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ストーキング/マイウェイ[中編]

小さい頃、俺がまだ小学6年生だった時の話だ。

俺はよく家に来ていた一匹の小さな栗色の子猫と遊んでいた。

初めての出会いは俺の趣味である庭の手入れを、玄関先からそいつが見ていたのがきっかけだった。

俺はそいつを「ネココ」と名付けていた。

猫の子だから、ネココ。

手鞠くらいの大きさのネココは首輪がついており多分飼い猫だったのだろう。

だが、俺は構わず名前をつけていた。

そして夏休みに入る頃、友人の貸照、雪と一緒に遊んでいた俺は、ネココが捨てられているのを見つけた。

「ねえ!見て見て朝男ちゃん!」

雪が、僕の服の袖を引っ張る。

僕はけだるそうに半ズボンのポケットに手を突っ込みながら、渋々彼女についていった。彼女に連れていかれた空き地には、段ボールが追いてあった。

「なんなんだよ雪!」

僕の問いに答えたのは、段ボールの中を凝視していた丸眼鏡をかけたオカッパ頭の少年、長崎貸照であった。

「捨て猫みたいだ…‥朝男」

小さな段ボール箱の中には毛布が敷き詰められており、栗色の子猫が眠っていた。

それは、俺にとってはよく見慣れたネココであった。

「こいつよく俺ん家に来る猫じゃん!ネココって名前なんだぜ!」

得意げに言う俺。だが、貸照と雪は表情を曇らせ、互いの顔を見合わせていた。

「元気ないみたい、その…ネココ?ちゃん」彼女の言う通り、ネココはいつもの元気が無いようだった。

あんな小さな体でも街中を元気に俺と遊んでいたネココが今では箱の中に収まっていた。

「俺もさっき見つけたんだが、動かないでふるふる震えてるだけなんだ。しかも、この貼紙を見てくれ」

貸照が段ボールの側面を指差す。「誰か飼って下さい」と綺麗な字で書かれていた。

「助け…‥なきゃだよな」

貸照は冷静だが、その口ぶりから助ける事自体に躊躇している様子である。

雪は何をしていいか分からず、慌てふためくだけであった。

俺が助ける以外に、ネココが助かる道はなかった。

「病院行くしかないだろ!俺が直接連れてくから、雪は電話しといてくれ!!広島の家の動物病院だ!!」

広島とは小学校のクラスメートの男子であり、親が小さな動物病院をしている。

だから、話をすれば分かってくれるはず。

お金は後で小遣いと、お年玉でなんとかしよう。

今はとにかく、助けなきゃいけない。

「あ!ああ分かった!!でも…‥誰が飼うんだ、そのネココ?!」

貸照が言う、多分冷静な彼が一番考えていたことであろう。

捨て猫を助けても、こんな小猫、一匹では生きていけない。

だから、彼は助けるのを躊躇したのだろう。彼は冷たいわけではない、現実的なのだ。

だが、俺は叫んでいた。

「俺が飼う!!俺はいい子だから、親は頼みを聞いてくれるハズ!ちゃんと面倒見る!だから今は助けなきゃ…この猫は俺が助ける!力を貸してくれ!」

「ああ分かった!!走れ朝男!!俺は家で電話してすぐ駆け付ける!!」

「う…‥うん!!私はネココちゃんのために家からタオルケット病院へもってく!!」

二人の協力もあり、友達の親が経営してる小さな動物病院に連れていったネココは、すぐに元気になっていった。

俺は嬉しかった、ネココが小さなベッドの上で立ち上がった時には、泣いてしまったほどである。

ネココが退院し一週間程度で、ちゃんと一匹で街中を歩けるようになっていた。

俺は毎日、ネココを特別可愛がった。

そのせいとは言わないが、いつもは七月中に終わっている宿題が全く終わらなかった。

でも、楽しい日々は長く続かなかった。

八月の中頃の、雨の日だった。

ネココは道路に飛び出し、車に轢かれてしまっていた。

俺が家の前で動かなくなっていたネココを見つけたのは、登校日から帰ってきてからであった。

もうその時には全てが遅かった。

ネココは頭から血が出ており、形こそ全くといっていいほど崩れていなかったが、息をしていなかった。

