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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十九話 レイリールとアラド
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19-3.レイリールとアラド

 子供の島ではいつものように食事が始まっていた。ラウスと談笑しながら食事の準備が整うのを待っていたリールも、アラドの前の席に着く。そして食べ始めようとした時、リールは困ったように皿の上のステーキ肉を見た。


「どうした、リール」


 アラドがリールの様子に気づいて声をかける。


「えと、お肉が……」


 アラドは言われて気づく。リールの肉が切られていない。リールの所にはナイフも配られていない。


「アンナ、リールの肉が切られていない」


 アラドがそう言うと、反対側の端の席に座っていたアンナは「本当? ごめんなさい、リール」と言って立ち上がろうとする。


「ああ、いいよ。おれが切っとく」


 アラドはリールから皿を受け取り、肉を切り出した。それを見ていた隣のイランが不思議そうに首を傾げた。


「リールのナイフ、持ってくればいいんじゃないのか?」

「おまえ、知らないのか? リールはナイフが持てないんだよ」

「そうなのか?」


 リールは困ったように「うん」と頷く。


「実はぼく、刃物とかが苦手なんだよね。人の血も苦手で、人を傷つけるかもしれないものは怖くて……」


 リールはこの島に来てから、キッチンの手伝いだけはした事がない。それはキッチンに置いてあるナイフが怖いからだ。


「食事用のナイフも持てないなんて、相当だな」

「がんばればなんとかいけない事もないんだけど……ただぼくはそう作られちゃったんだよねえ」

「作られた?」

「あ、いやいや、なんでもない」


 リールは慌ててごまかした。






 ベレチネは手紙を広げながら、白い部屋の前にいた。これは子供の島の計画が始まる一年ほど前の話だ。アラドは高校に行かないままに、十六歳になっていた。リールは変わらず十八歳くらいの姿のままだ。


 ベレチネは古株の研究員と話していた。研究員は上層部からの通達を驚いた様子で眺めている。


「まさか上層部の許可が下りるなんて」

「上層部はリールを持て余している。リールのストレスはもう限界だ。そしてリールの限界はわたし達の限界でもある。十年前なら許可は下りなかっただろうが、もう十年も経ったのだ」

「上層部の中にはまだリールを恐れている人もいると聞きますが」


 ベレチネは首を振る。


「もう限界なのよ。リールにかける設備費、人件費などに不満を持つ者も多いんだ」


 研究員もそれは分かっているのか、そうですねと小さく頷いた。






 ベレチネはリールを小部屋に移し、アラドと引き合わせる。そして折り畳みナイフを広げた。


「アラド、見ておきなさい」

「な、何するんだ」


 アラドが怯んでいる横で、リールもたじろぐ。


「ベレチネ、ぼくが刃物苦手なの知ってるだろう」

「怖いなら目を瞑っていなさい。少し傷つけるだけだ。腕を出しなさい」


 リールは目を細め、仕方なさそうにシャツの袖をまくって腕を出す。


「や、やめろ」

「アラド、この子は普通の人間じゃない。リアル教のメサィア、その生まれ変わりなのです。だから、決して愛してはいけない」


 ベレチネはリールの腕にナイフを滑らせた。ポタポタッとリールの腕から血が流れる。


「痛いよ、ベレチネ」

「これくらいならすぐ治るでしょう?」


 ベレチネはリールの腕から流れる血を拭う。するとそこには今まさに修復されている傷があり、やがて傷そのものが消えた。アラドは言葉を失くしてそれを見ている。


「わかったでしょう? この子は特別なんです。だから決して情を移してはいけない」


 放心したままのアラドを見て、ベレチネは再びナイフを握る。


「足りなかったのなら、もう一度やりますが」


 アラドはそれを聞いて我を取り戻す。


「やめてくれ、そいつがかわいそうだ」


 アラドが狼狽している横で、リールは不満そうに呟いた。


「ベレチネはぼくに友達ができるのがよほど嫌らしい」

「さあ……どうでしょうね」


 リールはため息をつく。


「あーあ、これでアラドもぼくを恐れて離れていくな。それとも逆に興味でも持ったかな?」


 リールは少しやけくそ気味に言った。アラドはうつむいたままぼそっと呟くように答えた。


「おれは、ただあんたがかわいそうだと思っただけだ」

「かわいそう……?」


 リールはじっとアラドを見つめた。アラドはあまり視線を合わせない。すぐ治ったとはいえ、目の前で人が傷つけられた事にショックを感じているようだ。そんなアラドを見て、リールは少し寂しそうに笑った。


「フフ、ありがとう」


 ナイフをしまい、リールとアラドの様子を見ていたベレチネが口を開く。


「リール、上層部から許可が下りました。まずは三十分、それだけ外に出てもいい」

「監視はいるんだろう?」

「もちろん。それに万が一あなたが逃げれば、わたし達が罰を受ける」

「すごい脅しだな。大丈夫、どこにも行かないよ」


 リールは立ち上がり、外に通じるドアへ向かう。


「アラド、行こうか」

「ああ……」


 ベレチネはリールとアラドが出ていった所で呟いた。


「バカな子だ。わたし達の事を気にする事などないものを」






 そこは車の走る通りのある普通の街中だった。リールがいた施設はとある製薬会社の地下にあった。高校生にしか見えないリールとアラドが会社の中から出てきたのを、通りがかった会社員が不思議そうに見ていたが、リール達は気にせず外に出る。


 リールはガードレールに手を置いて深呼吸した。


「外の世界。ハハ、三十分じゃどこにも行けないな」


 リールは寂しそうな表情で行き交う車や人を見、そして呟いた。


「アラド、君はぼくの力を知ってもなお、ぼくを人と見てくれるんだな」

「何か言ったか?」


 リールの声は街の喧騒にかき消されたようで、アラドには届いていなかった。リールは首を振る。そしてそのままアラドに聞こえているのかいないのか分からない声で話す。


「人扱いされると苦しいな。この窮屈な生活が苦しくなってくる。何かがしたい。誰かに愛されたいと、欲が出てくる」


 リールはアラドに向き直った。


「ありがとう、アラド。君のおかげでぼくは外に出たいと思う事ができた」

「おれは何もしてないけど……」

「いいんだ。ぼくが勝手に君の気持ちに共感しただけさ」


 リールはふっと柔らかな笑みを浮かべた。十数年ぶりの外の世界に少しだけ手が震えていたが、それでも開放感の方が大きかった。


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