19-1.レイリールとアラド
この子供しか住んでいない子供の島では、ほとんどの子が共同風呂を使用する。四、五人くらいが入れる風呂場で子供達はそれぞれ時間を決めて入っている。
ダン、ドル、オラデアの三人はいつも一緒に入る。今日も揃って脱衣所で服を脱ごうとした所だった。自分達以外の人が入ってきた気配を感じてドルが振り向くと、そこにアラドが立っていた。
「あ、アラド」
アラドは三人を見て軽く舌打ちする。
「珍しいな、おまえがこっちの風呂に来るなんて」
ダンが服を脱ぎながら言う。
「うちの風呂、シャワーの出が悪くなったんだよ」
リールとアラドが住む少し大きめのコテージハウスはシャワー室がついている。だからアラドとリールは普段共同風呂には来ない。
「入らねーの?」
全裸になったダンが、入り口で立ちっぱなしのアラドに声をかける。
「おまえ達が出るの待つ」
「なんだよ、一緒に入ればいーだろ」
アラドはしかめ面したままためらっている。その間にドルがシャツを脱いだ。するとアラドはドルの体にたくさんの青痣があるのに気づく。
「ドル、おまえその体」
「ん? ああ、これ? おれここに来る前はよくおじさんに殴られててさ。もう治ってたはずなんだけど、子供の姿になった時になぜかまた出てきちゃったんだよね。そして消えないのこれ。あ、痛くはないから気にしなくていーよ」
ドルはあっさりとした顔で話す。アラドは仕方なさそうに着替えを棚に置いて、自分も服を脱ぎだす。それを見て今度はダン、ドル、オラデアの三人が驚いた。
「アラド、それ」
アラドの体には鞭で打たれたような痕が無数にあった。
「痛みはない。おまえと同じだ。なぜか出てきた」
「え、誰にやられたの。まさかリール……とかじゃないよね?」
「あたりまえだろ。リールがこんな事するか。……ママだよ、時々ヒステリックになってやられてた」
「そう……なんだ」
「おまえ達、苦労してるのな」
オラデアは涙目になって鼻をすする。それをアラドが変な顔で見る。
「なんで泣いてるんだ、おまえ」
「おれの時もこうだったよ。最近ようやく慣れたの。オラデアってこういうのに弱いんだよね」
ドルはあっけらかんと言った。
アラドの母親はノーラ・レイ。四十代になった今でも人気モデルとしてモード雑誌に載るような美形の女性だった。ノーラは二十八歳の時に、当時交際が報じられていた有名ミュージシャンの子を産んだ。それがアラドなのだが、アラドはテレビや雑誌で見る以上に父親の事は知らなかった。父親は子が生まれたノーラに会いに来る事はなかったからだ。
しかしそれでノーラの恋は冷めなかった。日々報じられるその男の女性関係の記事に嫉妬し、泣くほどに心苦しめられていた。そしてその怒りの矛先はいつもアラドに向いた。
ノーラはアラドを愛していない訳ではなかった。むしろ普段は溺愛していたが、自分の心の内を周りに吐露できないノーラは、アラドを鞭で痛めつける事で、その気持ちの捌け口としていた。
一方のアラドはノーラと父親の美貌をしっかり承継し、彫刻のように整った顔立ちと、長い首と手足、そして子供とは思えない程の色気を持った十五歳の少年へと成長していた。その美貌は十一の時にお手伝いさんの女性にレイプされかけた程で、その頃からノーラは人間不信になり、アラドも女性嫌いになっていた。同年代の友達ともうまくやれなくなっていたアラドは、学校にも行かなくなった。
そんなアラドの学力の低下を心配しながらも、ノーラは学校に行けと強く言う事は出来なかった。そんなある時、ノーラは人から紹介されて、とある団体が主催するグループセラピーに参加する事をアラドに勧めた。
「グループセラピー?」
「そうよ、主に中高生を対象に行われているんですって。あなた、学校に行けるようになるためにも、こういうのに参加してみるのもいいんじゃない」
アラドは渋っていたが、ノーラがまた豹変し、鞭を振るった次の日にセラピーに参加する事を決めた。
三十名くらいの中高生が、だだっ広い白い部屋に集められていた。子供達はそれぞれにグループを作り、お喋りしている。アラドはその隅の方にいた。痛む体を押さえるように自分の腕を体に回し、近づいてくる子を威圧して一人立っていた。その時、後ろから気配もなく、ぽんっと肩を叩かれた。
「だ、誰だ。おれに触るんじゃねえ」
アラドの後ろに立っていたのは金色の髪に金色の目で、少年のような格好をしたリールだった。リールは感情の見えづらい小さな瞳でアラドを見つめていた。
「ああ、ごめん。君が痛そうだったものでね」
そう言ってリールは先程まで座っていた部屋の奥の席に戻っていく。アラドはリールが離れていくのを睨みながら見ている内に、自分の体から痛みが引いている事に気づいた。腕のシャツをめくってみると、傷がなくなっている。
(傷が治った……?)
アラドはその日の夜、熱を出した。
そして二度目のセラピーの時、奥の端の席で本を読んでいるリールに近づいていった。アラドは椅子に座らず、リールを睨み下ろす。
「あんた」
それだけ言ってアラドは言葉に詰まった。何をどう聞けばいいか分からない。アラドが声をかけるのを諦めて顔を背けた時、リールはククと口だけで笑った。
「君、おもしろいね。また来なよ」
アラドはなんとなく不快に感じて背を向ける。それを部屋内が見える窓の向こうから、大学を卒業して研究室の一員となったラウスと、研究室長のベレチネという女性が見ていた。ベレチネは五十過ぎの丸顔の小さな女性だ。
「珍しいな。リールが自分から声をかけるなんて」
「彼、ハンサムですからね。興味が湧いたのかもしれませんね」
ベレチネの言葉にラウスが笑いながら答える。
「正気で言ってるのか?」
「彼女だって女の子ですよ。かっこいい男の子には興味ありますよ」
「それは新しい情報だな」
ベレチネは呆れたように首を振った。
それから三回目、四回目と、アラドは時に休んだりしながらも、セラピーに参加していた。アラドは他の子に話しかけられても、ほとんど喋らず睨んでいるだけなので、話しかけた子はその内気まずくなって去っていく。アラドはその間も一人で本を読んでいるリールを気にしていた。
 




