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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十七話 追う者
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17-4.追う者

 その次の買い出し日の時も、キットは大人の姿に戻らなかった。カットは一人やきもきしていた。ミルキィと別れてまでこの子供の島に残ったのは、キットにリールを手に入れてほしいからだ。そのために何ができるのか考え、アクロスに相談する。


「あいつを大人に戻させる?」

「そうだよ。この子供の島の計画とやらが完了する事と、キットがリールを手に入れる事とは話が別だろ。おれはあいつの性格をよく知ってる。本当に必要だと判断したものに、迷って立ち止まる事なんか絶対にしない!」


 そう言い切った後に、カットは少し迷って「……と思う」と付け足す。


「はっきりしねーな」


 アクロスは肩を竦める。


「まあおれとしてもリールがどんな奴であれ、キットを応援してやりたいとは思うしな」

「何か口実でもあれば……」

「あ、こういうのはどうだ?」


 アクロスはぽんっと膝を叩いて、人差し指を立てる。そして意味もなく、こそこそ声で話した。






 季節は六月。四人の少年達が大陸の港町に買い物に来ていた。その港町はそれなりに発展しており、大通りには高いビルが並ぶ。歩いている人も多い。


 先頭を歩いている十八歳くらいの少年(・・)は、身長が百七十八センチメートル。金色の髪はウルフカットの髪型で、遠目でも端正な顔立ちをしているのが分かる。青いカジュアルなシャツとスキニーパンツを着用している。これはリールの事だ。リールはいつも男装していて、一人称が「ぼく」のため、よく少年に間違われる。


 そのすぐ斜め後ろで周りを見ながら歩いているのがキット。その数歩後ろで談笑している少年がアクロスで、仏頂面で答えているのがカットだ。この三人は十二歳くらい。


 カットとアクロスは、キットやリールに聞こえないようにぼそぼそ話し合っていた。やはり今日もキットは大人に戻ろうとしない。それなら無理にでも。アクロスはにやっと笑って、パーカーの中のメモ用紙を握る。


「リール」


 不意にアクロスが先頭を歩いていたリールの名を呼んだ。リールはゆっくりと振り返る。その目は髪の色と同じ、印象的な金色だ。光に隠れがちな小さな瞳は、リールの感情を読みづらくしている。


 アクロスはポケットの中からメモ用紙を取り出した。


「今日の買い出しだけどさ、おれもちょっと欲しい物があるんだよ。リール一人じゃ買いづらいだろうから、おれを大人に戻してほしいんだよな」


 リールはメモ用紙を受け取りながら、少し間を置いて「いいよ」と答える。


「……待て」


 リールとアクロスのやり取りを見ていたキットは、低い声で口を挟んだ。






 リールとキット達は大通りから外れ、狭い路地裏に入った。アクロスが合図すると、キットは路地裏の方で服を脱ぎだした。カットとアクロスはその間、路地裏の壁にもたれかかって待っていた。


「……よくやるよ」


 カットの言うのはアクロスの仕様もない作戦についてだ。キットならその目論見に気づいていてもおかしくない。アクロスは腕組みをしながら笑う。


「ハハ、おれも痛いのは嫌だから代わってくれて助かったぜ」


 アクロスとカットが話している間に、キットはパンツまで脱いで全裸になった。リールはキットの首の付け根に手を当てて、力を送り込む。


 するとキットの体は徐々に膨らみだした。小柄だった体は肩幅が広がり、上腕二頭筋や腹筋の浮かぶ筋肉質な体へと変化していく。足もぐんぐん伸びて身長も高くなり、百七十八センチメートルのリールの背丈を簡単に追い越した。


「痛っ……! ぐううう……!」


 急激な変化を遂げた体に、相変わらずの痛みが襲う。キットはたまらず膝をつき、唸り声を上げる。


「キット、大丈夫……?」


 あまり表情の変わらない顔で、でも心配そうにリールが声をかける。


「大丈夫……だ。着替えるからあっちへ行っててくれ」


 リールはためらいながらも言われた通りキットから離れ、路地裏の入り口の所でキットに背を向けて立った。


 リールがキットから離れると、アクロスとカットが入れ替わりに近づいていく。アクロスは子供の姿だと、一層大きく見えるキットを見上げる。


「相変わらずでっかいな、おまえ」

「なんだ、おまえだって大人に戻れば割とでかいだろ」


 雑談している間に、キットは着替え終わって、バンダナキャップと長袖のシャツで耳と尻尾を隠した。


「じゃあおれはリールの荷物持ちしてくるから、おまえ達はいつもの荷物頼んだぞ」


 久々に大人に戻ったキットの表情は仏頂面だった子供の時と違って、少し明るくなっている。


「……嬉しそうだな」


 カットがぼそっと呟くと、キットは「触りたい気持ちはあるからな」と答える。カットはそれを聞いて気持ちが明るくなった。キットはリールを手に入れる事を諦めているわけじゃない。大人に戻せてよかったと思いながら、満足げにキットとリールを見送った。






 それからリールとキットは二人でショップを回る。アクロスが言ったリールが一人じゃ買いづらい物というのは、成人向けのDVDだった。キットはアクロス達の作戦に少し呆れてため息をつく。


 キットはリールに対してアプローチをやめようとはこれっぽっちも思っていない。ただ、今のリールの頑なな態度を無理に崩そうとするのは、逆効果だと思っているだけだ。リールから荷物を受け取る時、ぎゅっとリールの手を握った。そしてリールに、にっと笑って見せた。


 リールはポーカーフェイスを保っているが、キットの行動に心が揺さぶられているのが分かる。


「……キットは何か買いたいものはないの」


 歩き出したリールがそう尋ねる。欲しい物はないの、という聞き方はもうしなかった。だがその言い回しの変化すら愛おしく感じた。


 リールがキットの思いに応えない理由は子供の島の計画であるとか、あのアラドとかいう男なのだろうと思ったが、リールが自分を意識しているのなら問題はない。チャンスはいずれ来る。


(おれはリールを手に入れる。そして全てを手に入れる)


 キットはにやっと笑った。


次回 第十八話 ラウス・イプスウィッチ

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