63. 私、今、幸せよ……
(私、今、幸せよ……)
翌日、美晴が本の装丁の絵を取りにやってきた。
「いい絵だね……」
「本の表紙のこと?」
私は、ティーセットとシュークリームを持ってアトリエに入った。
美晴は、美柚の絵の前に立っていた。
私も美晴の横に立って絵を眺めた。
「いい感じでしょう。ちょっとした私の傑作よ!」
「うん、これはいいー、絵のボケた感じとは反対に、いい目の輝きをしている……」
「そう、そこが一番苦労したところ……」
「幸子と同じ目の輝きだー」
私はティーセットをテーブルに置いて、もう一度、絵から離れてみた。
「親子だもんね。それに、いつも美柚と一緒にいると、私が十歳の少女になった感じがするのよ」
「同化だね。幸子が十才の少女に戻ってしまっては駄目じゃないの?」
「そうよね、最近みさかえがつかなくなってきたわ。時々美柚の方が大人に見えるときがあるわ」
美晴は、絵から離れてソファーに座った。
「困った母親だー、今もティーポットとお話しているんでしょう?」
美晴は、ティーポットを左手に持って、右手にカップを持って話しだした。
「カップちゃん僕は君のことが好きなんだ。あら、私もよポットくん。じゃあ、僕のものを君の奇麗な体の中に入れてもいいかい? ダメよポットくん、恥ずかしいもの。カップちゃん、もう我慢できないんだ。入れるよ。ダメよ。そんなに急がないで、ああ~んもっと楽しませて、ああ~ん。カップちゃん、じゃー」
と言って、美晴はお茶をカップに注いだ。
「もう、なにやってんだか。それより、表紙はこれでいいの?」
私は、今日の朝までかかって仕上げた表紙の絵を指差した。
それは街角に立つ少女の絵だった。
「いいんじゃないの、幸子の絵らしいよ。先方さんのご指名だからね。でも、本の題名が『ここにいない少女』なのに、街角のなかに少女じゃあ、感じが出ないんじゃあないか?」
「それでいいのよ。目に見えなくても、現実の世界で由加ちゃんはいたのだから……」
この装丁の中身のお話は、由加ちゃんをモデルにして書かれている。
その始まりは、美大を出ても就職先が決まらなかった、みはるプロダクションの私たち四人は、そのままみはるプロダクションに就職となった。
その初仕事に、遥さんのペンションをテレビ局の旅番組に持ち込んだ。
その時、その資料の中から担当プロッデューサーが、大正時代から続く老舗洋食屋「浪漫亭」の会長、あのお爺さんの名前を見つけた。
あれからお爺さんは、結局貸してもらえる店舗はなく、そのまま遥さんのペンションで、その腕を振るうことになった。
お爺さんの作るビーフシチューは、コックの由加ちゃんのお父さんも絶賛する一品だった。
それもそのはずだった。全国の都市に二、三店舗はある。もちろん東京銀座にもある「浪漫亭」の創業者の味だとは、その時は知らなかった。
それから、もちろん旅番組にも採用され「浪漫亭」会長、自らが作る元祖本物の「浪漫亭」ビーフシチューと宣伝した。
おまけに息子のビーフシチューは元祖「浪漫亭」の味を受け継いでいないとまで言ってしまった。
そして、それがそのままオンエアーされてしまった。
驚いたのが息子さんで、慌てて訂正するように求めてきたが、お爺さんはお客の入りで勝負しようと頑として譲らなかった。
そのおかげで、遥さんのペンションは連日大賑わいで、予約なしにはビーフシチューどころか宿泊さえもままならなくなった。
このテレビ番組の収録の時に私も出させてもらって、あの絵と絵の中の由加ちゃんとお爺さんの不思議な巡り会わせの話をさせてもらった。
そのテレビを見たという某児童文学の作家先生が、十年越しに児童文学として完成させたのが「ここにない少女」だった。
それで、みはるプロダクションに連絡があり、本の装丁依頼が私のところに来たのだった。
因果というか、巡り会わせというか、本当に不思議ことの連続だ。
それとも、みんな由加ちゃんのおかげなの。
お爺さんを連れてきたのも由加ちゃんだった。
そういえば昇さんを連れてきたのも由加ちゃんだった。
私がこうして幸せに暮らしていられるのも由加ちゃんのおかげだ。
そう考えれば、由加ちゃんが見えたのは、私のお母さんの力。
すべては、お母さんの仕業なの。
お母さん、私を使って自分が生まれ出る道を作っていたのね。
*
お母さん、お母さん。
私、今、幸せよ
*
おわり




