18-3.ラウス・イプスウィッチ
ラウスの優しい顔立ちに、ブルーはかえってイライラする。
「ぼくはね、ブルーを探しにこの島へ来たんだよ。君、ぼくに何も言わずにいなくなっちゃうんだもの」
「余計なお世話よ。あたしは望んでここに来たんだから。それからもう付き合ってるなんて思わないで。あたしは自由でいたいのよ」
そんな言葉を目の前で吐けるほど、ブルーの気持ちは回復した。本当はリールが何のためにこの島を作ったのかなんてどうでもいい。ただもう一度頑張れる力をつけるために、この島で休息し、それまでリールの計画とやらに付き合ってあげようと思っている。
「島に最初にいたのは、リールとローリー、アンナかしらね。その後にルテティア、クレイラ、サーシャ、キーシャ、ヴィルマ、あたし。リントウは話聞きづらくて聞いてないわ」
一応頼まれた仕事だからと思って、ブルーが調べた事を報告すると、イランも答える。
「ああ、それダンも言ってたよ。最初にいたのはローリー、カイナル、ダン、アンナ、アラドだって。グルジアとブラックも前日には同じホテルにいたらしいけど、なんか別のホテルに移って翌々日に来たって。で、その後すぐにカール、ポテト、リントウが来たんだって」
「ちょ、ちょっと待って。今書き留めるから」
ラウスはブルーとイランが言った順を書いていく。
「でもさ、来た順なんて必要か? 最初にこの島にいた奴らが肝心だろ?」
イランは残りの順番を報告して、ラウスが紙に書きこんだものを見る。
「ぼくはリールがどんな人生を歩んできたのかも知りたいんだよね。彼女の事はなんでも知っておきたい」
そう言うラウスを、ブルーは睨む。
「あんた、まだリールを狙ってるの」
ラウスはその視線に怯まず、にこにこ笑った。
「ハハハ、リールに恋愛感情はないよ。ただ……」
「ただ?」
「いやいや、なんでもないよ」
ラウスが笑ってごまかしている間に、イランが思い出したように言う。
「そう言えばタルタオも何か知っていそうだよな。一度リールに自分以外をお気に入りにするなみたいな事言ってたし。おれには何も話してくれなかったけど。おまえは一緒に住んでるんだろ? 何か聞いてないのか?」
「ああ、彼ね。確かにぼくも聞いたんだけど……」
ラウスはタルタオと二人で飲みながら、家のリビングで話した事を思い出す。
「タルタオ、君もリール、いや、レイリールを狙っているのかい?」
レイリールというのはリールの本名だ。リールというのは実はメサィアの名前だ。
「狙ってる……下品な言い方をしますね。わたしはレイリール様に恋愛感情はありませんよ。ただわたしはリール様の一番のお気に入りの話し相手だった。だから同じようにレイリール様の一番のお気に入りでいたい。そう思っているだけです」
ラウスは軽く指を交互に組むと、普段は見せないような怪しげな笑みを浮かべた。
「クハハ、お気に入り、か。レイリールは君に全てを話してくれるのかな……?」
「……わたしはあなた達の知らないこの計画の目的を知っていますよ。それよりあなた……混ざってますね? どうしてもっと早く気づかなかったのか。気に食わない。あなた気に食わないです」
タルタオがラウスを睨んで、その話はそこでお終いになった。
「タルタオはぼくらの知らないこの島の目的を知っているとは言ってたけど、もうぼくには話してくれそうになかったなあ」
ラウスは頭を掻きながら言う。イランはそうなのかと頷いて、今度は自分が聞いた話をする。
「ちなみにポテトは、この島はポテト達有尾人を隠すために作られたって言ってたな」
「なるほど。グルジアの差し金か」
「グルジア? あいつ有尾人じゃないだろ?」
二人が話している間に、ブルーが飽きたように立ち上がった。
「あたしの役目はもう終わり、よね? 帰るわよ、あたし」
「あ、ああ、また何かあったらよろしく」
ラウスは名残惜しそうにブルーを送り出す。そして座っていた椅子に戻ってくると、イランがまた話し出す。
「そういやブラックもあの後、勉強会している内に打ち解けてきてさ、この前二人きりになった時、この島に来た理由話してくれたよ」
「へー、そうなのかい?」
「うん。あいつ無口だけど秘密主義ってわけじゃないみたいだ。すごい貧しい家庭に生まれて、家族は歳の離れた姉と姉の子供二人がいたらしい。けど色々あって望まない職業についた時に、家族とも連絡が取れなくなったんだってよ。そういう時にリールと出会って、その嫌な職業から抜け出せたんだって」
イランは話をだいぶ端折っていた。ブラックが話していたのはこうだ。
ブラックは貧富の差が激しいと言われるイダリスミアという国で、相当に貧しい家庭に生まれた。親の記憶はなく、戸籍もなかったブラックは学校に行く事もなく、物心つく頃には子供でもできる仕事を探して働きだした。そして姉と共に姉の子供達を養っていた。しかしある時、下の子が病気になり、医者に通わせるためどうしてもお金が足りなくなった。そして食べるものも手に入らない状態になった。
それからブラックは盗みを働くようになった。盗む物はパンや卵など食料品が主だったが、常習犯となっていたブラックは捕まった時、意外に重い刑罰を受ける。貧民街の出身で、姉は身元引受人として現れなかったせいかもしれない。
ブラックは刑務所に入る事になった。そしてこれはイランにも言っていないのだが、ブラックはそこで男色の対象になり、それに抵抗し、そのためにぼこぼこに殴られる生活が始まった。
毎度瀕死になりながらも抵抗を続けるブラックを、一人の男が気に入った。その男もブラックを性の対象に見て殴る一人だったが、その男は同時にブラックに抵抗の仕方とナイフの扱い方を教えた。そのせいで余計に殴られる事も多かったのだが、ブラックが成長して百八十センチメートルを超える身長になる頃には、ブラックに目をつける者はほとんどいなくなっていた。
刑務所を出たブラックの心は荒み切っていた。唯一の心の支えだった家族とは連絡が取れなくなっており、代わりにブラックにナイフの使い方を教えた男が、ブラックを反社会的集団の仲間に誘ってきた。




