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11. 老夫婦の寄り道

(老夫婦の寄り道)


私が、夢中でお母さんとペンションの絵をかいていたころ、由加ちゃんはバス停で石蹴りをしながら、次のバスが来るのを待っていた。

さっちゃんを時刻表の支柱に立てかけて……


「今度はさっちゃんの番よ! ……、代わりに私がやってあげるねー」

由加ちゃんは、二つの石を交互に投げて、けんけん足で跳んだ。

「ケンパ、ケンパ、ケンケンパ」

「楽しそうだねー、お爺ちゃんにもやらせてくれないかねー?」

「いいわよー、お爺ちゃん、私が見えるの?」

「もちろんだよー、おかげ様で目はいいほうで……」

「お爺さん、駄目ですよー、年甲斐もなく、転んで怪我して、寝たっきりになっても、私は面倒看ませんからねー」

後ろから付いて来ていたお婆さんが言った。

「じゃあ、石を投げるだけ……」

お爺さんは石を取って投げた。

しかし、的まで届かなかった。

お婆さんは、上を向いて笑って……

「届かないじゃあないですか! もうろくしましたねー」

「……、そんなに言うなら、お、おまえやってみろ!」

「……、いいですよ!」

お婆さんは、近くにあった石を拾って投げた。

石は、お爺さんの投げた石の近くまで行って止まった。

「何だ、同じじゃあないか! もうろくしたなー、婆さん!」

「もう一回やれば入りますよ!」

お婆さんは、むきになって、もう一回石を拾って投げた。

お爺さんも、負けまいと石を拾って投げた。

しかし、何回やっても入らない。

「入った!」

十回ほど投げたころ、お婆さんの石が地面に書かれた丸の中に入った。

二人の勝負はこれでめでたく終わった。


「はあー、疲れた……、朝っぱらからいい運動したわ!」

二人は倒れるようにバスの待合所に入って座った。

「お嬢ちゃん、可愛いお洋服だねー、今から何処かにお出かけかい?」

お爺さんは、息を切らせながら汗を手で拭った。

「お父さんが来るのを待っているのー」

「次のバスかい?」

「わからないの……」

「それは困ったねー、お母さんは?」

「お仕事……、私の家、ペンションよー」

「そう、おじいちゃんたちも昨日、ペンションに泊まったんだよー、お嬢ちゃんのところではなかったけどね……、なかなか、家庭的で良かったよ! ゆっくりできた……、でも料理はちょっと努力したほうがいいと思ったがねー、ちょっとでき合い物がおおかったなー」

「あら私は家庭的な料理で、いいと思いましたよー」

お婆さんは、少し遠くを見ながら、一息ついてから、話を続けた。

「それより子供が小さいときは、よくこの辺りに来ましたね……」

それだけ言うとハンカチで額の汗を拭いた。

「死んじゃったの?」

由加ちゃんが訊いた。

「え、えーえー、死にはしないけど、もう大人になって、それぞれに家庭があって、子供がいて、一人一人が親になったから、そのまた親のことまで気が回らないのよ!」

お婆さんの話は投げやりだった。

「まあー、幸せに何の苦労もなければいいんじゃよ!」

お爺さんも、お婆さんに釣られてか、投げやりな言葉だった。

「私たちも、まだ元気だからね。これから青春しましょう!」

お婆さんは、気を取り直すように、元気よく言った。

「そうだ、青春だ! またこよう、歩けるうちに……」

でも、お爺さんは、最初は張り切って言ったが、最後まで続かなかった。

「もう、よぼよぼの爺さんみたいなことは言わないでくださいよ!」

お婆さんの呆れた顔……

「もう帰っちゃうの?」と由加は、お爺さんを覗き込む。

「いや、次のバスで草津の方に行こうかと思ってね、軽井沢温泉もあるけど、泊まったペンションには温泉がなかったからねー、でも、ペンションというものもよかったよ!」

「そういえば、ケーキも美味しかったわねー」

お婆さんは嬉しそうに付け加えた。

「私の家のケーキも美味しいわよ! パンも手作りよ。パンは朝早くから焼くけど、ケーキはもう焼けるころじゃないかしら……、今はやっぱりブルベリーと桃ね。ブルベリーチーズケーキとブルベリームースパイ、ピーチムースパイも美味しいわよ。絞りたてのりんごジュースと一緒にどうぞって……」

由加は、自慢げに言った。

「それは美味しそうだね! なんだか食べたくなってきた……」

お爺さんは、ケーキの話を聞いて、元気が出てきたのか……

「婆さん、ちょっとできたてのケーキとコーヒーでも飲んでいくかい?」

「でも、もうバス来ますよー」

お婆さんは、時刻表を指さす。

「バスなんか、また次もあるさー、気ままな旅というのは、こんな風に寄り道していくもんだよ。それにお嬢ちゃんのペンションも見たいじゃないか……」

「お爺さんが言うなら、それでいいですけど、私はぜんぜんかまいませんよ。付いていくだけですから……」

「じゃあ、決まりだ! お嬢ちゃん、そこは遠いのかねー?」

「あの唐松の向こうよー」

由加ちゃんは、さっちゃんを抱きかかえると先を走って行った。

「そんなに早く行ったら、分からなくなっちゃうよ!」

二人は、また大きな手提げ鞄を持って、由加ちゃんを追いながら歩き出した。




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