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30. 散歩と嵐の予感

(散歩と嵐の予感)


 美味しいこだわりのコーヒーを飲むと、私と昇さんは涸沢の散策と買い出しに出た。

「あの雪渓まで行くの?」

「今見えている左の雪渓ではなく、もう少し登ると見えてくる右側の雪渓だよ」

「え、やっぱり登るの?」

「登るといっても、涸沢に来る時みたいな険しいところはないから、楽しいよ……」

「本当!」

 でも、その言葉も一〇分も歩けば嘘だと分かった。

 ごろごろした岩場を私は昇さんの後について登った。

 テント場から十五分くらい歩くと、なだらかな涸沢カールが広がっていた。

 そして、もう少し歩くと……

「ここがそのポイント、素晴らしいだろう……?」

 遠くから見ると砂浜と思った白い砂利たちは、両手で抱えるぐらいの漬物石が一面、白く遠くの山まで続いていた。

 そして尖った山、弓なりの稜線、そしてまた尖った山、あとはゴジラの背中のようなぎざぎざな山々が並んでいる。

 そして、もう少し歩くと真っ白で広大な大雪渓が広がっていた。

「雪渓は滑るから気をつけてね!」と、言ったその場から、昇さんは滑って転んだ。

「だろー、よく滑るから気をつけて……」

 笑ってはいけないと思いながら、笑ってしまった。

 でも、雪渓の白い雪の中は気持ちがいい。

「おおーい、やまよー」と、私は叫んでみた。

 昇さんは驚いて振り返った。

「君は楽しい人だねー、今どき山岳部の女子でも、山びこなんかやらないよ」

「山びこをしたつもりではないけど、ちょっと山に挨拶したくなったの!」

 見るからに涸沢を包み込む尖た山々は、仁王立ちして人間の来るのを拒む、岩の巨人たちのように見えた。

私は、もう一度両手を口に添えて大きく叫んだ。

「お、元気、ですかー」

 彼は笑って私を見た。

「こんな映画もあったじゃない、知らない?」

「知っているー、世界中で有名になったね。君にそっくりだ!」

「そう言えば、この映画の彼も遭難したのよねー」

「また、遭難……」

 昇さんは、呆れて振り返り、先を歩き出した。

「山は、なんて答えたか聞こえたかい?」

「いえ、聞こえなかったわー」

 昇さんは、振り返らずに前を向いたまま言った。

「僕には聞こえたよー、お帰りなさいってね。毎年穂高には来るんだけど、家に帰ってきたような、ほっとした気持ちになるよ……」

「本当の家には帰らないのにねー」

 私も、彼の背中に言った。

「今度会ったら、親に言っておくよー、涸沢に家を建てるようにって……、そしたら、毎日でも帰ってくるから……」

 私は、呆れた調子で言った。

「大変な山好きねー、でも、私は山に好かれてないみたい……?」

 昇さんは、ここで振り返って、私を見た。

「どうして?」

「私には、何も話してくれないし、怒っているように見えるわー」

「山も、お姫様を見て照れているんだよ!」

 私は立ち止まって、また叫んだ。

「おおーい、山よー、そんなところに突っ立ってないで、こっちに降りてきなさいよー」

 昇さんは、もう一度前を向いて歩き出した。

「降りてきてどうするんだい……?」

 そのまま前を向いて、昇さんが言った。

「そしたら、登るのが楽じゃない!」

 私は言うより先に、恥ずかしくなって小走りで彼を追った。

「穂高もお姫様には敵わないねー」

 雪渓を抜けたところで、私は昇さんの横に並んだ。

「でも私、いまだに山に登る人の気持ちが分からないわ? 何でまたあんなぎざぎざなノコギリの刃のような所に、苦労してまで行きたいのかしら、他にやることないの?」

「え、えー、何でかねー、人それぞれの趣味というやつで……」

「趣味わるーい!」

「あ、そう、……」

 道はここから下り坂になり、登りのときよりも、ちょっとは楽だ。

「でも、私この風景は好きよー、見ているだけならねー」

「みんな、そう言うよー」

「やっぱしね……」

 彼とそんな発展性のない、空しい会話をしている間に山小屋に着いた。




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