187524の弾幕[後編]
6限目の終わり頃。
あと数十分で、放課後といった時間。
そんな時に、私は校舎裏で友と戦っていた。
先に説明した通り、午後の授業が完全に自習になり、潟里もようやく泣きやんでくれたため、約束の放課後まで少しばかり時間的な余裕が出来たのだ。
戦う友の名は、ビリーズ・武道・チャンプルー。
何故戦っているのか、簡単に言ってしまおう。
彼は、私に託したいのだ。
戦えない自分の力を。
誰も悲しませることなく、この物語を終結させる力を。
そして、その戦いもそろそろ終着する所であった――
「絶技、エクスボンバー!!」
ラリアットの構えのまま、私に突撃するビリーズ。
その鋼のような筋肉を纏った巨大な腕は、私の首を狙い、一直線に迫る。
エクスボンバー。
それは右腕のラリアットを首に直撃させ、相手が吹き飛ぶ前に、ほぼ同時に左腕でラリアットを放ち、首を完全に粉砕する破壊の奥義である。
まあ彼の完全オリジナルの技ではないらしく、キン肉マンの劇中で、ネプチューンマンとビック・ザ・武道がやってたクロスボンバーを一人でやってみた、と本人は解説していたが。
しかし、その破壊力は正にエクスボンバー(交差する爆弾)。
普通の人間ならば、かすっただけでも即死である。
だが、私は負けるわけにはいかない。
「ビリーズ!!お前の絶技はかわしたが――」
回避した。
私は、回避した。
ビリーズの絶技エクスボンバーは完全に空を切り、その凄まじい破壊力により生まれる衝撃波により空間が歪む。
校舎の硝子が轟音を鳴らして砕け散り、地面が激しく砂を巻き上げる。
その余波で周囲の鉄網や電柱が飴のように折れ曲がった。
しかし、その衝撃波ごと、私は跳躍して避ける。
そして、一瞬にしてビリーズの背後に回った――
「その想い、確かに受けとった!!」
連続で、ビリーズの首目掛けて回し蹴りを繰り出す。
そのあまりの速さに衝撃波が何度も発生し、回し蹴りは竜巻の如き勢いでビリーズに連続で直撃する。
私の一撃は、鉄壁のビリーズを倒す威力はない。
だが、人体の急所を連続で攻撃すれば、倒せる。
「うっがッ…‥馬鹿なっ!!ジーザスッ!!」
反撃すら許さない、連続攻撃の直撃により、ビリーズは始めて呻く。
そして、当事者としては長かったように思える勝負は決した――
「ぐううっ!!前にも増して…‥強く、なったな、鮭留」
膝から崩れ落ち、倒れるビリーズ。
ダビデとあだ名がついているだけあって流石に頑丈らしく、それ以上のダメージは見受けられない。
ありがとう、友よ。
私はボロボロになった青い学ランを風に靡かせ、血の混じった唾を吐き出した。
全身が痛い。
まるで熊と戦ったかのような、疲労感だ。
いや、この場合、熊の方がまだまともな相手だったかもしれない。
思考は人間、破壊力と防御力は戦車、明らかに熊よりも強力な敵であった。
「ぐっ、さて、行くとするか…‥旧校舎、だったな。」
私は、踵を返して歩き出す。
その体は既に、ビリーズとの戦いにより完全な覚醒を迎えていた。
そう、この戦いは、最近の平和な学園により鈍ってしまった私の体を覚醒させるためにも必要だったのだ。
今の私は全ての神経が研ぎ澄まされ、思考と反射の間のタイムラグが消失している状態である。
まさに、戦闘機となったような感覚。
もう使わないと思っていた、この力。
しかし、私が私であるために。
噺家潟里、彼女との約束を守るために。
あの「製菓の弾丸」、甘味狗久と対等以上に戦うために。
そして、狗久の真意を、なぜ、そこまで苛烈で攻撃的な性格と化してしまったのかを問うために。
そう、そのために、この力があるのだ。
「そ、その前に、あいつの所に行ってやれ」
背後で膝をついているビリーズが、私の背後で言う。
「あ、ああ。そのつもりだった」
そう、私には行かねばならぬ所がある。
ポッティーの弾丸を撒き散らす少女よりも先に、私は向き合わなければならない人がいる。
それは、私が何よりも優先して守るべきもの。
私と、そしてビリーズと共に、今までセンシティ部を作り、センシティ部で過ごし、本気で怒り、笑い、泣きあえた少女。
その少女は、多分旧校舎の入口の中、上靴を脱ぐ下駄箱置場にいる。
その場所は、私達三人にとって特別だからだ―
だから、そこにいる。
それは、ただの勘だが、多分合っているだろう。
私は、薄暗い校舎裏から離れ、巨大な学校の敷地内の外れにある、小さな旧校舎に移動した。
旧校舎は3階建てになっており、既に一部が取り壊され、入口付近は完全に封鎖されている。
終戦後に建てられた年期のある木造校舎は至る所がボロボロであり、近所でも有名な心霊スポットでもある。
巨大な本校舎により太陽光が遮られ、日光にあまりさらされないため、カビ臭く、薄暗い場所のため不気味な雰囲気を際立たせている。
「まあ、壊されても、それはそれで悲しいがな」
