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12. 二番目のお客様

(二番目のお客様)


「私の家ここよ!」

 由加ちゃんは、老夫婦が付いて来ているのを確かめると、家の中に入っていった。

もう玄関の外まで、甘いフルーティーな香りが広がっていた。

「すみませんっ! ここのお嬢ちゃんに訊いてきたんですが……?」

奥から由加ちゃんのお母さんが老夫婦を出迎えた。

「由加ですか?」

「名前までは訊かなかったけど、ケーキの焼ける時間だから、でき立てのケーキがおいしいと訊いて、今さっき中に入って行った子……」

「今ですか?」

「そう、今、わしらの先に入って行ったよ!」

 由加ちゃんのお母さんも、老夫婦も辺りを見回した。

しかし、子供の影はなかった。

「へー、変だねー、……」

老夫婦は顔を見合わせた。

 由加ちゃんのお母さんも、昨日といい今日といい、由加に案内されたお客が二組も現れては、今日は悲しむよりも先に不思議な偶然に頭を悩ませた。

「お嬢ちゃんは、いるんでしょう?」

「いましたけど、由加は一ヶ月前に病気で亡くなりました……」

「へー、それはまた……、他にお嬢さんは?」

「一人娘でした……、どうぞ、奥に写真がありますから……」

 由加ちゃんのお母さんは、昨日と同じように奥の部屋に案内をしようとしていた。

「あーのー、すみません! その女の子なら、テラスら外に出て行きましたよー」

 私は、少し大きな声で庭から声を掛けた。

遠くから聞こえてきた会話で、由加ちゃんがまたお客をつれてきたことを知った。

 でも、この老夫婦に昨日私が体験したショックを受け止められるのか心配になった。

 私はクロッキーを置いて、三人のところに駆け寄った。

「どうぞこちらに……、本当にここのケーキは美味しいですよ! この香りでわかりますよね。私も焼けるのを待っていたんです。ご一緒に食べませんか?」

 私は、二人をテラスに近い、窓際のテーブルに案内した。

「じゃあー、お勧めのケーキと、それと飲み物は何にしますか? 自家製のりんごジュースがお勧めですよ!」

 東京のアルバイトが役に立った。ウェートレスは得意だ。

 老夫婦を席に案内してから、遥さんに謝った。

「ごめんなさい……、勝手なことをして、でも写真を見てしまうとショックで二人の命が危ないと思ったので……」

「いえ、こちらこそ! 気を使わせてしまって……、そうですよね。お年寄りに悲しい話はよくないですよね……」

 遥さんも納得して厨房に入っていった。

 私は二人のいる席に戻り、お年寄りの相手をすることにした。

「どちらからみえたんですか?」

「わしらは茅ヶ崎からで、でも、これで帰ると茅ヶ崎の私財を売り払って、生まれ故郷の岡山の瀬戸内海が見渡せる、岬の老人ホームに入ることにしたんじゃ! 茅ヶ崎もいいが、やっぱり生まれ故郷が忘れられない……、わしら幾つに見えるかね?」

 お爺さんが自慢げに訊いた。

「さー、お若いから、まだ六十代ではないですか?」

「また、お世辞がうまい! もう七十八じゃー」

 今度は、お婆さんが嬉しそうに訊いた。

「どちらが若く見えますか?」

「それはやっぱり、奥様!」

「また、お世辞がうまい……」

「え、そういわれるのなら、もしかして旦那様……?」

 お婆さんは、してやったりとばかりに喜んで答えた。

「同級、同じ年! それも家が隣同士の幼馴染……」

「え、本当っ! 素晴らしいわ。理想のカップルじゃないですか!」

「だから、物心つくころから知っているの……」

「仲がいいですね! 喧嘩したり、別れたいと思ったことないですか?」

「そう、よく訊かれるの……、でも一度もないの! 本当に、でも幼馴染の家が隣同士なら、別れるほうが大変よー、隣同士で敵同士になってしまいますからねー」

お婆さんは、複雑な顔で訴えた。

「そうですね……、でも、すごく仲がよくてうらやましいです!」

「でも同じ年だから、どちらが先に死ぬか、じゃなく、どちら長生きするか競争しているの……」

「またそんな、冗談を……」

 お爺さんが、お婆さんの話は聞き飽きたとばかりに、話題を私に向けた。

「娘さんは東京からですか?」

「わかりますか?」

「どこか都会の匂いがするなー」

 私は思わず、袖を上げて匂いをかいだ。

「焼きたてのケーキの匂いしかしませんよ!」

 三人は顔を見合わせて笑った。


まもなく、ブルベリーチーズケーキと、ブルベリームースパイと、コーヒーとりんごジュースが届いた。

「これは美味しいっ! チーズケーキとブルベリーの実が溶け込んでいない。といってもチーズケーキだけの味ではなく、しっかりブルベリーの味がする。それぞれに美味しさを主張していて合わさっている。これはハーモニーですなー」

