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定規的な彼女[後編]

僕は都内に住む高校生「神並長寿右衛門」(かみなみちょうじゅうえもん)。

夏休み明けの学校帰りに、幼なじみである定規少女「天秤計利」(てんびんはかり)にどこかへ連れていってくれ、と頼まれ、彼女を乗せて自転車を走らせたところで、前回の話は終わっている。



「濡れてるモノに刺さった、棒が傾いているわ」


「そんな事言う必要ないだろ…てか棒に触れるのは反則だろ計利!」


「セーフよ、セーフ」


「うっ!大胆過ぎんだよ計利!」


「ああっ!しっ、潮で濡れたのが壊れちゃうのっ!やああっ!」


「うっ!駄目だ計利!棒が…うっ!」


「棒が太い、倒れるわ!!」




夕焼け空が赤く染めた海岸に、男と女の叫び声が響く。

「いや、これくらいの太さの棒じゃないと棒倒しゲームにならないだろ?」

そう、僕、神並長寿右衛門は、幼なじみのクラスメイト、天秤計利と砂浜で座り込んで棒倒しゲームをしていた。

僕達は結局、自転車で家の近くの砂浜に来ていた。九月の初めでありまだ暑い砂の上で学ランと制服を着ている僕達は汗をかいており、ゲームに白熱している。

棒倒しゲームとは、砂浜に小さい水を含んだ砂の山を作り、一番上に刺してある木の棒を倒さないように砂を取り除いていくゲームである。暇な海水浴客が泳ぐのにも、砂の城を作るのにも日光浴にも飽きた時にやる、本当はあまり盛り上がらないゲームである。

「ああ、倒れちゃった」

因みに僕の負けである、思い切り砂を崩したら、そのまま棒は倒れてしまった。

学ランの袖についた砂を払いのけ、僕は棒を海に投げ捨てた。

このゲームはバランス感覚が難しい。

「というか僕達はなんで、こんな叫んでたんだ?」

冒頭の叫び声は僕達が出したものだが、考えてみたら、海岸で行う棒倒しはそこまで白熱するものではない。

明らかに場違いな叫びであった。

「さあ、我ながら、よほど白熱していたようね、たかが棒倒しに」

ふとした疑問が浮かんだが、彼女に軽く受け流されてしまった。

「なんか腹減ったな」

とは言ったものの、この海岸は泳ぐのにも適していないため、人があまりいない穴場になっている。

そのため、海の家やコンビニは周囲には皆無だ。

因みに僕は素潜りで魚を捕まえるテクもない。

「店…この辺りないんだよなぁ」

「別に、買い食いはルール違反なんだから、そんなの認めないわ」

即座にぴしゃりと釘を刺す計利。

「とか言って俺のサッポロポテト食うなよ」

自転車のカゴの中にあった学校のバックから拝借した僕の数少ない貴重なおやつを、計利はぱくぱくと食べている。

さも、自分のもののように。

「これは校則の範囲内よ」

「日本国憲法に違反してる、窃盗罪だ」

「あなたのものは私のものよ」

ふふんと得意げに言う計利。

「どこのジャイアンだお前は」

呆れたように呟く。

しかしそんな愚痴を聞き流した計利は、細くて長い指先に一つ、サッポロポテトを挟み、僕に差し出した。

「はい、あーん」

ふふっと笑いながら、サッポロポテトが僕の口に迫る。

僕は顔を少し背けるが、彼女の指先とサッポロポテトはそれを追尾する。

「いっ!いいよ別に!」

僕が言うのと同時に、計利の指先はひょい、と旋回し、結局サッポロポテトは彼女の口の中に入った。

「冗談よ」

ニヤ、と小さく笑う計利。

僕はやれやれ、といった感じで肩をすくめた。

べ、別に食べさせてもらえるなんて期待してなかったんだからね!

そういえばこの前も、缶ジュースで同じようなことをされたような気がする。

全く、少しは学習してくれよ、僕は。

「なんか調子狂うな」むくれた僕を見て、計利は体育座りの格好になり、サッポロポテトを食べるのを止めた。

いや、正確には食べるサッポロポテト自体が無くなってしまったようだ。食うのが早い。結局僕は一口も食べられなかった、まあ、いいけど。

数秒の沈黙の中、計利は表情を曇らせていた。

「ごめんなさいね、付き合わせて」

少しだけバツが悪そうな表情で、計利が謝罪する。

サッポロポテトを食べた事ではなく、この僕に「どこかへ連れていってくれ」とせがんだ事について。

「んなことないって、僕も結構楽しかったし。だけど…お前がルールを無視すんのにはビックリしたが」

僕はこの際だから、今日どうしても引っ掛かっていた事を聞いた。

彼女は俯き、そっぽを向いた。

やはり、ルール違反をしたという自覚はあったようだ。

別に寄り道くらい、僕はいいとは思うけれど、いつもの彼女ならまず許さないであろうルール違反である。

「ああ、寄り道ね。これは私的にはかなりの反抗だわ、「手帳に明記されてない」なんてルール違反の常習犯と同じようなことを言って貴方を押し切っと。はっきり言って自分の信念とは真逆ね、でも息抜きがしたかったの」

