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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十九話 レイリールとアラド
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19-12.レイリールとアラド

 アラド達を見つめるリールの目には感情がなかった。


「アラド、アトル、クルガン、イリヤネル。もうぼくを追うな」


 駆け寄ろうとしたアラドは思わず歩みを止めた。


「あんた……リールにそっくりなおじいさん!?」

「わかるのか、アラド・レイ。そうだ、レイリールはぼくと共に消える。もうレイリールの事は忘れろ」

「ふ、ふざけるな! リール、リール! レイリール! 自分を取り戻せよ、そいつの思う通りになるな!」

「に、兄ちゃん……!」


 リールの表情が一瞬崩れる。アラドに近寄りたそうに一歩踏み出したが、すぐに足が後退させられた。リールは顔を覆いながらそのまま後退していく。


「生きたい……と、死ぬ時になってそんな欲が出てくる。だからぼくはダメなんだ。行くぞ、ぼく(・・)……!」


 リールは入り口から外に出ていく。MAとアラドは一斉に入り口に向かい、外に出る。しかしほんの一瞬前にそこにいたはずのリールはもうそこにはいなかった。隠れられるような路地裏も近くになく、他の建物に入った様子もない。MAは立ち往生して叫んだ。


「まさか、テレポートしたのか……!? メサィアの力だ。本物のメサィアの力!」






 リールは無茶苦茶にテレポートしまくっていた。顔を覆いながら走り、どこかの繁華街の通りに出たかと思うと、次の瞬間に踏む地面は別の通りの土を踏んでいる。リールはいくつもの街を抜け、そしていくつもの国を抜けた。やがてリールは疲れ、がれきが散らばる野原の真ん中にある一本の木の所まで来た。木に近づき、息を吐きながら座り込む。そして木を背にし、そのまま眠った。


 精神世界の中にはこれまでのメサィアの記憶がいくつもの映像となって流れている。リールにはメサィアの感情が文字通り直接流れ込んでくる。


「ぼくはおまえで、おまえはぼく」


 空間の中にメサィアの声が響く。そしてリールも目を閉じながら、同じ言葉を呟いていた。






 翌朝、リールは声をかけられて目を覚ました。おかっぱの黒髪の二十代前半頃の女性が心配そうにリールを覗き込んでいた。


「あなた大丈夫? ここに寝ていたら危ないわ」

「君は……」

「わたしはアンナ。アンナ・プルナよ。あなた、外国人ね? ここは戦場になるほど危ない場所なのよ。こっちに来て」


 リールはふらふらと立ち上がり、大人しくアンナの後ろについていく。アンナは一般家屋とは違う施設のような建物に入った。リールをテーブルの前に座らせて、食事を用意する。


「さあ、食べて。お腹空いてるでしょ?」


 アンナもリールの前に座って食事を取りだす。食べながら、アンナはリールの事を色々聞き出そうとリールに質問を繰り返すが、リールの答えはあいまいなものが多かった。


「リール、リールって言うのね。どうしてあんな所にいたのかも分からないなんて、どうかしてるわ。迷子なの?」

「……そうかも」


 リールは沈んだ表情で答える。


「ここは孤児院よ。でもこの近くで戦闘があって、危ないからみんな別の孤児院へ移動したの」

「……どうして君は残っているの?」

「それでもね、子供を置いていく人がいるのよ。昨日も赤ちゃんを置いていった人がいたわ。今は別室に寝かせてるけど」


 アンナはスプーンを持った右手の人差し指を癖のようにくるくる回す。


「それにね、わたしの弟……あ、血は繋がっていないんだけど、その弟がデモ隊に参加して国の兵士と戦っているの。それが心配でなかなか離れられないのよね」

「……君の恋人?」

「や、嫌ね、そんな……そう、とも言えるのかしらね。フフ」


 アンナはちょっと照れたような笑顔で、スプーンまでくるくる回す。リールはずっと視線を落としたままだった。たった一晩の内に別世界に来てしまい、アラドと過ごしていた楽しい日々が遠くなった事を実感していた。






 それから数日の内に、アンナとリールは内紛状態にあるこの国の闘争に巻き込まれる。街中で戦闘が始まり、リールとアンナは逃げ出そうと建物の陰を移動していたが、見つかり発砲される。リールは数発食らい、その流れ弾は赤ん坊にも直撃した。


 アンナは放心状態になり、その場に座り込んでしまう。それを国兵であったダンが見つけ、ふらつくリールを負ぶい、アンナを引っ張って戦闘の気配のない教会まで連れてきた。


 リールは一度そこで事切れた。精神世界の中では記憶と感情がずっとぐるぐると回っている。そこにはリールが椅子に座っていた。メサィアと呼ばれる男のリールだった。十八歳くらいの少年の姿に戻った男のリールは表情を変えずに笑い出す。


「ハハ、ハ、ハハハ。ぼくは死ななかったのか。だが分かる。ぼくはもうほとんど抜け殻だ。メサィアの『……』たいと願う力は、ほとんどおまえの方へ行ってしまった」






 目を覚ましたリールは数週間の間、アンナと共に戦闘を避けて逃げ回っていた。赤ん坊を亡くしたアンナは、戦闘に参加し続ける恋人を見限った。リールは逃げ回っている内に、自分が一人では何もできない事を切に感じていた。


 アンナが止める中、戦闘をやめさせようと誰かに訴えても、誰も彼も一笑にふすだけで構ってはくれない。誰かを庇い、銃弾の盾となっても、人はそれを気味悪がるだけだった。


「人には色々な考えがあるのよ。この国は今戦争をしたがってるの。それを止める事は神様だってできないわ」


 リールはうなだれて、タルタオがずっと送ってくる思念を感じた。


「あなたはこの洞泉宮でこそできる事がある。戻ってきてください。あなたはここでこそ愛される……!」


 リールはアンナの手を取った。


「アンナ、ぼくにここでできる事は何もない。ぼくはぼくのいるべき場所へ戻ろうと思う。君も、一緒に行こう……」






 洞泉宮に戻ってきたリールにタルタオが会いに来た。タルタオは信頼できる少数のMAだけを部屋内に待機させている。


「レイリール様、今だけです。わたしのおじさん……法王バイロトは、メサィアの分身が現れたなどとは信じていない。あなたをただの能力者だと思っている。だからこそあなたにお願いできる調査がある」

「調査……」

「有尾人という人種が人身売買の対象にされ、不当に攫われているという話があるのです」


 リールはその話に顔を上げた。タルタオはその詳細を説明し始めた。


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