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42. 学校教育と昇の父と母

(学校教育と昇の父と母) 


 昇さんは、もう一口コーヒーを飲んでから話し始めた。


「画一的な教育、一人一人個性も能力も違うのだから、一つの教室に入れて同じ勉強をさせるのは最初から無理な話なんだ。それを飽きもせず戦後民主主義教育が始まって八十年になろうとしているんだよ。相も変わらず、一律的、画一的教育をしている。当然、その枠からはみ出る子供も出てくる。そんな子は、興味もない授業に六時間だよ。一日六時間もつまらない先生に付き合わされて、硬い椅子に座っていなければならない。僕に言わせれば拷問だね。その反動で、いじめや不登校が出てきても不思議じゃないよ。僕なら、よく我慢したって褒めてやりたいよ!」

 昇さんの目の輝きが変わった。

 こんな激しい表情は今まで見たことがない。

 ちょっと圧倒される感じだ。

「それなのに親や教師は、いじめをする子供が悪いといい、その反対にいじめられる方も悪いといい出す。じゃ、分からない授業を一日六時間も子供に押し付けてきた、教師や学校は悪くないのかと……、根本的なところは誰もいわない。子供の心を捻じ曲げてきたのは多分大人だよ。多分教師も頭のいいお偉さんも分かっているだろうけど、今の八十年近く続いた学校教育を止めるわけにはいかない。それこそ、教師や職員の大リストラに大失業時代だからね。じゃあ反対に、少人数個性重視のいわば自由教育、英才教育をしようとすると、これほどお金のかかる教育はないからね。とても国の予算ではやっていけないし、それだけやる気のある先生はいないし、手間のかかることはしたくないというのが本音だろう。一律的教育、画一的教育、こんな楽で安上がりな教育はないからね。少しは不良品ができても、目をつぶろうって言うことですませてしまう。僕は生活のためでも、給料のためでも、責任のない子供たちに大人の都合だけの教育を押し付けたくない。そんな子どもたちを見ているのも辛いし……」

 多分、いつも思っていることなんだろう。

熱く語った後は、とても悲しそうな、寂しい表情になっって投げやりにコーヒーカップを下に置いた。

 それから、私が持ってきたプチケーキを一つ食べた。

「それも少しひどい言い方だけど、何かその気持ちわかるな……、私も一日授業を受けながら、早く家に帰りたい、家に帰って絵が描きたいって、教室の窓から外を眺めていたから……」

「そうだろー、僕も思っていたよ。こんな勉強が社会に出て役に立つのかって、僕は大学教授になるわけではないんだよ。ただ、山の自然の中にいられればそれでよかった。一日の中の貴重な六時間、もし自由に使えたら、僕は世界の山に挑戦していたかもしれない。君だって、学校なんかに行かずに家で絵を描き続けていたら、今ごろピカソカ、マチスになっていたかも知れないさ!」

「あら、でも私、学校も好きよー、友達いっぱいできたし、楽しかったわー、勉強よりも友達と遊ぶために通っていたようなものだから、全部が全部無駄とは思わないけど……、私の場合。でも、さすがに山登りは教えないわねー、でも昇さん、よく道を間違えずに大学入れたわねー?」

彼は、少し微笑んで恥ずかしそうに、置いたコーヒーカップをもい一度手に取った。

「二親とも教師だから、子供の教育には熱心だから、仕方なく……」

「美晴も親のために大学入ったって言っていたなー、優秀な子って、みんなそうなのかしら……、あなたたちって似ているわね!」

「僕は優秀じゃないけどねー、でも大学に行きたかったのは本心だよー、大学に行って勉強しないで、山岳部に入って世界の山を目指そうと思った。大学に入れば四年間は自由に遊べるし、大学院まで進めば六年間、休学使えば八年間は遊べるって……」

「それもまた動機が不純ねー」

 私もつられて、プチケーキを取った。

「でも、これを教えてくれたのが、父なんだー、大学入って山岳部で世界の山を目指せって、社会人になったら山に行ける暇は限られているからって、山に行きたければ大学に行けって教えてくれた……」

「お父さんが、そんなこと言ったの?」

「そう、父もまた同じ考えで大学に入ったから……」

「なんちゅう親子だ!」

 私は話を聞きながらポテチの袋を開けた。


「それで、もっと面白いんだよー、父は、山岳部で教師よりも八年間遊んで山男になって世界の山を目指すつもりだったんだ……」

「アウトドア一族だからねー」

 私はポテチを摘みながら相つちを入れた。

「それが、一年の夏の穂高合宿で、その時三年だった母に恋をして、山男から急遽教師を目指すことにしたそうなんだー、早く結婚したかったからって……」

「じゃ姉さん女房、人生を変えた存在ねー」

「だから、僕を大学に入れれば、そのうち考えも変わると思ったようで、でも僕の場合は恋をしなかった……」

「お父さん、残念がっていたでしょうー」

「もう諦めていると思うけど、母親の方が色々とうるさくいうので、それで、この二年間家に帰ってなかった。就職もかってに決めちゃって、もう合わす顔がないよー」

「そう言えば、貴方も八年間大学にいて世界の山を目指すんじゃなかったの?」

「そう、そうだったんだけどねー、ビジターセンターにいた先輩が、今度大手旅行代理店に引き抜かれて、その後玉に推薦してくれたんだ。この就職難だろう、やっぱり将来が不安だからねー、それに自分のやりたかった仕事だったし、思い切って卒業することにしたよー、就職したとしても山は逃げないからねー」

「そうね、就職先は、二度とめぐってこないかも知れないからねー、運がいいのね。でも、お母さんに話したの?」

「電話で、あんた、馬鹿じゃないのって言われた!」

「よく就職できたって褒めてくれなかったのねー」


「仕方ないよ、僕が先生になるのは、母親の夢みたいなものだったから、一人息子だから、でも学校教育の現場だけが教育じゃあないと思うけどねー、山を教えるのも立派な教育だと思うよ。その辺ちょっと意見の相違で……」

「でも、今度二年ぶりに逢うのね……」

「このまま無事、山小屋にたどり着ければの話だけどねー」



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