19-10.レイリールとアラド
リールがいた施設から、メサィアのいるホールランドの洞泉宮まで行くには、電車とバスを乗り継ぐ。洞泉宮は塀に囲まれており、その中央の門は広く開かれている。途中までは一般人でも入れる。
広い公園のようになった洞泉宮の敷地内に、リールとアラドは来ていた。洞泉宮は下が大きく円形で、上になるにつれて細長くなっていく塔の形をしている。
リールとアラドが警備の者の目が光っている門の所で立ち往生していると、中から黒服の者が声をかけてきた。
「レイリール様と、アラド・レイ様ですね? こちらへどうぞ」
二人は裏口のような所から入るように案内され、広間に出た。
「メサィアは秘密裏にお会いする事をお望みです。くれぐれもお騒ぎになりませぬよう」
そこにはMAと思われる黒服の者達が少数、リールとアラドを囲むように立っていた。
リールとアラドが緊張した面持ちで待っていると、やがて老齢の男がMAに囲まれながら入ってきて、椅子に座った。
「リ、リール?」
アラドは男を見て、それがまるでリールがそのまま歳を取ったようだと感じた。
「そう、ぼくはリール。もう一人のぼく、ようやく来たか」
リールは顔をしかめて男を見ている。
「ぼくと命をリンクした妻の命はあと数分のようだ。本当は側にいてやりたかったけど」
男は視線を落としたまま、静かに話している。
「同じ顔というものは直視したくないものだな。おまえ、ぼくを殺せるか?」
男の言葉を聞いて、MAの間に緊張が走る。男はそんなMA達を見回して喋る。
「君達には出ていってほしいんだけど、君達はぼくの事を想うあまり、ぼくの言う事を聞いてくれないんだものな……」
「当然です、メサィア」
メサィアを殺すという物騒な言葉を聞いて、MA達が出ていく訳はない。答えたのはMAの内の一人だが、他の者も当然そうだと言う顔をしている。メサィアという男は少し背中を丸めた。
「ぼくの妻はぼくが共に死ぬ事を潔しと思ってくれないらしい。命のリンクが切れそうだ。レイリール、ぼくを殺せ」
レイリールというのはリールの本当の名だ。リールはいつの間に持っていたのか、シャツの下に隠しておいた四十センチメートル程の木の枝を取り出す。MA達はそれを見てリールを取り囲み、円陣を狭めてくる。
「ぼく達はそんな物しか持てないんだものな。人を殺す事も、自分を殺す事も出来ないように作られている。……おまえ達、下がれ」
「聞けません、メサィア」
「リール、やめろ!」
アラドがリールに抱きつく。リールは、はあはあと肩で息をしている。
「どいてくれ、アラド。ぼくはぼくを殺してやらなくちゃならない……!」
「あのおじいさん、もう死にそうじゃないか!」
それを聞いてMA達は男の方へ振り返る。男も肩で息をしていた。もう目が開けていられないかのように、目を細めている。
「ぼくは死ぬ……ようやく……」
男は椅子からずり落ちながら目を閉じた。
男の方へ注意が向いたMAの隙を突いて、リールはアラドを振りほどき、男に駆け寄ろうとする。しかしそれは簡単にMAに止められた。
「離せ! おまえ達!」
リールが暴れている時、部屋の入り口側から声がした。
「その人を離しなさい!」
その声はタルタオだった。メサィアの能力の一つ、心を感じる力を持ち、のちに子供の島の計画に参加するニ十歳の青年だ。長いマントを着用し、目のデザインが施された冠をつけ、MA達を睨んだまま前に進み出てくる。
「あなた達、この人が誰だかわからないんですか!? 離しなさい!」
MA達はタルタオの剣幕に押されて、リールを僅かに離す。タルタオはリールの前に行き、頭を垂れた。
「レイリール様、お待ちしていました。わたしはずっとあなたを感じていましたよ。いつかいらっしゃると思っていた」
「タルタオ……」
リールは初めて会ったはずのタルタオの名を口にする。タルタオはMAに抱きかかえられるようにして目を閉じている男を見た。男を抱えているMAは涙を流している。
「リール様、逝かれたか……いや、でもわかりますか? レイリール様」
リールは男を見てぽろぽろと涙を流していた。
「死んでないじゃないか。ぼくは死ぬ事すらできないのか……?」
死んでいるはずのその男は徐々にしわが取れていき、やがてリールそっくりな若い少年の姿になる。MA達は男とリールの顔を見比べるため、何度も振り返った。
「同じ顔だ……!」
「やれやれ、歳を取られただけでメサィアのお顔がわからなかったんですか? この人はメサィアと同じ人、分身と言った方がわかりやすいですか。わたし達がお仕えするべき方ですよ」
タルタオは男に近づき、その手を取って感覚を共有する。
「……やはり、あなたは近い内に復活なされる。ヤマシタ、メサィアをお部屋にお連れしてください。冷蔵も火葬もする必要はありません」
ヤマシタと呼ばれた男は静かに質問する。
「火葬……すれば、メサィアのお望み通りの死が訪れるのでは?」
「無理だ! ぼくは数百年の間に何度か火葬にされかけた……! でも熱さに耐えきれなかった……!」
リールはメサィアの記憶を思い出し、苦痛を思い出したような顔で答える。
「あなたは……」
「ぼくはそいつだ! 当然にそいつの記憶を持っている。ぼくはぼくを殺すためにぼくを作ったんだ……!」
「分身……信じがたいですが、理解はしました」
他のMAはともかく、ヤマシタはそれを理解し、男を抱えているMAと共に男を運んでいった。
男が退室していくと、アラドはリールの肩に手を置いた。
「リール、おまえはおまえだ。誰の記憶を持っていても関係ない。もうここを出よう。見届けるものは見届けたんだろう?」
リールはアラドの言葉を驚いたように聞いた。リール自身、気づかぬ内に男と自分を同一視し、男になりかけていた。でもそれはしようがない事だと、リールは言葉よりも感覚で知っている。自分が男の分身である事は事実なのだから。
それでも肩に感じるアラドの手の温もりは、自分を自分だと認識させてくれる。それはなんて嬉しい事なんだろうと、リールは泣きそうになりながらも顔を綻ばせた。




