ストーキング/マイウェイ[後編]
暗くなっていた街中を探していた俺は、数十分で音子を見つけだすことが出来た。
商店街は小さく、彼女も流石にそこを離れることはないだろうと思ったため、彼女がネココだった時に行った場所を重点的に探していたのだ。
「ふえぇぇぇん!!先輩のばかぁぁー!!」
俺が見つけた音子は、泣きじゃくっていた。
場所は、ネココの墓の前であった。
「お前…‥やっぱり、ネココだったのか」
泣きながら走ったからであろう、音子がいつも被っていたフードが外れた。
そしてセミロングの髪の頭の左右に、猫の耳が生えていた。
そして猫の尻尾がスカートの下から覗かせていた。
俺は、これで彼女がネココの生まれ変わりであることを確認した。
俺も雨の日に猫人間になるが、ほぼ同じものが生えるのである。
もっとも彼女は、耳だけは常に生えていたのであろう、だからフードを被っていたのだと思う。
「ひっぐ…‥えっぐうぐっ!」
こくんこくんと頷く音子。
「ごめん…‥気づかなくて、ごめん」
俺は謝った。
謝るしかなかった。全面的に俺が悪かったのだ。
「ふえぇっ!謝るなら優しぐ…‥してぐださいよぉ!!」
しかし彼女は単なる謝罪では納得してくれなかった。
優しく…‥俺は女の子と付き合ったことがないから、どうフォローしていいかわからなかった。
「音子…‥」
俺は泣き続ける音子の頭を撫でようとする。
すまない音子、思い切りネコ扱いしてしまっているかもしれない。
だけど俺はお前を撫でるよ、家の縁側でやった時みたいに。
今の俺には、それくらいしか出来ないから。
俺の前に再び現れてくれてありがとう、俺を好きでいてくれてありがとう、という精一杯の気持ちを込めて―
「ちょっとは…‥落ち着いたか?」
数分後、音子は泣き止んでくれていた。
俺はひたすら気持ちを込めて、撫でて、撫でて、撫でた。
すると彼女は気持ち良さそうにしてくれて、少しずつ落ち着いてくれたのだ。
そして俺達は先のお墓の近くにある、小さな川岸の草むらに座っていた。
草と砂と川の匂いがした。
「先輩、ずるい。デリカシーが無くて女の子を大泣きさせておいて、弱点をついてすぐ機嫌を直させて…‥」
「自分でも調子いいな、と思ってる。悪い」
すっかり泣き止んだ音子は草むらに寝転び、俺の膝枕に頭を乗せた。
「でも先輩、ごめんなさい。私のせいで…‥体が変わっちゃったんですよね?神様に聞きました」
音子の顔は膝の上で真っすぐ俺を見つめる。そして謝罪の言葉を口にした。
「神様か…‥いたんだな、神様」
自分の体の変化や、ネココが生まれ変わった事自体がかなり驚くべき事であるため、神様がいても俺はあまり動揺しなかった。
いる、と前々から思ってはいたからだ、良し悪しは別として。
結局、全ては良い方向へと向かってくれたが。
「はい、でも先輩には私がネココだって言えないペナルティーを神様に付けられて。」
神様もわけのわからない事をするなあ、と思った。
だが、その神様のおかげで今、俺はネココと…‥いや、音子と一緒にいられるのだ。
だから感謝こそすれ、文句を言うなんてことは有り得ない。
全ての願いは全て、全て叶えられたのだ
「だから私…‥気づいてもらえるように頑張ったんですよ、空回りだったみたいですけど」
しゅん、となってしまった音子の頭を、俺はまた撫でた。
「最終的に気づけたんだから許してくれよ、ギリギリ合格だろ?」
ネココの飼い主としての自分に合格を出してみて、俺は思った。
願いを叶える代わりに神様は試したのかもしれない、俺を、俺達を。
彼女がネココの生まれ変わりと、気づけるかどうかを。
二人の繋がりは本物だったのか、を。最後にタグを落とされてやっと気づいたので、本当にギリギリの合格ラインだと自分でも思うが。
あとは、しゅんとなってしまった彼女を笑顔にしてあげられれば万々歳なんだが。
「やーです、猫的には感謝しきれませんが、女の子としてはまだ先輩に泣かされたままです。」
そうもいかないようである。
膝の上で、そっぽを向く音子。
「どーせ私みたいなちんくしゃロリコン御用達体型のうるさいストーカーなんて相手にされませんもん」
むくれる音子、まるで甘える猫である。
確かにちんくしゃとも言ってしまったし、色々なことを言ってしまった俺が悪い。
だから俺は言葉にしなきゃならない。
今の自分の気持ちを、全て。
「ストーカー呼ばわりして悪かった、音子。年頃の女の子なのに、いっぱい傷つけたと思う。でも俺は…‥俺はお前が好きだ、抱きしめてやりたくなる小さい体型も好きだ、俺を真っすぐ見つめてくれる瞳も、猫みたいな語尾のかわいい声も、耳も尻尾も、頭の先から爪先まで、中も外も、前世も現世も来世まで全部、全部、全部大好きだ!!これからもずっと、ずっと永遠に俺と一緒にいてくれ!!」
