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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十九話 レイリールとアラド
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19-7.レイリールとアラド

 リールはアラドが緊張した様子でキッチンを出ていこうとしているのに気づいた。その入り口の所にはよく見えないが、ノーラが立っているように見える。


「ママ? ノーラ?」


 リールが声をかけると、ノーラの低い声が聞こえた。


「リールは来ないで。アラドと二人で話があるの」


 リールは二人の様子に違和感を覚えながらも、素直に「わかった」と返事した。






 ノーラは表情もなくトレーニングルームへ向かう。アラドは震えながらも逆らえず、ノーラについていく。トレーニングルームに着いたアラドは上半身裸になるように指示される。そしてノーラはゴミ袋を投げ捨て、中に入っていた鞭でアラドを打ち始めた。


「あなた……も、あの人みたいになるの……!」


 アラドは壁に手をつき、撃たれる背中の痛みに必死に耐えている。


「あなたの兄弟なら、世界中どこにだっているわよ……! そうやってあなたも、人を不幸にして回るのよ……!」


 ノーラの目は涙に濡れている。それなのにアラドを痛めつけたい気持ちが消えない。ノーラは悲鳴のような声を上げて、また鞭を振り上げた。






 バシンッ


 間に割り込んできた影があった。その顔に鞭が当たり、傷ができる。


「リ、リール……!」


 ノーラは目を見開いたが、すぐに歯を食いしばり、鞭を構える。


「どきなさい! あなたもぶたれたいの!?」

「や、やめてくれ、ママ! リールをぶたないで!」


 アラドは庇うようにリールを後ろから抱きしめる。


「大丈夫だよ、兄ちゃん。ぼくは大丈夫」


 リールはアラドの腕を外し、ノーラに向かって手を広げる。


「ノーラ、君、痛いよね。君が痛がっている事、わかるよ」


 リールはノーラを抱きしめる。ノーラはまるで心の中にリールが流れ込んでくるような不思議な感覚に襲われた。ノーラは涙を流す。


「わたし、愛されてないのよ。誰にも愛されてない」

「アラドは君を愛してる。愛してるから耐えてるんだ」


 ノーラは震えて手から鞭を落とす。その唇は震えていた。


「わたし、本当はこんな事したくない。ごめんなさい、ごめんなさい、アラド……」


 ノーラは脱力して膝をつく。リールはノーラを抱きしめ、ノーラが落ち着くのをじっと待っていた。






 しばらく経った後、ノーラはふらふらと立ち上がった。


「食事……デリバリーを頼むわ」


 リールはノーラを追おうとするが、ノーラは掠れた声でそれを止める。


「わたしは大丈夫よ。その子についててあげて……」


 リールは慌てて振り返り、アラドの傷を見て辛そうに顔をしかめる。


「ごめん、アラド! ぼくが治してあげるから……!」

「いい……」


 アラドは顔に傷を負ったリールの頬を包む。


「ごめん……ごめんな」


 リールもアラドの頬に触れる。


「守ってあげられなくてごめん……」

「おれが……だろ」


 アラドは涙を溢れさせ、リールにキスをする。リールも涙を流し、キスをする。そしてからリールはアラドの首元に手を回して抱きしめた。


「ぼくが治してあげるよ、兄ちゃん」


 不思議な力がアラドに流れ込む。だがアラドは自分の傷の事など忘れていた。再びリールが顔を上げた時、リールの傷が薄くなり、消えていくのを見た。


「傷……よかった、消えた」


 アラドはリールの額に自分の額を押し当てて、嬉しそうに笑った。そしてまた涙を流す。


「ママを助けてくれて、ありがとう」


 アラドはリールが自分やリール自身よりも、ノーラを優先してくれた事が純粋に嬉しかった。アラドが救いたくても救えなかったノーラの心が、リールのおかげでほんの少し救われたのがわかった。


 リールは頬を包んでいるアラドの手に自分の手を重ねた。そしてにこっと笑い返そうとしたが、アラドの額や手に熱が溜まってきているのに気づいた。


「熱……い」


 アラドの体に力がなくなり、リールに向かって倒れこむ。


「兄ちゃん……?」


 アラドは熱を出していた。呼吸は浅く、既に意識がない。


「兄ちゃん……! アラド!」


 アラドは救急車で病院に運ばれた。






 アラドは数日経っても目を覚まさなかった。病院のベッドに寝かされている横で、リールは涙を流す。


「なぜ兄ちゃんは目を覚まさないんだ……!? ぼくのせいか? ぼくの力の影響を受けすぎたから……!」


 ノーラはリールの肩に手を置く。


「なんであなたのせいなのよ。大丈夫。この子は必ず目を覚ます。さあ面会時間は終わりよ。また今度来ましょう」


 そう言って出ていこうとするノーラの前にリールは回り込み、ノーラの絶望したような表情を見る。ノーラは自分の折檻のせいで、アラドが熱に浮かされるようになってしまったのだと思い込んでいた。


「ノーラ、違うんだ。君のせいじゃない! ぼくのせいなんだ! ぼくがうかつに力を使ったせいだ! 約束するよ、ぼくは兄ちゃんを必ず幸せにする! だから、泣かないで……!」


 抱きしめてくるリールの腕に、ノーラはそっと触れる。


「バカね……泣いてるのはあなたの方じゃない」






 それからアラドの熱が下がり、まともに起き上がる事ができたのは一カ月と少し後だった。ノーラは泣きながらアラドを抱きしめる。


「ごめんなさい、アラド。わたし、もう二度とあなたをぶったりしないわ」


 家に戻ってきたアラドはリールの外出の日を心待ちにしていた。リールにキスをし、そしてリールがそれに応えてくれた事を覚えている。早くリールに会いたい。リールはきっと自分が無事に退院した事を無邪気に喜んでくれる。そんなリールを抱きしめてやりたい。そう思った。


 だがリールはその日もその次の日も、アラドの家に現れなかった。


 アラドはリールに会いたい一心で、久しぶりにグループセラピーに参加した。そこには当然リールはいた。リールは初めて会った頃のように、本に目を落としている。アラドは浮き立つ気持ちを抑えながら、リールの前に座った。


「リール、なんでこの前うちに来なかったんだ?」


 リールは笑顔もなく、静かにアラドを見た。


「ぼくはもう、君には会わない方がいいんだと思う」

「な、なんでだ!?」


 アラドは思わず椅子を倒す勢いで立ち上がった。セラピーに参加している他の子達の視線が向いたが、アラドは気にせず、泣きそうな目でリールを見つめた。


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