1-1.子供の島
とある大陸から少し離れた沖に小さな島がある。そこは私有地になっており、一般の人が立ち入る事はできない。そこの住人達はその島を「子供の島」と呼ぶ。なぜならその島には十八歳くらいの少年が一人いる事を除いて、他はみんな十二歳くらいの少年少女がいるだけだからだ。
季節は六月。四人の少年達が大陸の港町に買い物に来ていた。その港町はそれなりに発展しており、大通りには高いビルが並ぶ。歩いている人も多い。
先頭を歩いている十八歳くらいの少年は、身長が百七十八センチメートル。金色の髪はウルフカットの髪型で、遠目でも端正な顔立ちをしているのがわかる。青いカジュアルなシャツとスキニーパンツを着用している。
そのすぐ斜め後ろで周りを見ながら歩いている少年はキット。年齢は十二歳くらいで、身長は百四十五センチメートル。頭に大きなヘアバンドをかぶり、頭頂部と襟足からは赤茶けた髪が見える。タンクトップにハーフパンツ。そして腰には長袖のシャツを巻いている。
その数歩後ろで談笑している少年がアクロスで、不愛想に答えているのがカットだ。この二人も十二歳くらい。アクロスは百六十センチメートルで薄手のジップアップパーカーを羽織り、長ズボンとデッキシューズを履いている。
カットはすぐそれとわかるように、キットにそっくりな兄弟だ。身長はキットとほぼ同じで、キットと同じように頭に大きなヘアバンドをかぶっている。そこから覗く髪はキットよりは短い。丈の長い七分丈のTシャツにネックレスを合わせ、膝下ハーフパンツを着ている。お尻の方にはシャツの下から何かの飾りのような毛が少し見えている。
「リール!」
不意にアクロスが先頭を歩いていた十八歳くらいの少年の名を呼んだ。少年はゆっくりと振り返る。その目は髪の色と同じ、印象的な金色だ。光に隠れがちな小さな瞳は少年の感情を読みづらくしている。
アクロスはポケットの中からメモ用紙を取り出した。
「今日の買い出しだけどさ、おれもちょっと欲しい物があるんだよ。リール一人じゃ買いづらいだろうから、おれを大人に戻してほしいんだよな」
アクロスの少し不可解な言動にも動じず、リールはメモ用紙を受け取りながら少し間を置いて「いいよ」と答える。
「……待て」
リールとアクロスのやり取りを見ていたキットは、低い声で口を挟んだ。
子供の島には現在二十五人の子供達がいる。その中にイランという少年がいた。ごわついた黒髪に、濃い黒色の目。いつも黒っぽい服を着ており、ジョガーパンツなどのラフな格好を好む。パソコンやタブレットでネットサーフィンをするのが趣味の少年だ。
イランは子供の島にある家の一つにいた。子供達は共同でそれぞれの家に住んでいるのだが、そこにはイラン一人だけが住んでいる。
イランがいつも通りパソコンをいじっていると、家に別の少年が入ってきた。イランの家にはイランの私物である漫画や本がたくさん置いてあり、それを読みによく他の子が訪れる。
「やあ、イラン。お邪魔するよ」
その子はイランに軽く声をかけながら、漫画は読まずにソファに座った。少し長めの茶髪で、大きめのゆったりしたシャツを着ているその子の名はラウスだ。
「イラン、君に仕事を頼みたい」
「仕事?」
訪問客が来ても変わらずパソコンに張りついていたイランは、少し目を離して振り返る。
「君は知りたいと思わないか。この子供しかいない子供の島がなぜ作られたのかを」
ラウスは親しげな笑みを浮かべながら、意味深にそう言った。
リールとキット達は大通りから外れ、狭い路地裏に入った。カットは建物の裏に続く階段をチェックし、アクロスは路地の向こうを確認する。
「こっちは誰も来ない」
「こっちもOK」
アクロスが合図すると、キットは路地裏の奥の方で服を脱ぎだした。カットとアクロスはその間、路地裏の壁にもたれかかって待っていた。カットは途中で誰か来ないか確認しながらも、ぼそっと呟く。
「……よくやるよ」
「ハハ、おれも痛いのは嫌だから代わってくれて助かったぜ」
アクロスは腕組みをしながら笑う。二人が話している間に、キットはパンツまで脱いで全裸になった。その後ろにリールは立っていた。リールはキットの首の付け根に手を当てる。見た目にはわからないが、リールからキットに熱のような不思議な力が流れ込む。
するとキットの体は徐々に膨らみだした。小柄だった体は肩幅が広がり、上腕二頭筋や腹筋の浮かぶ筋肉質な体へと変化していく。足もぐんぐん伸びて身長も高くなり、百七十八センチメートルのリールの背丈を簡単に追い越した。
「痛っ……! ぐううう……!」
急激な変化を遂げた体に痛みが襲う。キットはたまらず膝をつき、唸り声を上げる。
「キット、大丈夫……?」
あまり表情の変わらない顔で、でも心配そうにリールが声をかける。
「大丈夫……だ。着替えるからあっちへ行っててくれ」
リールはためらいながらも言われた通りキットから離れ、路地裏の入り口の所でキットに背を向けて立った。
「君はメサィアを知っているか?」
ラウスはまだパソコンに半分体を向けたままのイランに話し始める。イランはモニターの検索画面に「メサィア」と打ち込んだ。
「メサィア……リアル教の?」
ざっと検索結果に目を通しながら問い返す。
「そう、金色の髪に金色の目。彼の人は三度死に、三度蘇った。この世界でポピュラーな宗教の一つ、リアル教。その救世主。メサィアは人の苦しみを救う存在だ。君も……救われたんじゃないのか?」
「何言ってるんだ、おまえ?」
イランは首を傾げながらラウスを見つめる。イランはリアル教の信仰者ではない。というより無宗教だ。信仰心によって救われたなんて事は残念ながらない。
ラウスは構わず言葉を続けた。
「ぼくの仕事は『彼女』を知る事」
「彼女……? 『彼ら』でも、『彼』でもなくて?」
「ああごめん。ぼくが言っているのは『彼女』。リールの事だけだよ」
この世界は地球に似た地球ではない世界です。ここに出てくる宗教名はもちろん架空のものです。