18-1.ラウス・イプスウィッチ
ここは子供の島。十八歳くらいのリールという子が一人いる事を除いて、他はみんな十二歳くらいの子供達が住む島だ。子供、といっても実はみな元は大人で、不思議な魔法の力でみんな十二歳くらいの子供の姿になっている。
ここにはラウスという少年がいる。ラウスは元は二十八歳の青年で、この島で大人が子供の姿にさせられている事に一番疑問を持っている子だ。リールが何の目的でこの計画を立てたのかを知りたがり、同じく子供の島の住人であるイランという黒髪黒目の少年と共に、この島の計画を調べている。
この島に来た時、一度はリールにこの島の目的を問いただした。リールは子供の姿になる事をそういう実験だと言い、そしてみんなが家族のように過ごせたらいいと答えた。ラウスはそれを思い出しながら、十年以上前の記憶を辿っていた。
高校生だったラウスは、とある宗教団体が主催するグループセラピーに参加していた。会場はだだっ広い白い部屋で、集められた中学生、高校生達がそれぞれ自由に話す事がセラピーの内容だった。
部屋には椅子とテーブルが所々に並べられていて、そこに中高生達は座っていたり、立ったままお喋りしている子もいる。
ラウスは鼻歌を歌いながら、リズムを取ってゆらゆらしていた。時々、声をかけてくる子ににこにこしながら挨拶を返す。「ご機嫌だな」と、明らかにバカにしている風の子もいたが、ラウスは気にせず笑っていた。
部屋の入り口から一番遠い端に、本や絵本が多く並べられている棚があった。ラウスはそこで足を組んで椅子に座っている金色の髪の子がいるのに気づいた。
その子はショートヘアで男物のシャツにスキニーパンツという格好で、まるっきり男の子のようだったが、なんとなく女の子だろうという事は分かった。その子は静かに本を読んでいる。ラウスはにこにこしながらその子に声をかけた。
「や!」
「……珍しいな。君みたいな人がぼくに声をかけてくるなんて」
それはリールだった。リールは特に表情もなくラウスを見つめる。
「ぼくはラウス・イプスウィッチ。君の名前は?」
「レイリール……リールと呼ばれている」
「じゃあリール。君、美人だね。どこの高校行ってるの?」
尋ねながら、ラウスは向かいの椅子に座る。
「行ってないよ。学校なんて行った事ない。学校は人間が行くものだろう」
「ハハハ、まるで君が人間じゃないような言い方だね」
「うん。ぼくはここだけだ。ずっとここで一人だ」
「ぼくは友達がたくさんいるよ。ぼく、君とも友達になりたいな」
「友達……いいね、それ」
リールは表情を変えなかったが、そう答えた。
ラウスは高校三年間の間、そのグループセラピーに通い続けた。それはほとんどリールに会うためだった。時々、リールの前には誰かが座っていて、涙を流している様子の子がいた。
「何を話してたの?」
ラウスが尋ねると、リールは軽く首を振る。
「悩みを聞いてあげていただけだ。内容は言えない。でもね、何かに苦しんでいる子は、ぼくを見つけてくる。このセラピーはそのために開かれているようなものだからね」
そうやって宗教に勧誘させる。リール自身がそうしている訳ではないが、セラピーの終わった後、子供達はそう声をかけられる。リールの共感という人の心に寄り添う能力を利用されている事は、リール自身も分かっていた。分かっていたが、何もできないでいた。実際、この宗教が悪徳な訳ではない。一応表向きは人の心の救済を目的とした、比較的善良な団体だ。
ラウスも誘われて名を連ねる事になっていた。ただラウスの目的はリールだった。セラピーに参加し続けるために、信者となった。最初は表情のなかったリールも、毎回のように話しかけてくるラウスに心を開き始め、段々と笑うようになっていた。
「リール、君、恋人とか興味ない?」
「恋人? それ必要かい?」
「ぼくは必要だと思うな。いつかは誰かと結婚して子供を作るだろう? そのためには色んな人と付き合ってみないとね」
リールは少し考えながら首を傾げる。
「結婚って何?」
「恋人同士が家族になる事さ」
「……何のために家族になるの?」
「難しい事を聞くね。うーん、そうだな。簡単に言えば……家族がいたら楽しいじゃない?」
ラウスはにこっと笑う。
「楽しい……?」
「そうそう。仲のいい家族を作れるといいよね」
リールはそう言っているラウスをじっと見つめていた。
「思い出したー! あれ、ぼくが言ったんだった……!」
ラウスは眉間を押さえながら、顔をしかめる。ラウスはイラン、ブルーと一緒に、子供の島の中にあるオフィスと決めた場所に来ていた。ブルーはブロンドに青い目の女の子だ。ラウスはそこでリールとの出会いを二人に話していた所だった。突然叫んだラウスをブルーは変な目で見る。
「一体、何の話よ」
「いや、ぼくは以前リールに何のためにこの島を作ったのかって聞いた事があるんだけど、その時彼女は『家族がいたら楽しいじゃない?』って答えたんだ」
「家族ねえ」
ブルーは椅子に座ったまま肩を竦ませる。
「リールはぼくの言った事を覚えてたのか。いや、待てよ、それだと……?」
イランは一人ぶつぶつ言っているラウスをじとっと見つめる。
「おまえ……リールをナンパしようとしてたろ」
「ん? ああ、そりゃあ、彼女美人だし」
平然と答えるラウスをブルーも呆れたように見て、それから話し出す。
「そのグループセラピーならあたしも参加した事あるわよ。あたしも高校生の時……今からだと六、七年前かしらね」
「ブルーもホールランドに住んでたのか? セレブ?」
イランが聞く。ホールランドとはメサィアのいるリアル教の聖地だ。ただグループセラピーを行っていたその教団はリアル教ではない。
「セラピーが行われてたのはホールランドじゃないわ。ホールランドに通じる隣の街よ。ついでに言うとあたしはセレブじゃないわ。どちらかと言うとお金には困ってた方。ホールランドに住んでる人がセレブばっかりなんて、どんな偏見よ」
「いや、一般的なイメージがだな」
なおもぶつぶつ言いそうなイランを無視して、ブルーは話を続ける。
「その時もリールはセラピーにいたわ。あいつ、あたしにこう言ったのよ」