彼女は突然立ち上がり、背伸びをした。

すかさず僕も立ち上がる。

「疲れる事もあるのよ、私も。全てを定規で、ルールで縛りながら周りに合わせて生きることが。だから遠くに行きたかった」

眼前の海を見つめながら空になったサッポロポテトの袋を弄びながら、計利はため息を漏らす。

「そうなのか…‥悪い、僕は知らなかった」

僕は素直に言う。

そう、僕は知らなかった。

今、言われて知った。やっと彼女の気持ちを察する事が出来た。

彼女は本当に、ただ疲れていたのだ。

僕達普通の人は大体がルール通りに生きていない、どこかでルールの間の抜け道みたいなものを作っている。

例えば、一般の40キロ制限の車道を普通の車は確実に50キロ以上出して走っているし、学生は学校に様々な私物をもってくる。

でも彼女はそれが出来ない、何でも上手くこなしてしまう彼女はそれ自体に不便を感じないのだが、周囲との間でズレのようなものが生まれ、ストレスになることがあるのだろう。

だから、僕に自転車を走らせ、どこかへ、どこでもいいから、どこかへ行きたかったのだ。

そうすれば、日頃のストレスが解消されると思ったのだろう。

「でもお前はそういう生き方を自分で選んでいる」

そう、彼女はルールに厳しい自分を嫌うような人間ではない。

彼女は自分の性格を自覚していたし、その事について相談を受けたことなど一度もない。

「そうよ、分かってくれてて嬉しいわ。それが私なの」

でも僕は知らなかった。彼女でもストレスはそれなりに溜まっていたのだ。

普段の彼女を知らない人間なら、ルールを守る人間がストレスにさらされる事など当たり前だろ、と思う奴もいるだろう。

だが、普段の彼女はストレスや疲れなど表に全く出さないのだ。それこそ、幼なじみの僕ですら気づかないくらいに。

だから僕も分からなかった、彼女が、世間一般の高校生並みに疲れているなんて。

「でも、疲れる事もあるわ。だって私、ただの人間ですもの」

「そうだったのか…悪い、僕は計利がストレスなんて感じない、超人だと思ってた」

謝罪の言葉を口にする僕。

素直に申し訳ないと思った。

幼なじみなのに、こんなに長く隣にいたのに、気持ち察してやれなかった自分が。

「いいのよ。私、分かりにくい人間だと思うから。しかも、いつも右衛門をからかっちゃってるし」

確かに、さっきのサッポロポテトの件といい、猫型ロボットのネタといい、僕はよく彼女にからかわれてしまう。

それが周囲とルールの折り合いをつけている彼女の楽しみになっていたのだと、初めて気づく。

でも、それでも僕は彼女の気持ちを察してやれない自分が少しもどかしい。

「そんなしおらしい顔をしないで右衛門。私は貴方に、御礼したいくらいなのよ。そう、こんな風に―――」

そう言うと、彼女は一気に僕に寄り添った。

それこそ、僕が驚く隙すら与えないくらいに早く、そして自然に。そして―

「ん?う…あっ!!」

僕の唇を、彼女が奪う。

熱い感触が口に広がり、計利の長い髪の匂いが僕の鼻をくすぐる。

一瞬、ほんの一瞬のことであった。ほんの一瞬で、僕の唇は解放された。

「うっ…‥は、は、は、計利さぁん!?」

思わずどもり、計利の事をさん付けで読んでしまう。

僕は余りに突然の事に気が動転し、目をパチクリとさせる。

いきなり過ぎる。

「さて、これで私は明日からまた頑張れるわ」

この少女は、天秤計利は、僕との接吻で復活したというのか?

粘膜同士の接触で、栄養を補給したのか?

それよりも初めてのキスを、計利に奪われてしまった。

そして多分、彼女も初めてであろう。

まだ「好き」と伝えてないのに、男の僕から言うべきなのに。

僕は彼女にとって幼なじみ以上の、異性だったのだ。

しかし、あまりに唐突な接吻であった、室町幕府の頃に黒船とペリーが来て開国させられ、その翌年にマクロスが地上に落下するレベルの唐突な出来事である。

僕にとって「気になる幼なじみ」がキス一つで、いきなり「異性」に変化した、もう思考が追いついていなかった。

何が何やら、そして僕は彼女に何を言うべきなのか。

「こ…こ、こここれは反則だ!」

言いたいことは山ほど、それこそチョモランマほどあるが、気が動転したとんでもないヘタレである僕は、そう叫んでいた。

本当に、こんな僕「神並長寿右衛門」の唇を好き好んで奪おうとする女は、どこの世界においても天秤計利しかいないのであろう。

そして多分、そんな唐突過ぎて訳が分からない、定規的な彼女「天秤計利」を好きで放っておけない男も、この僕だけなのだろう、と思いたい。

「あら?知らなかった?恋愛にルールなんてないのよ?」

クス、と嬉しそうに笑い指先で自分の唇をなぞる計利。

薄暗い中、海面に反射する月明かりに照らされた彼女に、僕は見取れてしまう。

確かに女が先に唇を奪ってはいけないなんて、恋のルールブックには書いてはいない。

どうやら僕の完敗のようだ。

後世でヘタレと言われてしまうかもしれないが、構うものか。

僕は素直に嬉しかった、彼女が久しぶりに笑ってくれたことが。

困った彼女が、僕を求めてくれたことが。

「私は今日、気づいたわ。ありがとうね右衛門」

僕は、ついさっき気づかされたよ。

呆気にとられている、僕を置いて彼女は軽い足どりで、薄暗い砂浜を裸足で走り出した。

そんな彼女を、僕は――

「定規的な彼女」を最後まで読んで頂きありがとうございます。

このスキマクラブシリーズでは、「定規少女」天秤計利のような少し変わった(?)少年少女がラブコメディを繰り広げる、という内容になっています。

次回は「ストーキング/マイウェイ」というタイトルで執筆予定です。

もしよかったら感想下されば、嬉しいことこの上ないです、はい。

では、また。

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