1. 夏休みの朝
(夏休みの朝)
「今日から夏休みか……、暑いな!」
私は窓を開けて外の爽やかな空気を入れた。
でも朝六時というのに窓からは爽やかと言うよりも、むっとした熱気が入ってくる。
ついでに蝉の声もうるさく入ってくる。
「今日も猛暑日更新かなー」
都会の夏はいやだな、と思いながらもこの暑さにも耐えて三年目の夏を迎えている。
「夏休みくらいどこか遠くに行こうかな……」
暑さが身にしみるたびに思うことだった。
携帯電話を出して美晴にメールする。
美晴は、美大の同じ学科。たまたま席が隣同士で仲良くなった。
「今日の予定は? 午後から茶する?」
すぐさま携帯が鳴った。メールではなく電話だ。
「もう起きているの? 早いねー」
美晴の元気な声、一晩中、起きて絵を描いていた私には、ちょっとテンション高すぎ……
「というよりも、今から寝るところ……」
「なんちゅう生活だ!」
「何を言ってるのよ! 美大生のクリエーターとしては普通の生活よ。それより美晴こそ朝早いわねー、絵でも描いていたの?」
「私は、夜中に絵は描かないよ。早寝早起き、旅館の娘よ。そう言えば、あんた、またバイト辞めたでしょうー」
「早耳……、ちょうど夏休みだし、実家に帰るので辞めますって言っちゃった!」
「それで帰るの?」
「……、ちょっと考えているところ……」
「あんた、また別れたでしょうー?」
「……、早耳、でも、またじゃないわよ! 大学に入って始めて、心を許せる彼だったのになー」
「体もねえー」
美晴は、悪戯っぽく冷やかすように言った。
「……、あー、そんなこといわないでよね。また悲しくなるから……」
「いいじゃないの、一人寝が寂しくなったら、私が一緒に寝てあげるから!」
「不毛な愛ね……」
「あら、美しい愛よ!」
艶かしい誘うような美晴の声を振り払って……
「だから、同じバイト先だったからまずいでしょう。それにもう顔見たくないし、気まずいの見え見えだから……」
「結構、長かったんじゃないの? 優しい彼って、私を無視して散々のろけていたでしょうー」
「失敗したな……、優しい彼は、誰にでも優しいのよー、高校生にもねー」
街で彼に会った。今日は大学でサークル活動だから逢えないって言っていたのに、偶然前から、最近高校生でアルバイトに入ってきた彼女と手を繋いで歩いてきた。
私は立ち止った。そこから動けなかった。
二人は私の横を気付いてか気付かないのか、何にもなかったように通り過ぎて行った。
それで終わり……、終わりにした。
「高校生に盗られたの? そりゃあ勝てんわ。でも、幸子の見方は間違っているわよ。そういう男を優しいとは言わないよ。ただの性欲だけのスケこましに引っかかっただけよ。飽きたらゴミ箱行き……」
美晴の言葉は胸に刺さる。
大学生にもなって、彼氏がいないのは恥ずかしい。
彼氏と呼べる男が欲しかっただけなのかもしれない。
手じかなところで、見かけだけに飛びついちゃったのかな。
優しさという餌に引っかかって。
「もういい! そんなつまらない話、それより夏休みどうするのよ!」
「あんた、実家に帰るんじゃないの?」
「帰るわよ! 少しは、……」
「そう言えば、初盆じゃないの? お母さん、残念だったね……」
「ありがとう、だから、何か帰りづらい……」
「どうして、早く帰ってあげたら、待っているよ!」
そう、帰りづらい……
いつものように、実家に帰れば、母が待っていてくれる、ということはもうない。
「お帰りなさい」の言葉もない……
帰れば、いなくなってしまったことを実感するに決まっている。
母の思い出の詰まった家は、寂しすぎるし、辛すぎる。
今でも母が死んだことを認めたくない自分がここにいるのに、帰れば否応なしに認めてしまう。
とても喜んで帰る気分にはなれない。
「そうかなー? 私は実家にはいないような気がする……」