そう、思い出深いここは出来る限り残っていてほしいものだ。
旧校舎は私達が入学した時から既に廃墟と化しており、別にここで勉学に勤しんだわけではないのだが、ここにはセンシティ部誕生にまつわるエピソードがあるため、あまり消えてほしくないのだ。
多分ビリーズがここを再戦の場所に選んだのも、そういった思惑があるのだろう。
この特別な場所なら、私があの甘味狗久を更生ないし、説得できると思ったに違いない。
まあ単純に、これ以上普通の校舎をポッティーの針山にしてはいけないので、周囲の被害を考えた上での選択、というのも大きいが。
私はそんなことを考えながら、その旧校舎の入口に無数に貼ってあるキープアウトと書いてある帯と、看板を無視して歩を進めた。
いた、やはりここであった。
彼女は、日の光がすこしだけあたる、下駄箱置場の段差に座っていた。
「やっぱボロボロじゃん、バカ鮭留」
彼女は呆れた様子でため息をつき、頬杖をしている。
確かに泣く以外には、呆れるしかないのだろう。
私は、どうしようもなく感情的になり、取り返しのつかないことをしようとして、自分の命を粗末に扱い彼女を悲しませた。
そして、泣き止んだ矢先に、そうするしか仕方がないとはいえビリーズと戦った。
戦って、戦って、また戦うのだ。
これがジャンプのマンガなら、まだこの程度の連戦は許されるだろうが、私たちは普通の高校生である。
そう平和極まる高校で、ごくごく普通に学園生活をエンジョイしていただけなのである。
甘味狗久のような、告白されたぐらいで、あそこまで苛烈な反応を起こし、破壊と殺戮行為を行うような存在のほうが、言葉が悪いがマイノリティなのだ。
まあ、だからこそ、何とかしたい、とマイノリティであった私とビリーズは思うのだが。
そう、既に仇打ちではなく、あの普通ではない狗久を何とか、私たちのような「普通に近いマイノリティ」にするための戦いなのだ。
齢17歳の少女には、拳と拳の会話、などというのは、言い訳にしか聞こえないのであろう。
「すまない」
突っ立ったまま、私は謝罪した。
何度、この言葉を口にしただろう。
しかし、不器用な私は、この言葉しか彼女にかけられなかった。
「いいよ謝らなくて。私との約束守るために、戦ってたんでしょ?」
彼女は理解してくれていた、二度目の、ビリーズとの戦いの意味を。
彼女は普段はポヤッとして、ただ喋りまくっている印象が強いが、実は頭がかなり良いのである。
「ああ」
「なら、いいよ。」
もう仕方ないからいいよ、という意味の「いいよ」である。
潟里は、私の体を見つめていた。
至る所に傷と血の付いた青い学ラン、そして擦り傷だらけの顔。
高校に入ってから、いつも手当や服の補修をしてくれていたのは潟里であった。
だから、今も、私の状態をよく見て、どう手当てするか考えているのであろう。
本当に、彼女には心配と迷惑ばかりかけてしまい、私の胸は申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
「なんかさ、鮭留が戦ってると、あの頃思い出すよ。私が今の私じゃなかった、あの頃」
潟里は苦笑いをしながら、旧校舎の外の草むらを見つめている。
あの頃とは、私とこの少女、噺家潟里が出会った頃の事である。
二人の出会いは二年前、高校一年生の春頃であった。
因みにビリーズの奴は幼稚園の頃から一緒の腐れ縁である。
その潟里との出会いからとある事件を経て、私はセンシティ部を作り、今に至っている。
「ああ、確かにな。あの頃は色々と全てが駄目だった。今みたいに、みんなが毎日笑えなかったよな」
彼女に釣られて、私も苦笑いをしていた。
私は、あの頃を思い出すたびに、今の自分がどれだけ満たされているか、幸福であるかを噛みしめる。
高校一年の五月。
まだ、センシティ部が無かったあの頃。
私は、やりたくもない事を淡々とこなしていた。
ビリーズは、やりたくもない事を完全に放棄していた。
そして、潟里は――
「鮭留が全部変えてくれたんだよね。凄いよ、鮭留は」
彼女は立ち上がり、下駄箱入れにもたれかかった。小さな体重により、埃が小さく舞った。
そう、そんな三人は変わる事が出来たのだ。
今は、三人が思ったことをすぐに実行できる。
自己責任において、自由に活動できる自由な場所がある。
そのために、「センシティ部」がある。
だが、それが出来たのは私一人の力ではない、三人の力だ。
私がいければ人は集まらなかっただろうし、趣味が多彩なビリーズがいなかったら人は定着しなかっただろうし、言葉巧みに畳みかける潟里がいてくれたから、学園の先生方を説得し、二年間という極めて短期間で正式な部活動というポジションになったのだ。
誰一人、欠けていたら作れなかったものである、センシティ部というものは。
「ふっ、流石は私だ」