だから俺は、今度は動物病院に行くことすら出来なかった。

「ネココ!!ネココ…‥嘘だろぉ!!」

行き場を失った俺は、商店街中をあてもなく走った。

死んでしまった猫をどうすればいいかすら考えられなかった、死んだ事実を認めることが出来ていないのだ。

俺は泣いた、泣き叫んだ。声の限りに、叫ぶ。

「俺はどうなってもいいから!だからネココを助けてよ!!神さまぁぁ!!」

降りしきる雨の中、カサもささずに、冷たいネココを抱いて静かな街中を走っていた。

常日頃からいい事をしてきたから、家族を困らせたこともなかったし、宿題もサボったことはない。

だから、だから神様。

どうかこの小さな猫を助けて下さい。

こいつはまだ、生まれて何年も生きてません。

こいつはまだ、俺の作った猫飯を食ったことがありません。

こいつはまだ、蝶々が飛ぶ春の程よく暖かい縁側を知りません。

こいつはまだ、オス猫と楽しく遊んだことがありません。

だから、俺はこいつに猫としてのありったけの幸せを教えてあげたいと思っています。

だから、神様――

冷たい雨に打たれながら、俺は普段は存在すら信じていない神様に頼んでいた。

「?!!」

「朝男…‥落ち着いてくれ!!落ち着くんだ朝男!!」

街中で俺を見つけた貸照と雪の二人に引き止められても、それでもネココの亡きがらを抱いて泣いていた。

悲しくて、悲しくて仕方なかった。

「朝男くん!もう土の中に入れてあげよう!うっ…確かに、確かに可哀相だけど、死んじゃったんだよ!!」

「土の中だって冷たいだろ!ネココは!ネココはお日様の下が好きだったんだ!縁側でまた俺と一緒に寝るんだ!」

手放したくなかった、信じたくなかった。

あのネココが、死んでしまったなんて。

もう、一緒に遊んでやることが、出来なくなってしまったなんて。

俺は全然納得出来なかった。

しかし、それでも二人に説得された俺は、その日のうちに商店街から少し離れた墓地の近くにネココの墓を作ってやった。

俺は最後まで傘をささなかった。

雪や貸照が自分で使っている傘を差しだそうとしていたが、俺は拒んだ。

雨に打たれていないと、少しでもネココの痛みを共有しないと、と幼かった俺は無力な自分に小さい、小さい罰を与えた。

俺は離れる際、墓にその日の学校の帰りに買った金属製のタグを置いておいた。

本当なら、奴の新しい首輪に付くはずだった、ネココと名前が刻まれた真っ赤なタグ。

雨に打たれて朦朧としていた俺にはその目立つはずの赤いタグが、涙で滲んで見えなかった。

全く傘をさしていなかった俺はずぶ濡れになり、翌日、高熱を出して倒れた。

そして、その風邪が治る頃、俺の体にある変化が起きていた。

雨の夜になると、俺は猫のような耳と尻尾が生えるようになってしまった。

最初は困り、悩み、苦しんだ。

そして数週間後、俺は雨の夜に自分が猫人間モドキになってしまうようになったたその「意味」を、考えるようになった。

俺は、この人間の体の変化と引き換えに、ネココが人間に生まれ変わったんだ、と思うことにした。

その考えは高校生になった今も変わっていない。

中学生の頃に、あいつの墓に置いたタグが無くなっていたからだ。

奴が生まれ変わって、今、あの真っ赤なタグを持っていてくれているに違いない。

ただ無くなっただけ、とは俺は考えない。そんな悲観的な考えは持たない。

だから俺は、この体になってしまった事に後悔はしていない。

それが「彼女を作らない主義」の本当の理由。

正直に言えば「女と付き合えない理由」というのが正しいのだろうが、俺は恥ずかしいから、「彼女を作らない主義」と名前をつけている。

俺が普通の高校生ではない部分。

この体になった事には、後悔していない。

だけど、こんな体を誰かに晒す勇気など俺は持ち合わせていない。

無理だ。

でもネココが人間になって今、幸せになってくれたのなら御の字だ、素直に神に感謝する。

そう俺は、今でも思っている――――

