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17. 由加ちゃんのエール

(由加ちゃんのエール) 


 私は、絵の続きを描き始めたが、少し夢中で描いていたので、由加ちゃんが、そばにいたことに気がつかなかった。

「どうだったの? お父さんとお母さん……?」

「仲良く話していた……」

「女の人は、……?」

「悲しい顔をしていた……」

「そう、でもあの女の人も凄いわねー、元の奥さんの所に来るんだから……」

 私は、由加ちゃんの複雑な気持ちを慰めるつもりで、女の人を悪く言った。

「でも、あの女の人も可哀そうよ……、もうじき死ぬのよ……」

「え、どうして……?」

「だって、私が見えたもの……」

「私だって、由加ちゃん見えるわよ!」

「だから、お姉さんは特別なのよ。それに私には見えるの……、あの女の人、今年のクリスマスの夜にジングルベルを聴きながら、病院で死ぬの……」

「じゃあ、昨日のお爺ちゃん達は、……?」

「今年の夏の終わりに、老人ホームに引っ越すの……、それからすぐにお爺さんが倒れて、そのまま亡くなってしまう。それを見て、お婆さんが私の勝ちねって喜ぶのよ。それから半年後、桜を見ながらお婆さんも静かに後を追うように死ぬの……」

「なんか、すごい話ね……、じゃあ私は、何か見えない? 感じない?」

「だから、お姉さんには何にも感じないのよー、多分、百万年くらい生きるんじゃないの!」

「私は恐竜かー」と二人で笑った。


「あれ、由加ちゃん!」

 由加ちゃんのお父さんが連れてきた彼女が、食堂の奥から声をかけた。

あれから彼女は、しばらく食堂の椅子に座っていたが、間が持てなくなり、私が絵を描いているところを黙ってしばらくじっと見ていたが、それでも間が持てなくなり、庭からペンションの外を散策なのか、そのまま道に出て行ってしまった。

 そして今、玄関から帰ってきたところで、由加ちゃんを見つけた。

 でも彼女が食堂から庭まで降りてきたときには、由加ちゃんは消えてしまっていた。

「あれ、また逃げられちゃったかな……」

「彼方、由加ちゃんが見えるんですか?」

「そう見たいね、まだ四十九日もたっていないようだから、由加ちゃんがまだこの家にいても不思議じゃないわよねー」

 平然と話す彼女に私は訊いた。

「怖くないんですか?」

「怖い? もう私に怖いものなんて何もないわよ。生きているのが一番怖いわ。彼方も見えるみたいねー、霊能力者の霊媒師とか何か、見た感じ新鋭の女流画家って感じだけど……」

「いえいえ、そんな画家なんていわれるものではありませんよー、ただの学生です……」

「そう、由加ちゃんと仲がいいのねー、さっき話していたでしょう……」

「友達ですから……」

 彼女は声を出して笑った。

「いいわねー、私も由加ちゃんとお友達になりたかったわ!」

 そして、寂しい笑いを浮かべた。

「そうよねー、別れたお奥さんのところに、子供が欲しいなんていいに来るのも可笑しな話よね……、もし由加ちゃんが生きていれば、壮絶な親権争いになったかもしれないわね!」

 私は、わざと嫌われるように言っている彼女の心の裏を感じた。

「そのつもりだったんですか?」

「そうね、でも……」

 彼女は口ごもったまま、私の絵を覗き込んだ。

 私は話題を変えた……

「由加ちゃんのお父さんは、……?」

「まだ奥で、奥さんと話しているわー、今は二人っきりにしてあげようと思って……、でも、もうじき旦那さんは帰ってくるかも知れないし、これが切っ掛けになればと言う気持ちもあったのよ!」

 彼女は、絵に話しかけるように呟いた。

「どうしてですか、……?」

 彼女は、目線だけ私に向けて……

「私、もうじき死ぬのよー、彼は何もいわないけれど、こんな無理なことを別れた奥さんに頼みに来るんだから、私の命は長くないと思った。でも由加ちゃんがいれば、もしかすると私が死んだ後で、元の鞘に戻ればいいと思ったから……、子は鎹っていうでしょう。でも由加ちゃんも死んでいては、どうなるかわからないわね、あの二人……、もう私が心配することではないけど……、こう見えても少しは責任を感じているのよ。私が悪いのだから、それで、ばちが当たったのかな……」

 話の終わりには、何もなかったように、もう一度絵を見ていた。

 彼女は自分ことを知っている。

 自分の運命を感じて、自ら悪役をかってでてきたというの……

「どこか病気なんですか?」

「先月まではね。でも、また病院に戻りそう……、それで終り、もう帰ってこられないわねー、この旅行も最後の思い出……」

 彼女は自分のことを知っていて回りを気遣っている。

 この人も強い人だ。そして優しい人……

 私は頑張ってと心の中で呟いた。

「由加ちゃんも病気は嫌だといっていました。でも、お母さんのために我慢したって……」

 彼女は背筋を伸ばして私を見た。

「偉いわねー、私なんか我慢できないわよー、死ぬんだったら早く殺せって、いつも喚いているわ……、本当よ!」

 そう言った、彼女の険しい顔が、その時の表情だと思った。


 食堂から由加ちゃんのお父さんが呼ぶ声がした。

「帰るよ……、タクシーを呼んでもらった」

 彼女は慌てて一言いい残して、由加ちゃんのお父さんのところまで戻っていった。

「私、その絵、好きよ、そのやわらかい感じ、完成した絵が見られないのが残念……」

「この絵、ここのペンションに飾ってもらうつもりだから、また見に来てください!」

 それには何も答えずに行ってしまった。


 間もなくタクシーが来て、私も見送りに出た。

 二人がタクシーに乗り込むと、由加ちゃんが私の横で手を振っていた。

  彼女も、由加ちゃんに手を振っていた。

 由加ちゃんの精一杯のエールかもしれない。


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