8. 母の写真とペンション
(母の写真とペンション)
案内された部屋は二階で、ペンションらしく、格子の窓とツインのベッドが置かれていた。
これも、私が思い浮かべていたとおりの理想の部屋。
「これなら、美晴を呼んで一緒に泊まれるなー」
そのベッドに由加ちゃんが座っていた。
「いいお母さんでしょう?」
「いいお母さんね! どこか私のお母さんに似ているような気がしてきた……」
「きっと、趣味が一緒だからじゃないの。縫いぐるみも作ってくれるんでしょう?」
由加ちゃんは、縫いぐるみのさっちゃんを抱き締めながら言った。
「そうよー、手芸は好きだった見たいねー。お洋服も自分で作っちゃうし、お花を作ったり、由加ちゃんのお母さんも、お花が好きみたいね。家の中から外から奇麗なお花でいっぱい……」
「私も手伝って植えたりするのよ!」
「そう、偉いなー、ちゃんとお手伝いしていたんだー」
「歌も、大好きよ! 月の砂漠や茶摘みや春の小川、朧月夜……」
「どんどん出てくるねー、私のお母さんも、私が小さいときには、いつも一緒に歌ってくれたなー、そういえば、いつも寝る前に歌、歌ってて頼んでいたな……」
「私もよー、やっぱり似ているね。私、お母さんの歌う月の砂漠が大好きなの。また聴きたいな……」
由加ちゃんは、嬉しそうに微笑んだ。
私も昔、母と一緒になって歌った歌を思い出して嬉しくなって微笑み返した。
そして、荷物を部屋に置くと、さっそくクロッキーブックを持ってロビーに下りた。
外からこのペンションを見たときに、唐松林と白樺の木、こぶしの木もあって、大きな木に囲まれているように見えた。
それと大きな、しなの木が一本、印象的だった。
庭には、たくさんの色とりどりのお花……
一階は、こじんまりしたロビーと食堂が一緒になったところで、昼間はレストラン、喫茶もやっているようだった。
奥に大きな窓と外には広いテラスがあって、そこにも椅子とテーブルが置かれていた。
そして、テラスからも庭に出られるように幅広い階段が付いていた。
私がイメージしていたとおりの高原の宿だ。
「外は暑かったでしょう! 涼しいと言っても日差しが照り返せば暑いですから……、何か飲まれますか?」
由加ちゃんのお母さん、名前は遥さん。
私を見つけて声をかけてくれた。
「じゃあ、アイスコーヒーお願いします」
「コーヒーもいいですけど、自家製のりんごジュースはいかがですか? 美味しいですよ!」
「じゃあ、それもください……、それと手作りケーキも美味しそうですね。入り口のショーケースに出ていました」
「そうなんです、私が毎朝、焼くんですよ!」
「それは素敵、じゃー、それもください。それと、ここで絵を描いてもいいですか? 庭が美しくて……」
「どうぞ自分の家と思って、お好きに何でもしてください。絵描きさんなんですか?」
「いえ、東京の美大に行っています。学生なんです……」
「絵を描くのが好きなんですねー?」
「少しですけど……」
私は東京で思い浮かべていたように、テラスに出て籐を編んで作られた椅子に腰をかけた。
昼下がりの陰った林の中から、清々しい柔らかな風が通り過ぎていく。
「軽井沢に来たぞー、お母さん来たよ……」
私は両手を上げて、背伸びをしながら心の中で叫んだ。
それから携帯電話を出して、さっそく『友愛の荘』に電話をした。
もちろん予定が変わって行けなくなったことを連絡するためだ。
電話に出た係りの人は、訳も聞かずに事務的に処理しているようだった。
『友愛の荘』にしては日常的なことなのか……
その点少し救われたが、私としては申し訳なさでいっぱいだった。
「これって、ドタキャンだ!」
女子大生のわがまま娘に思われたに違いない。
*
でも、許してくださいね。
愛児を亡くした母と、その幽霊さんに出会ってしまったのだから!
きっと私の生涯の友になる人たちに……
*
そして電話を切ると、もう一度、携帯電話の中にある母の写真を見返した。
「この風景に合う写真、ないかな?」
携帯電話の写真を見ながら母の絵をクロッキーブックに描いてみた。
「お母さん、何で死んじゃったの……、ここはとても気持ちのいいところよー」
都会の猛暑とは別世界の爽やかさがここにはあった。
ここに一週間でもいたなら、何枚でも絵が描けそうだと思った。
構想を練りながら少しのんびりしたところで、お日様は更に傾き森の陰が大きく庭を飲み込んでしまった。
私はもう一度部屋に帰り、荷物を整理してから、お風呂に入ることにした。
お風呂は人工的に作られた岩風呂で、でも温泉ではないという。
しかし、気分は温泉だ。
岩風呂から半分は開閉式窓のサンデッキになっていた。
覗かれない工夫はされていたが、ちょっと心配……
そのうえ天井の半分までガラス張りで、その窓から見える夜空に、星が薄っすら光っていた。
星を眺めながらお風呂に入れる! これもまた、嬉しいー
夜の食事は、ホテルのフルコースの料理を思わせる豪華さで圧倒された。
それも美味しい! 素材一つ一つの味が出ている……、この宿は普通ではない。
もしかすると、他にお客のいないところを見ると、とんでもなく値段の高い高級ペンションかもしれないと思って青ざめた。
やっぱり美晴を呼ぼう。彼女なら私よりもお金を持っている。
足りなくなったら出してもらえる。