今までの回想は、俺の見た夢だったらしい。

家の2階の自室で寝ていた俺は、背中にもぞもぞした感覚を覚えて目を覚ました。

「ひいっ!!」

そして、隣に寝ている音子に気づき、情けない悲鳴をあげた。

音子は昨日と同じ制服とパーカーを着ており、体から石鹸のようないい匂いがしていた。

「あ、先輩おはようございますぅ…」

寝ぼけ眼を擦り、音子はベッドから起き上がった。

「な…‥何をしている、音子」

恐る恐る質問する俺。

しかし、彼女はいつものように笑わず、表情を曇らせた。

初めて見る、表情であった。

「起こしに来たんですが、なんか眠りながら泣いているから心配で…添い寝してました」

しゅん、となる彼女からそれを聞いて、俺は俯いた。

「そうか…‥」

ベッドに再び寝そべろうとする俺だったが、何かが引っ掛かる。

こいつ…俺の部屋に入って来ていやがる。

「って!!ついに不法侵入を働いたか貴様はーっ!!」

「でも、先輩泣いてた!!私は先輩が泣いていたら放っておけないんです!」

なぜか今日の音子は引かない。

謝らない、鑑みない、人の話を聞かないのはいつものことだが、俺はあんな夢を見た後だ、気分が大変悪かった。

本当に、理不尽に怒ってしまうほどに。

「だって先輩は…‥だって私は、あなたの―――」

言いかけて、音子は口を押さえた。

はっきり言っていつもならば軽く小突くくらいで済ませているが、今日はそうにもいかなかった。

俺の、一番入って来てほしくない土足で入って来られた気分になってしまっていた。

「そんなの…誰が頼んだんだよ」

彼女にとっても、例え彼女がストーカーであっても、俺の怒りは少し理不尽であると思う。

方法はどうであれ、彼女は俺が心配だったわけだから。

だが、止められなかった。

「もう本気で俺に付き纏うな!!」

俺は、叫んでいた。

「!!」

彼女はベッドの横に立ち上がり、ぽろぽろと大粒の涙を流して泣いていた。

我に返った僕は、初めて見る彼女の泣き顔を見つめて、驚いた。

あんなに明るい音子が、太陽みたいに笑う彼女が、今は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

「な…‥」

「さっ!さよなら!!」

音子は身軽にジャンプするとベッドを飛び越し、その横の窓際に移っていた。

「なっ…音子っ!!」

俺は叫ぶが、音子はそれと同時に屋根から飛び出していた。

勿論二階の窓からである。

屋根づたいに、どこかに行ったというのか。

ありえない、猫じゃあるまいし――

「なんなんだあいつは…‥」

追いかける気力が湧かない、第一、追いかけて俺に何が出来るのだ。

彼女と俺の生暖かさが残ったベッドに倒れ、俺はうなだれる。

後味の悪さだけが、俺の胸に残った。

そんな俺の視界に、何か小さなものが映った。

「これは―――タグ?」

窓際に古ぼけた、小さなタグが落ちていた。

俺は横になったままそれを手にとり、眺めた。

多分、音子が落としたものなのであろう。俺の家にはこんなタグは無かった。

が、俺はその赤いタグを二度見してしまった。

そう、そのタグに見覚えがあったのだ。

……‥

まさか、彼女は、もしかしたら。

「音子―――ネココ、猫…‥」

俺は彼女の名前を、そして思い出の猫の名前を口に出していた。

全てが、繋がったような気がした。

「まさか――奴は!!」

俺はベッドから飛び起き、2階から駆け降り、靴を履いて玄関を飛び出した。

音子を、俺は追わなければいけない。

音子を見つけて俺は確かめなければいけない。

俺は、曇り行く空を見上げながら寂れた商店街の中を走り出していた――

ストーキング/マイウェイ、次回は完結です。

中編を最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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