ストーキング/マイウェイ[前編]
今回は、ちょっと変わったストーカー少女と、「彼女を作らない主義」の体質をもった少年のお話です。
俺の名前は夜乙女朝男。
変な名前と言ってくれるな、俺もつくづくそう思っている。
俺は青森県内にある、数年前に過疎地となってしまったエコネコ商店街に住む、普通じゃない高校三年生だ。
どう普通じゃないかは、あまり言いたくない。
親は二人とも仕事で海外出張、兄は既に自立しているため、二年前くらいから一人で暮らしている。
背が高くキレ長の目で、少し怖いイメージを第一印象で持たれるが、俺は基本的に動物と庭の手入れが好きなオトメンもどきである。
因みにスポーツは剣道なんかをやってる、弱いが。
俺は自分で作った朝食を済ますとキッチンを飛び出し、狭い玄関で靴紐を結び、思い切り扉を開く。
はずであった…
「先輩!見て下さい手紙来てますよ!」
猫の耳のような突起のあるフード付きの黄色いジャンパーをセーラー服の上に着た少女、極楽追尾音子はまるでひまわりのような…
いや、まるで虫眼鏡で見た直射日光のような明るい笑顔で玄関から出て来た俺に手紙を突き出した。勿論、俺の家のポストに入っていた手紙である。そんなわけで、俺は朝一番のツッコミを入れる。
「バカタレ!何してやがる!」
「にゃふっ!」
小さく変な唸りをあげ、音子はよろめく。
フードを被った頭の中で耳のような突起がピクリと動く。
栗色に輝くセミロングの髪がなびき、音子はその大きな目を見開く。そして態勢を立て直すと、またしても満面の笑みで俺に接近する。
「え…だから先輩のお家の手紙を拝見してました!不正な請求、その他諸々怪しい物がなくて良かっです!にゃは!」
良くないわい!
俺は音子の手元から手紙を取り戻すと、こつん、と頭を軽く叩いた。
「にゃは!じゃねえ!お前が一番怪しいわ!」
「にゃふん」
音子は再び小さく呻く。
そして俺から少し離れると、スカートをひらひらとさせ、ニコニコと笑い変なステップを踏んだ。
「ささ、学校行きましょうよう、ほら!こんなかわいい美少女と一緒に登校出来るなんて、先輩は凄く幸せな男子ですよぅ!」
スカートをひらひらさせて可愛いアピールをしているのだろうが、そんな幼児体型の童顔の誘惑が俺には通用しなかった。俺は音子のフードの首部分を掴み、彼女を捕縛し、つまみ上げる。
「きゃん!」
甲高い、でもなぜか嬉しそうな声を音子が出す。
が、そんな事気にも止めず、俺は音子へ向かって反論する。
「お前みたいなストーカー紛いのちんくしゃ、サツに突き出してやるわい!」
つまみ上げた音子の顔に向かって、俺は勝利宣言(?)をしてニヤリと笑う。
明るく爽やかに、そしてまるで自然に行っているから紛らわしいが、彼女の行っている行為は確実にストーカーである。
朝一で来た手紙を漁る。その他にも登下校中、追いかけてきて、ひっついて来る、俺にベタベタ触る、腕を組もうとする。
一日の終わりに必ずメールが送られてくる、しかも俺はメルアドを教えていない。
隣にいる時、携帯を見やがる。
他多数。
とにかく二ヶ月くらい前に、どっかの町から転校してきたくせに、やたらと俺に詳しい。これだけ事実が揃えば、お巡りさんも善良な市民を守ってくれるだろう。
そんなことを考えていると、彼女は俺の捕縛からひょい、と抜け出す。不覚であった。
「まあ、そんなことより先輩!昨日のカラオケは楽しかったですね!先輩、歌、とても上手かったですよ、惚れ直しちゃいました!ぽっ」
ああ、そういえばこいつは昨日も勝手に俺と数人の友達の遊びについて来たのである。
しかもカラオケ店内で、俺の歌う時だけ合いの手を入れ、隙あらばデュエットしようとしやがった。
しかも、厄介なことにこいつは他人とのコミュニケーション能力に長け(俺の話は聞かないが)、すっかり俺の友達と仲良くなってしまった。
終盤では「朝男を宜しくお願いします!こいつ、面構えはちょっと怖いけど、根は本当にいい奴なんです!」と言われている始末であった。
本当に厄介である。
「お前はただ俺達に勝手について来ただけだ!それと、お前は俺の話を聞け!話はそれからだ!」
「にゃははは!先輩!ほーらほらほら!私を掴まえてーっ!」
話を聞けという俺の話を一言も聞かない彼女は、坂道を猛烈に走り出す。
すると漫画みたいに、砂埃が立ち、根子は一瞬で俺の視界から消えてしまった。
馬耳東風、という言葉がこれ程までに似合う人間も稀である。
「というかストーカーが相手を追い越してどうするんだ…」
まあ、別にいいんだが。
これでゆっくりと登校出来るしな。
「いいよなぁ朝男は、あんなかわいい女の子に好かれてさぁ」
俺の真横から、感慨深げに頷く丸眼鏡をかけた少年が言う。
「うわっ!おっ、おはよう長崎!つうかあいつは彼女じゃない!」
ハッと我に返る俺。
その隣で歩いている声の主は、長崎貸照。俺と同じクラスの友人である。彼はそれなりにイケメンの部類の顔やスタイルなのに丸眼鏡にオカッパ頭という、なんとも惜しい少年である。