だが、それを言葉にするのは、さすがに私でもこっ恥ずかしいので、彼女の言葉を肯定してみる。
「ちょっとは謙遜しろっ、ふふっ。いいなぁ、鮭留は。何でも変えちゃうんだ、いい感じに」
買いかぶりすぎ、と思った。
彼女は困ったような、嬉しいような笑顔で、胸を右手で押さえながら私を真っ直ぐに見つめていた。
やっと、泣いていた、呆れていた彼女は、笑顔になっていた。
私は、ホッと胸をなでおろした。
彼女の笑顔を、ようやく拝むことが出来たのだ。
だが。
「ふふっ…‥ズルイなぁ」
だが、ホッとしたのもつかの間であった。
潟里は、私に接近する。
近い、近い。
ちょ、ほんとに近い。
ちょ、ホントニチカスギルンデスケド、カタリサン。
「ズルイよ鮭留は、格好よすぎる」
「うなっ?!」
唇を、奪われていた。
この私、全武鮭留は、噺家潟里に唇を奪われていた。
接吻、俗に言うキスというものである。
魚のキスではない、粘膜同士の接触である。
「格好良すぎる、よ…‥」
唇が離れた後、彼女はそう言って視線をそらし、頬を赤らめた。
「ふふっ…‥不意打ち成功、やっちゃったもんね、ふふっ。鮭留に『はじめて』あげちゃった」
彼女はキャッキャとはしゃぎながら、ぴょんぴょんと跳ね上がっていた。
私といえば、自身の唇にあった感触を確かめていた。
というか、なにが起こったのかを確認していた。
え~と、何が起こったのであろうか。
何度も自問自答してみる。
しかし、何度も同じ結論に達する、キスであった。
そう、キスであった。
「勝ったら続きも鮭留にあげる。私の『はじめて』は全部、鮭留にあげる」
熱烈な告白を、私はぽうっと惚けたような顔で聞いていた。
いや、本当は半分聞き逃していた。
「嬉しくなかった?」
惚けている私の顔を、笑顔だった潟里が不安そうに覗き込む。
え、いや、その。
そうじゃないんだ。
その次元の問題じゃないんだ、私の問題なんだ。
すまない。
「潟里は私の事を、異性として見ていたのか」
はっきりと、自分の言葉を口にしていた。
そう、私は知らなかったのだ。
彼女にとって、私はただの友人、もしくは親友、という認識しか、今の今までしてこなかったのである。
確かに、彼女とはよく遊ぶ、が、それは友人としてだと、思っていた。
自分の唇に残された感触を、いまだに手のひらで確かめながら。
「はあ?!」
潟里は、あんぐりと口を開けて肩を落とした。
「すまん、今まで私は気づかなかった。そうだったのか…‥潟里が私を」
どうしていいか、わからなかった。
彼女のことは勿論、当然嫌いではない、好きだ。
だが、そのその好きはまだ、友人としての好きなのだ。
かといって、女性として見れないわけではない、彼女は女性としても魅力的だ。
断る理由は見あたらない。
しかし、しかしだ、あまりに突然ではないか。
彼女が私を好きな描写など、この作品が始まった時から、今までだって、一つとしてあっただろうか。
あったとしたら、どの部分なのか、私に分かりやすく教えていただきたい。
どうすればよいのだ、私は、どうしたらよいのだ。
「帰って来たら土下座で詫びろ!!」
彼女から、その問いが返ってきた。
怒りの、鉄拳と共に。
「グフッ?!」
覚醒した私でも反応出来ないほどに、速い一撃であった。
例えるならば、雷。
モビルスーツみたいな呻き声をあげた私は後ろに吹き飛び、下駄箱に後頭部からぶつかった。
そして右足による下段攻撃、それにより浮き上がった私の体を、彼女は全身全霊をこめたタックルで突き飛ばす。
視界がぐらり、と揺れるのを感じた。
「この私のセンシティブな乙女心にジャンピング土下座で詫びろ!!」
今度は下駄箱ごと吹き飛び、私は完全に体力の限界値を迎えていた。
「ギャーンッ!?」
間抜けな悲鳴が、木造の旧校舎に響く。
あまりの一撃に、一瞬にして脳震盪を起こし、下駄箱共々倒れた。
「もう、最低っ!!」
そう言い放ち、怒り心頭で旧校舎から飛び出していく潟里。
「ぐっ…‥」
意識が、消えていく。
五体の感覚が、鈍くなっていく。
すまない、潟里。
私は色恋沙汰には鈍いのだ、疎いのだ。
だから、君のいきなりの接吻があまりの衝撃で、どうすればいいか分からない。
そんな思考を繰り返しているうちに、視界がどんどん狭くなっていく。
虚ろになる意識の中、私はふと思った。
狗久との約束の時間に間に合うのか、これは?
12386の弾幕の物語は、これで終わり。
「12386の弾幕」はこれにて終了です。
続きは
「12387の回避」という三部構成の作品で完結予定です。
「12387の回避」では、狗久と鮭留の戦いの決着や、その後が描かれます。
でも、あまり需要がなければ執筆しないかも知れません。
今回は何か上手く書けたか否か、自分でよくわからないので。
需要ないのに書いても、仕方ないですし。
作品のご意見、ご感想をお待ちしております。