俺の告白で、一瞬で音子の表情に太陽よりも眩しい笑顔が蘇る。
本当にコロコロと表情が変わって面白い女だよ、と俺は思った。
「ふにゃーん!!」
音子は立ち上がり、俺の背後から抱き着く。
俺も立ち上がり、その小さな体を抱きしめる。「ちょっと調子良すぎか?俺…‥あんだけ拒んどいて」
俺の頭にも罪悪感が残る。だが、それも彼女なら否定してくれると思う。
なぜか、そう思う。
「い、いいえ!!ふにゃーん!!大好き先輩!!」
彼女はぐりぐりと俺の胸に顔を埋める。
「ふにゃーんいい匂い!!先輩…‥大好き!!大好きぃ!!」
終わり良ければ全て良し、ということなのか、ありがたい。
いや、終わりではないか。
ここから、始まる。新しい日々が。
「俺は、もっと好きだと思うぞ。だから、キスする。させてくれ。」
顔を埋められ、抑えの効かなくなった俺はとんでもないことを言っていた。
今、俺は赤面していると思う、自分でも分かる。
したことがなかった、キスというものを。
だから、こいつにくれてやりたいのだ。
そんなヘタレな俺の、初めてを。
そして奪ってやりたいと思うのだ。
こんな純情で無垢な、猫みたいな女の、初めての接吻を。
「ふにゃー!!」
音子は真っ赤に赤面し、手をジタバタとさせるが、俺は一気に迫った。
「ふあっ…‥」
「ん…‥」
俺達は何度も、何度も、何度もキスをした。
今まで会えなかった分、今までお互い寂しかった分。想い続けた分。
俺が音子に冷たくした分。音子が俺にイチャイチャしたかった分。
あとは、今の互いの欲望にまかせた分…‥
音子の家までの、帰り道。
両端に数軒の家があり消えかけた電灯が数本並ぶ、下り坂。
俺と音子は手を繋ぎながら、ゆっくりと歩いていた。
「ご…‥ごちそうさまでした、うっぷ。ちょっと酸欠気味ですっ」
真っ赤になった音子は耳をピクンピクンとさせながら、余韻に浸っていた。
「ふう…‥」
俺も、余韻に浸りながら、音子を見つめていた。
他の物が視界に入らなくなるぐらい、音子を見ていた。
「もう…何処にも行くな、ずっと傍にいてくれ。ずっと、ずっとだ。」
俺が言うと、音子はこくんと頷く。
そして笑ってくれた。
「離れるわけないじゃないですか、先輩!…私、ストーキングは得意なんですから」
俺の手をギュッと握りしめる音子、俺もその手をギュッと握りしめる。
そして、俺達はもう一度軽くキスをしていた。
今まで気持ちがすれ違っていた分、互いに積極的になっているようであった。
「ははっ!よし、今度二人でなんか食べに行こうぜ!」
「じゃあ私、ファミレスであの伝説のストロー二本刺しやってみたいです!」
音子が目をハートにして懇願し、ぴょんと跳ね上がる。
「俺にあーんするんだぞ、音子!」
今度は俺が音子にねだっていた。
「はい!」
音子は笑って、またぴょんぴょん跳ね回る。
もう俺と音子は離れることはないだろう。
いや、ない。
そう断言する。
今、俺は神様に再び誓いを立てた。
一度は叶えることが出来なかった、誓いを。
彼女はまだ、恋人と食べるランチの美味しさを知りません。
「食い終わったら、またキスするんだぞ!」
彼女はまだ、恋人と散歩する景色の美しさを、知りません。
「は…はい!」
彼女はまだ、恋人と共にまどろむ日だまりの暖かさを知りません。
だから俺はそんな彼女に、男として出来る全ての幸せを与えてあげたいのです。
彼女と幸せに生きていきたいのです。
また生まれ変わっても、例え今度は人でなくても、ずっと、ずっと共にいたいのです。
「そんなキスで始まり、一日中イチャイチャして、キスで終わる毎日が、ずっと続くんだぞ!音子!」
勿論俺は、そのための努力は惜しみません。
俺は俺に出来る全てを彼女に捧げます、だから―
「はい!!にゃんでも来いです!!」
だから神様、こんな俺達を、どうかこれからも見守っていて下さい―
ストーキング/マイウェイはこれにて完結です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
因みに後編をコタツの中で執筆してる時に、戸を器用に開けた黒猫が縁側から私を見つめていました(笑)
この黒猫は最近よく家に来て台所のパンを袋ごとパクっていく悪い奴なのですが、ネココみたいに車に轢かれないか心配です。
私も車を運転する身なので気をつけなきゃなあ、と思いました。
すみません、余談でした。
それでは、また不思議の世界でお会いしましょう。
感想お待ちしております。