俺は挨拶と同時に彼の誤解を解く、あいつが…音子が転校してきてからは、それが恒例になっていた。
「というか、俺は全っ然、嬉しくないぞ。あいつはただのストーカーだ。なまじバカみたいに明るいから、みんなそう捉えていないだけだ!」
俺は腕を振り上げオーバーリアクションで否定する。
「そう言ったら可哀相だよ。」
俺と貸照の幼なじみの長髪の少女、真白雪も貸照に同意し困り顔で俺を責める。
「音子ちゃん、転校してきてから、いっつもお昼ご飯作ってきてくれるじゃない」そして、まるで透き通るような頬をふくらませ、俺の学ランを人差し指でつついた。
「それは…‥確かに助かってるが」
全く、女子は考えもなしに女子の味方をし過ぎる。
確かに、音子が俺に弁当を作ってきてくれているのは、紛れもない事実である。
何故かいつも猫飯(ご飯に味噌汁をぶっかけたもの)なのだが、悔しいことにこれが美味いのだ。
猫飯のくせに。
「俺は彼女は作らない主義なんだよ。そこん所、分かってないんだ、奴は」
因みに彼女作らない主義といっても、別に男が好きなわけでもない。
女が嫌いなわけでもない。
彼女を作らないのは、体質のようなものなのだ。
僕の意思では、どうにもならない問題であった。
あくまで噂で聞いたんだが「過剰なまでにルールを遵守する人間」がいるみたいで、俺もその類なんだと思う。
いや、「彼女を作らない主義」である俺はそれ以上の体質だと思う。
何せ、彼女を作らない体質、なのだから―
「そ…そうだよね、確かに朝男君、それがあったんだよね。体質さえなければ、彼女明るいから、お似合いなのに…」
静かにそう言い、雪はしゅん、となってしまった。
ん?
まるでこれでは、俺の体質だけが問題で、俺はあいつと付き合うことについては概ね同意、と言っているようなものではないか!
ないないない!
あんなちんくしゃ、超チビAカップ、童顔ド天然ストーカー女、例えこの体でなくとも無理だ全く!
俺はロリコンではないし、ストーカーに愛されて喜ぶ特殊な性格をしていないのだ。断じて。
確かにバカみたいに明るくて、美味い猫飯作りはするが、それはそれ、これはこれ、だ。神に誓う、俺はあいつを彼女にすることはない、と。
「ま…それは、仕方ないよな」
さっきから羨ましがっていた貸照は急に真面目な顔で頷く。
彼も俺の体質の事を昔から少し知っており、この話題になると詮索せずに、話題を変えてくれる。
本当にいい奴だと思う、ただスケベなのがタマに傷なんだが。
「あっ、そういえば今日一時限目、体育に変更なんだって」
空気を読んだ真白が他の話題を自然に振ってくれた。正直ありがたい。
「ふぁーあ、面倒くせぇ。纏わり付くんだよなぁ音子の奴」
しかも授業を抜け出して、である。
欠伸をしながら、俺は坂道を歩いていく。
今日も一日あいつがやかましいんだろうなあと思うと、なんだか気が重かった。
「また音子ちゃんの話か、朝男」
ぽつり、と貸照が言い、眼鏡をくいっと上げる。
「ぶっ!!」
確かに、と僕は思い何故か吹き出してしまった。図星過ぎる。
脳内で「にゃははは!」という奴の声がハウリングする…までにはなってないが、口を開けば奴の話に(文句ではあるが)なりそうだ。
奴のペースにはまり過ぎだ。気をつけねば―
―
「にゃはは、まーた先輩追い越しちゃったよ!何やってんの私!」
私が先輩を追いかけて転校した、公立パルナス高等学校へ続く坂道の左右に広がる商店街の路地裏。
そこで私は、数匹の猫達と戯れていた。
彼らは私の友達であり、家族。だからここにはよくご飯を持ってくるのです。
「ニャーオ!」
三毛猫のカサブランカが、私の肩に乗り、あくびをする。
私は嬉しくなり、思わずカサブランカを抱きしめる。
「慰めてくれるかカサブランカ!もうっ!先輩ったらなんたるツンデレ!」
本当、先輩ってば、こんなに可愛い女の子なのに、全く振り向いてくれないんだよねえ。
「ミャミャミャミャ!!」黒猫のフィラデルフィアが魚の骨をしゃぶりながら、私の靴にもたれ掛かる。
「そうかぁーなるぺそ!頭いいなあフィラデルフィアは!あの状態がツンなら、デレた時に凄く優しいんだ!きっとあんなことや、こんなことを…ふふっ!くっふふぅ!」
桃色の妄想をしている私の周りで、猫達が飽きれ顔をしている。
そんな猫達の頭を撫でて上げると、すっかり元気になった私は、鞄を振り回して路地裏から飛び出した。
「にはは!ありがと!じゃ!今日も勉強してくるよ!!」
「ニャーゴ!」
日光を浴びた私は路地裏に手を振ると、坂道に戻り学校へと一気に駆け出した。
昨日のカラオケで誰が歌ってたか忘れちゃったけど、恋は紛争だね。
頑張れ、私。
負けるな、私
きっと先輩も振り向いてくれるはず、私の本気の愛に―
ストーキング/マイウェイ[前編]読んで頂き、ありがとうございます。
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