19-5.レイリールとアラド
当時、世界を手中に収めようと考えた者達は、絶対的な神を創ろうと考えた。そのために超能力を持った人間を誕生させようとした。
「様々な実験を試み、最終的におまえがお父さんと呼ぶ者は非科学的な方法を取った。ただ祈ったのだ。おまえが誰かを救える人間になるように、人の心がわかる人間になるように」
荒唐無稽な話のようだが、実際にその祈りの儀式は行われた。そしてその者達は本当に神――メサィアと呼ばれる者を作り出す事に成功した。しかし神を創ろうとした者達と、研究者である「お父さん」の意図は必ずしも一致していなかった。「お父さん」には本当に救いたい人がいたのだ。
「お父さんの息子を助けるため」
「思い出したのか?」
ベレチネの問いに、リールは軽く首を振る。
「少しだけ。お父さんの息子は部屋から出てこなかった。そして、ぼくの完成を待たずして……死んだ」
リールはそれ以上は思い出せないと、考えるのをやめた。
それからまた外出が許された日、アラドとリールは研究員の運転する車に乗って、アラドの家に向かっていた。
「いいの? 兄ちゃん。ぼくを家に連れていくなんて」
「その兄ちゃんっていうのやめろよ。おれはあんたがずっと閉じ込められてるって言うから、せめてうちで美味しいものでもご馳走してやろうかと思っただけだ」
「フフ、兄ちゃんは優しいんだねえ」
アラドの家に着くと、アラドの母のノーラが出迎えた。ノーラはお茶を出しながら、興味深そうにリールを見つめる。
「あなた、うちの息子ほどじゃないけどハンサムね」
「ママ……その人、女だよ」
「え? 女の子? あなたが女の子を家に連れてくるなんて……惚れたの?」
アラドは頬を紅潮させて顔をしかめる。
「バカな事言うなよ、ママ。おれはこいつが気になるんだ。もっと話がしてみたいと思っただけだ」
「それを惚れたって言うんじゃないの。まあいいわ」
ノーラはリールに向き直る。
「あなたは施設で育てられた特別な子だって聞いてるわ。この子が夕食をご馳走したいって言うから、ぜひ食べていって」
「ありがとう、ノーラ」
リールはにこっと笑う。
「……不思議な子ね。何かあなたの笑顔には惹きつけられるものがあるわ」
アラドが食事を作っている間、リールとノーラは談笑していた。ノーラはリールから話を聞いて、呆れた顔をする。
「あなたも学校に行ってないなんて、うちの子と同じじゃない。気が合うわけだわ」
「一応、勉強教えてもらってた時期もあるんだけど、難しくてもう覚えてないんだ。ぼく、勉強は苦手みたい」
そうしている内にアラドが料理を運んできた。
「簡単なものしかできないけど」
そう言って並べたのは、白身魚のムニエル、スープ、サラダだ。リールは目を輝かせた。
「兄ちゃん、すごい! こんなきれいな料理が作れるんだね!」
アラドはパンも自分で焼いたんだと照れたように言いながら、焼き立てを置いてくれる。
「この子も学校に行ってないから、その分何かさせてあげなくちゃと思って。時々知り合いのシェフに頼んで料理を教えてもらってるのよ。なかなかでしょう?」
ノーラは自慢げに言う。
「それにしても兄ちゃんだなんて。まあわたしも娘が欲しかったからいいわ」
「フフ、そうなの?」
「ええ、娘でもいれば、この子がこんな女嫌いにならなくて済んだかもしれないのに」
でもこうやって女の子を連れてきてくれるなんて嬉しいわ、とノーラは笑った。
リールとノーラの関係はその後も良好だった。ノーラはまるで親友を手に入れたかのように、リールとよくお喋りし、何度もリールを家に招いた。アラドはノーラとお喋りするリールをいつも眩しそうに見つめた。愛する母がリールという存在のおかげで楽しそうにしているのを見るのは、子供心にも嬉しい事だった。
アラド自身、セラピーの時を含めて、リールと一緒にいる時間は楽しいと思えた。友達も兄弟もいないアラドにとって、無邪気に接するリールはかけがえのない存在になりつつあった。
ある時、リールはいつものように家に遊びに来ていた。リビングでアラドとテレビゲームをしていたリールは、トイレに立ち上がった。アラドも休憩を入れて、ダイニングでお茶を飲む。ノーラはおやつにケーキでも買ってこようかと考えていた所だった。リールが大慌てで廊下を走ってくる。
「に、に、兄ちゃん、ノーラ! 血、血が……!」
リールはズボンを履かず、手に持ったままショーツ姿でダイニングの入り口に現れた。アラドはそれを見て飲み物を吹き出しそうになり、むせる。
「どうしたのよ、あなた」
ノーラは呆れた顔でリールに近づいていく。
「だ、だ、だって、血が……! どこもケガしてないのに血が出てきたんだ……!」
ノーラはリールが自分の股の間を指すようにしているのを見て、それがなんなのか察する。
「あなた、生理まだだったの? 大丈夫、心配ないわ。体が子供を産む準備をし始めたのよ」
「五十年生きて、こんな事なかった……!」
リールが狼狽して言った言葉に、ノーラは変な顔をする。
「五十年? 十五年? とにかく遅い生理ね。こっちにおいでなさい」
アラドはノーラに連れていかれようとしているリールに、恐る恐る声をかける。
「だ、大丈夫か?」
「あなたはいいのよ。女の子の日が来ただけなの。座ってなさい」
アラドは二人を気まずそうに見送って、椅子に座る。そして少し落ち着くと、さっきのリールの慌てぶりを思い出して笑いがこみあげてきた。
「クク……なんだよ、あいつ」
アラドは久しぶりに声を出して笑った。
それからというもの、アラドはよく笑うようになった。リールが自分が思うよりも何も知らない子供のように思えたからかもしれない。
リールがノーラの仕事場に連れていってもらい、たくさんの機材やセットに驚いているのを見て笑った。ノーラがその体型を維持するために作った自宅のトレーニングルームで、そのトレーニングマシンに挑戦して顔を真っ赤にしているリールを見ても笑った。リールは不思議な子とは言っても、普通の人以上に特別筋力や体力がある訳じゃないようだった。
アラドは本当にいつも声を出して笑っていた。ノーラはそんなアラドの変化を見ていた。




