい」
小さな声が聞こえて、ドアが開かれる。そこには怯えたような表情をしたローリーがいた。
「やあ、ローリー。ぼくと話をしてくれないか?」
リールは優しく声をかける。ローリーはおずおずとリールを部屋の中へ招いた。リールが部屋の中に入ってくると、その後ろにアラドが立っているのを見てローリーは驚く。アラドはさすがに入っては来ない。ただ女の子の部屋の匂いに息詰まりがしているようで、顔をしかめながら鼻と口の辺りを押さえている。
「彼の事は気にしないで。ねえ、ローリー。君、この頃ずっと学校に行っていないそうだね?」
「あ、あの……ちょっと、風邪ひいてて……」
ベッドに座ったローリーはどぎまぎしながらシーツをいじり、目を泳がせながら答える。ローリーのそれはほとんどごまかしだった。ローリーは学校の勉強についていけなくなり、友達関係もうまくいっていないために、学校に行けなくなっていた。
「怯えなくていい。ぼくは君の助けになりたくて来たんだ。辛い事があるなら話して」
リールの粘り強い話しかけにより、ローリーは少しずつ口を開いていく。
(これがリールの仕事? カウンセラーにでもなったのか?)
アラドは女の子の匂いに酔って、頭がくらくらしかけていた。ローリーは感情が抑えきれなくなったように叫ぶ。
「わたし、田舎に帰りたい……! 子供の頃に戻りたい……!」
リールはローリーの背中を撫ぜていた。そこにアラドがずいっとローリーの部屋の中へ入ってきた。
「兄ちゃん……?」
リールは外に出るように言うが、アラドは動かなかった。




