18-4.ラウス・イプスウィッチ
ブラックは反社会的集団に誘ってきたその男を恐れ、逃げる事もできず、暗殺者として育てられる事になった。
そのブラックに来たのが、金色の髪と金色の目を持つ少年少女を無差別に殺せという指令だった。ブラックは恐怖した。暗殺の対象は悪人でも組織の敵ですらもない善良な一般市民。ただリアル教のメサィアと類似した外見を持っているというだけで狙われる、憐れな少年少女達。
なぜそんな者達が狙われるのか、詳細な理由はブラックには分からかった。ただリアル教への報復だと聞いただけだった。
ブラックは何かの商品を追ってくる金色の髪の者がターゲットだと告げられた。それは誘拐された有尾人を追っているリールだった。街中を歩いていたリールは人混みのない路地裏に入り、そこで振り返った。
「君、ぼくを殺そうとしてるよね?」
ブラックは震えた。心に重い物がのしかかってくる。しばらくしてブラックは膝から崩れ落ちた。いつの間にか涙を流していた。リールはそんなブラックに近づき、背に手を回して、まだ少年と言ってもいい歳のブラックを抱きしめる。
「いいんだ。君はこんな事しなくても。君のボスにはぼくが話をつけてやる。君は自由になれる」
ブラックはひたすらに泣いた。人に優しい言葉をかけてもらえるのも、抱きしめてもらえるのもそれが初めてだった。
「なんでおれにそんな事話してくれるんだ……?」
イランは思いもよらなかったブラックの暗い過去を聞いて動揺していたが、それを悟らせないように尋ねる。ブラックはまだ十代とは思えないような落ち着いた目を横に向けて、イランを見る。
「おれはおまえが好きじゃない。だがおまえは話を聞いてくれそうな気がした。だからおれはおまえにリールを取らないでほしい」
「おれなんかより、警戒する奴いるだろう……」
「おれはリールに泣いてほしくないんだ」
なんで泣くんだとまでは聞かなかった。リールには本当に好きな奴がいる。そう言いたかったのかもしれないと、そう考えた。
ラウスはブラックの話にはあまり興味がないのか、軽く頷いただけで、イランに話を移す。
「君は?」
「ん?」
「イラン、君もそろそろここに来た理由を話してくれてもいいんじゃないか?」
「お、おれか……」
イランは気まずそうに口ごもる。
「な……」
「な?」
「ナンパ……した。リールを」
「へー、君、案外甲斐性あるんだね」
「でも……」
「でも?」
「できなかった」
「セックス?」
「うん……」
「クハハ」
ラウスは椅子の背もたれに体を預けて足を組み、乾いた笑いをする。その顔はいつもの優しげな顔と違い、まるで蔑んでいるような歪んだ笑みを浮かべている。
「そんな事してたら、ぼく、君を許さなかったかなあ」
ラウスはイランに聞こえない声で呟く。
「カール、キット、オラデア。ぼくはこいつらを許さない」
そう言った瞬間、ラウスは首をぶんぶんと振った。
「な、何を言ってるんだ、ぼくは。またあいつが出てきた……」
イランがそれを訝しんで、ラウスを見る。
「どうしたんだ?」
「い、いや、なんでも……いや、そうじゃない。イラン、君には話しておきたい。もう一人のぼくの事……こいつはとんでもない事をするかもしれない」
高校生のラウスは周りの子達がお喋りしている中、リールに静かに話し出す。
「ぼくさ……時々頭がキーンとなるんだ。そうすると凶暴なぼくが出てくる。そいつは平気で人を利用したり、傷つけたりする。ぼくはそんなぼくが嫌なんだ……」
「……取ってあげようか、それ」
「取る?」
「手を出して」
ラウスは手を伸ばしてリールの手を握る。ドクンと心臓が強く波打ったような気がした。
「ハハ……クハハ……」
ラウスは前髪をかき上げて、歪んだ笑みを浮かべた。
「何を取ったんだ、おまえ?」
「君は……」
「リールとレイリール。なるほど、今ぼくと繋がった事で合点がいった。おまえもぼくと同じだ。二人いるのか。ラウスを返せ、リール。おまえのせいでぼく達は完全に分かれてしまった」
リールは再びラウスと手を繋ぐ。
「すまない。ぼくは余計な事をしたようだ」
「全くだな。だが底の方では繋がっている。おまえもそうだ。だからそう気にする事もない。それよりももっと面白い事をしようか。ぼくの手を強く握って、目を閉じて」
リールは一度目を閉じ、そしてまた開く。そして歪んだ笑みを浮かべた。
「やあ、リール」
ラウスも目を開ける。そして顔をしかめる。
「バカな……! ラウス、何をした」
「ぼくと君を入れ替えてみたんだ。さっきの感じでできると踏んだが、思ったよりもあっさりできた。それよりも……」
リールの中に入ったラウスは笑みを浮かべながら、歓喜するようにふるふると震える。
「君がレイリール。もう一人のリールと完全に分かれた完璧な存在。心を鷲掴みにされるようだ。ぼくは君が欲しい」
「ラウス、いい加減にしろ。ぼくの体を返せ」
ラウスの中に入ったリールがラウスを睨む。
「クハハ、面白いのに。でも確かに限界のようだ。ぼくじゃなく、君の方がね」
ラウスの中のリールは顔をしかめる。
「君の事が何でも分かる。レイリール、君はまだ自分が保てない赤ん坊のようなものだ。いつかぼくが何とかしてあげるよ。さようなら、ぼくも眠りそうだ」
ラウスとリールは手を握りあい、二人とも首ががくんと落ちる。そしてリールが忌々しそうに顔を上げた。
「ラウス……ぼくに何をしたんだ」
ラウスも顔を上げるが、その表情には先ほどまでの歪んだ笑みはない。
「ぼく、君に何かした……? 何か変な気分だ。いつもより周りがはっきり見える気がする」
「ぼくも変な気分だ。レイリールはぼくだ。ぼくはあいつと完全に分かれられるのか……?」
「何言ってるの、レイリール。いや、リール?」
「今はリールだ。ぼくはリールと混ざっているんだ。混ざっていないぼく……それこそがレイリール。本物のぼくだ」
リールは厳しい顔でラウスを見た。
「ラウス、君は気をつけろ。もう一人の君は、ぼくと混ざって妙な力を手に入れた」
ラウスは全然意味が分かっていないかのように、きょとんとした顔でリールを見つめていた。
次回 第十九話 レイリールとアラド




