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10. 老いて輝く

(老いて輝く)


「何だこれは! 誰がこんなもの作れと教えたー」

 銀座老舗の厨房の中、創業者会長、浜田三吉は、息子の正盛に怒りをぶつけた。

「……、もう時代が違うんだよ! お父さんのやり方では、数ができないし、殺到するお客さんに提供できないんだよ」

 繁盛店ならではの悩みだった。

「今はいい、お客もバカじゃない。そのうち、味が分かる。普通のビーフシチューだと分かれば、もっと安い他の店で食べるぞ……」

「大丈夫だよ! 新しいメニューとその分広告宣伝でカバーするよ。売っている物は、ビーフシチューだけじゃないから……」

「……、……」

 そう言われては、返す言葉もなかった。

 親子で意見の違いは色々ある。こと料理に関しては、二人とも譲らない。

 しかし、経営の手腕は父親より息子の方があるようだ。

 それが分かっているからこそ三吉は会長の座に退いた。 

「シチューだけに時間を取られたくないんだよ!」

「……、まあーいい、お前が社長だ! だが、店の名前はわしのものだっ! 汚してもらっては困る!」

「名前は、全国に広がっているよ!」

「こんな陳腐のビーフシチューでか……」

「みんな、美味しいと言ってくれているよ!」

「バカ! こんな舌に引っ掛かるような味が美味しいのか?」

「みんな、コクが増したと言っているよ!」

「わしのビーフシチューは、口の中でとろける様に広がり、舌に感じさせない自然の美味しさだ」

「だから時代に合わないんだよ。お客はきつい味に慣れているから、それじゃー物足りなく感じるんだよ」

「バカ! そんな舌の腐ったお客に合わせてどうするんだ。本物の味を教えてやれ!」

「店からお客がいなくなるよ!」

「もういい、……、帰る!」


 店を出て見れば、銀座ならではの昔のモダンな建物は何処にもなく、皆同じような建物が並んでいる。行き交う人は、ハイセンスに着飾り、見ていて楽しいが、しばらく見ていると皆同じに見える。銀座の柳も高いビルの谷間では色あせ、寂しく見える。

 銀座の柳は、もうこの街に似合っていない。老人と同じように……


 夜、……

 茅ケ崎の自宅で、妻文恵を横にしてコーヒーを飲む三吉がいた。

 二人の前には、大型の超繊細なハイビジョンテレビが美しい日本の風景を映し出していた。

「……、前に言っていたことだが、岡山に帰ろうか……?」

 三吉は、文恵を見ずに、テレビも目に入らず、何の前触れもなく呟いた。

「帰りたくても、もう家はありませんよ……。昔、住んでいたところは、もう都会になってしまって、今はビルの下ですよ」

 文恵は、そんな三吉の言葉にも驚かず、テレビを見ながら答えた。

「……、確か海の丘の上に老人ホームがあっただろう……?」

 もう、何年も前に行った故郷の瀬戸内海を三吉は思い出していた。

「海の近くで、高級ホテルの様な、良さそうなところでしたね……」

 文恵もその話に合わせた。

「一度、見に行くとするか? そこで話も聞いてこよう……。ついでに、日本中ぐるっと回って気ままな旅としようじゃないか……」

「いいですねー、当分、上げ膳据え膳ですね。食事の支度をしなくて済みますねー」

「お前は、そればっかりだなー」

「でも、急に岡山に帰りたいなんて、銀座で何かあったんですか?」

「いや、何もないさ……。ただ、銀座の柳が寂しそうに見えただけだよ……」

「寂しいのは、お爺さんでしょう……」

「店は、やっぱり大きくするもんじゃないなー、店は小さくていいんだ。それで、好きな料理をお客に出していればよかったんじゃー、……」

「じゃー、また二人で始めますか? 新しいお店を……」

「この間、湘南でペンションをやりたいと言ったら、正盛に反対されたばかりじゃないか……」

「ペンションでは、二人でやるのは大変ですから……、小さな洋食屋ならいいんじゃないですかー」

「バーさんは、いつも元気だなー、わしは疲れたよ……。やっぱり岡山の海を見てのんびり暮らしたいよ……」

「……、そんなことを言っていたら、すぐにボケてしまいますよー」

「ボケてしまはないうちに、温泉に入って気ままな旅をしようー」

「そう言えば、店によく来ていた教授。定年退職で、北軽井沢の地元に帰って、森の中のコーヒーショップを開いたって言ってましたけど、どうしてますかねー。来てもらってばかりでしたから、こちらから一度は行ってあげたいですね。」

「……、行こうじゃないかー、北軽井沢なら草津温泉にも近いし、いいじゃないかー」

「行きますかー」


 毎日、テレビを見ることしか楽しみのない、老夫婦だった。

 家は、高台にあり、微かに海が見えた。

 ここから見る夕日もきれいだ。

 ただ、場所が高台にあるおかげで、買い物に出かけるのが辛い。

 家の前の道も狭く、車を出すのも面倒になってきた。

 今は、どうせやることもないので、二人して歩いて買い物に行くが、狭い道の狭い坂道が近年辛くなってきた。

 住み慣れたこの土地を離れるのは辛いが、懐かしい生まれ故郷に帰るとあっては、その辛さを上回るほどの勇気と元気が湧いてきた。

もう、故郷の親しい人は、みんな、いなくなってしまっているというのに……



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