19-13.レイリールとアラド
今まではメサィア自身が有尾人の地を訪れ、友好関係を築いてきたとタルタオは言った。その後に「しかし」と続ける。
「ここ数年の間にメサィアにはテレポートの能力がある事が分かってしまった。そのためにメサィアは現在二十四時間監視される生活を送られている」
リールは「そう」と視線を落としたまま答える。タルタオはリールの手を取った。
「だからあなたがやるのです、レイリール様。そして、証明してください。あなたは必ず戻ってくると」
リールはもう一人のリールの記憶を思い出した。
「有尾人の地の調査……ハハ、調査か。思い出したよ。そう言えばもう一人のぼくはそんな事をしていたな」
リールは少し考えて、呟くように尋ねる。
「タルタオ、それがぼくにできる事か」
「はい」
「ぼくが戻らなかったらどうする……」
「……不本意ですが、あのアラド・レイという少年が人質のようなものです」
リールは顔を上げる。
「アラド・レイ……?」
「……忘れてしまわれましたか?」
「い、いや、覚えている。思い出した。ぼく、あいつと混ざってたからわからなくなってたんだ。彼……ぼくにとって大切な人だったような気がするんだけど……」
リールが涙を浮かべているのを見て、タルタオはハンカチを差し出す。
「無理に思い出さずともいいと思いますよ。彼、学校も行っていないチンピラでしたね。わたしが学校に通えるよう手筈を整えておきますから、彼の事はご心配なされぬよう」
「そうか……わかった。ではすぐにでも出発する手配をしてくれ。バイロトに会うわけにはいかない。ぼくに会えば、バイロトはぼくが本当にあいつの分身だと気づいてしまうだろう」
「わかりました。ではまずお着替えをなさいますか? あなたの好きそうな服を選んでおきました」
タルタオはそう言って、控えているMAに何枚かのシャツとスキニーパンツを持ってこさせる。
「ハハ、タルタオ。君は何でもお見通しだな」
リールは少し笑う。
「ええ、メサィアもこのような服がお好きだったとお聞きしたものですから」
「全く癪だよな。嫌でもぼくとあいつが同じ人間だと分かるよ」
リールが服を受け取ると、タルタオは周りのMA達に言った。
「さあ、女性のお着替えですよ。あなた達は出なさい」
「女性……!?」
MA達が途端に驚きの表情を見せる。女性のMAが近づいてきた。
「し、失礼します」
そしてリールの胸に触れた。
「ほ、本当に女だわ。なぜ今まで気づかなかったの……!?」
タルタオは少しため息をつく。
「メサィアもあなたも目くらましの術が得意ですね……メサィアは歳を取っているように見せるのがお上手だった」
「なんだ、気づいていたのか、タルタオ。あれがフェイクだって事に」
「ええ、最初は気づきませんでしたが、能力を持つようになってわかりました」
タルタオは九歳の頃、治療が難しい難病にかかり死にかけた所を、メサィアの治癒の力で救われた。と言ってもその力の影響により、その後一カ月程、高熱を出し、死の淵を彷徨っていたのだが、だがおかげでメサィアの力の一部、共感という力を使えるようになった。法王バイロトの甥として元々かわいがられていたタルタオだったが、その力を手に入れた事でさらにメサィアの一番の理解者となった。
リールは顔をしかめて遠くを見る。
「あいつは死を望んでもいるが、恐れてもいる。本当に人間と命をリンクしていたなら、死ねていたかもしれないのに……!」
「人は死を恐れるものですよ、レイリール様」
タルタオは年老いていたメサィアの優しい笑みを思い出して言う。
「ハハ、ぼくを人だと思ってくれているのか、タルタオ」
タルタオはリールの手を取った。
「あなたは人です。レイリール様。優しすぎるくらい優しい。いいですか。有尾人の島へ行っても決してしてはならない事がある。人の病気やケガを治してはいけない。あなたの力を知れば、きっと無用な諍いが起こる」
「……わかったよ、タルタオ」
それから女性のMAだけを残して、タルタオと他のMAは退出した。廊下に出たタルタオはMAの一人を睨む。
「ヤマシタ、あなたが言ったからわたしはあの人に役目を与えた。あの人が何かを成したいと望んでいる思念を感じていなかったなら、危険な調査などにあの人を送り出したりしない」
「……わたしは、メサィアとしてはあの人は生まれたばかりの子供のように思えました。今のメサィアのように表情を凍てつかせておられない。何かを成したいと足掻くあの方を、放っておく事などできません」
MAはメサィアの命令をただ遂行するロボットのような組織ではない。それぞれがメサィアを敬愛し、それがゆえに時にはメサィアの命令に逆らう事もある。そして中には危険を承知で、その望みを叶えさせてあげたいと思うヤマシタのような者もいる。
そしてリールはアラドと再会する事なく、有尾人の島へと旅立った。そこでキットという有尾人と出会い、その存在はリールの心の中の多くを占めるようになる。
有尾人の島から戻ったリールは、アラドが学校に行けるよう手配されたにも関わらず、学校にほとんど行っていないという連絡を受けていた。リールはアラドに学校へ行くよう説得する電話はしたが、会う気はなかった。会えば恐れている感情が目覚めてしまいそうだったから。
アラドと別れて約半年、二月ごろになって、リールは別件でアラドが通う高校の通りを歩く。そして見つけた。高校二年生だったローリーという女の子を。リールはローリーに声をかける。そこを高校の制服を着たアラドが見つけた。アラドは体当たりするかのような勢いで走り寄ってきて、リールを抱きしめる。
「リール、リール……!」
アラドは涙を流してリールの名を呼んだ。リールは視線を落として、アラドの肩にそっと手を置いた。
「痛いよ、兄ちゃん……」
精神世界の中でリールは顔をしかめていた。
「なんで、ぼくは忘れてしまっていた……!? 兄ちゃんへの想いを、心を……! もう取り返しがつかない! ぼくは誰も幸せにできない……!」
リールは頭を垂れていく。
「もう、出会わない事しかできない……」