その食べ方と、表現で普通の人ではないことが分かった。

「お爺さん、お料理の評論家ですか?」

「いやー、実は、昔はレストランを経営していたんじゃよ……」

「へー、社長さん!」

「そう呼ばれたときもあったがね。息子たちに店を譲ったら、何にもわしの手元に残らなくなった。最後にこんなペンションでもやりたかったが、息子たちに反対されてね、挙句の果てに老人ホームに追いやられるところですわ。それで未練がましく、最後にやりたかったペンションに泊まって自分を慰めているところじゃよ……」


     *

こにも、願っても努力しても叶わない夢を持っている人がいる。

夢があれば希望が持てるというのに、生きていく力になるのに……

夢があるだけで幸せな気分で過ごせるのに……

そんな夢すら見せてもらえない。

残酷だよね。お城が欲しいといっているわけではないのに……

小さなペンションでよかったのにね。

私も同じよ。母と旅行がしたいだけなのに……

もう絶対に叶わない夢。

悲しいよね。

     *


「由加ちゃんのお母さんも、ホテルのコックだったそうですよ!」

「ほー、どこのホテルかな?」

「そこまでは訊いていませんが……」


 そこに、由加ちゃんのお母さんが、今朝、焼いたクロワッサンを持ってやってきた。

「これも食べてみてください。今日は、クロワッサンしか焼かなくて、たくさん焼いてもお客さんがいないので、こちらの、これも自家製のジャムと一緒にどうぞ……」

由加ちゃんの母は、テーブルに大きなクロワッサンとリンゴジャムを置いた。

「いえいえ、面倒をかけてしまって、済まんでした。それじゃあ、わしらも今日一泊させてもらいましょうかね。いいかな婆さん……?」

「私は、かまいませんが、今日の宿を断らないといけませんねー」

「後で電話しておくよ!」

「いいのですか、予定を変えてしまって?」

由加ちゃんのお母さんは、申し訳なさそうな仕草を見せて言った。

「なーにー、予定という予定がない、年寄り二人の気ままな旅なんじゃよ。それにケーキだけではなく、女将さんのホテル仕込みの料理も食べたくなった!」

「それでは、飛び切りのお料理をご用意させてもらいますね!」


老夫婦はケーキを食べると、遥さんに案内されて一階の部屋に入っていった。

 私は、庭に出て絵の続きを描くことにした。

 しばらくすると、いつの間にか由加ちゃんが私の横に立っていた。

「お姉ちゃん、絵、上手ね! お母さんの絵……?」

「そう、一緒に来た思い出にねー」

「可愛いお母さんねー」

「そうだ、由加ちゃんも記念に絵を描いてあげる!」

「本当、嬉しいー、ここで服を脱げばいいの?」

「もう、どこで覚えたのかなあー、そのままで、服のままでいいのよ!」

由加ちゃんは可愛く舌を出してから、丸いテーブルの椅子に腰かけた。

「じゃあ、お姉ちゃんのお母さんの横に入れて……、お母さん一人だと寂しいじゃない」

「そうね、それはいいね。お母さんと由加ちゃんと私とで、丸いテーブルで、三人でお茶しているような感じにしましょう。実際に描くのは由加ちゃんとお母さん二人だけどねー」

 今、描いている絵の中に、由加ちゃんを入れると、構図のバランスが崩れるので、別のキャンバスを出して、新しく描くことにした。

「お姉ちゃん、さっちゃんも入れてねー」

由加ちゃんは、さっちゃんをテーブルの上に座らせた。

「もちろんよー、由加ちゃんとさっちゃん、とってもかわいいわ! 楽にしていてねー」

「お話ししちゃいけないの?」

「そんなことはないわよー、話していいからねー」

「でも、ちょっと緊張するわね……」

「緊張しないでねー、三人でおしゃべりしながら朝のお茶の会をしている感じだから……」

「私、本当にここで、お母さんとケーキとジュース食べていたのよー」

「そうよねー、こんなに気持ちのいいところだものねー、ケーキといえば、

由加ちゃんまたお爺さんとお婆さんを連れてきたでしょうー」

「そうなのー、喜んでいた……?」

「とっても、それで美味しい美味しいって、今日、泊まっていくことになったのよー」

「本当、喜んでもらえてよかった!」


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