第1話 流行りの婚約破棄です
「ローラント・エステル!君との婚約はこの場を持って破棄することにした!!」
「はい!?」
あらあら、これってもしかして噂の『婚約破棄』とかいう奴かしらね?
何かやんごとなき身分の方ってやたらしたがるのよね、婚約破棄。
これも100年ほど前に現れた異世界人からもたらされたというたしなみらしいけど……実に迷惑。
異世界人というのはこの世界に様々な技術や文化をもたらしてくれるのだけど時々変なものまで持ち込んで来るのよね。
貴族の方ならまだしも王族の方に婚約破棄されるだなんて……下手したらその流れでお家を潰されてしまうかも。
これでも一応、我が国では重要な立ち位置の家柄なんだけどなぁ……
「そして私は代わりにこのヘナデンと結婚する事にした」
「うっぽっぽ、どうも……」
いや、待って。
お前誰だよ!?
サウル殿下の隣に居るのはでっぷりと太った……どう見ても中年のおじさんだ。
いや、待て待て。絶対おかしい。
「あの、殿下……これは一体何の冗談でしょうか?」
「冗談ではない。貴様の様に醜い女を妃に迎えようとしていたなど、我が人生最大の汚点だ」
醜いって……いや、だけど殿下の感覚からしたら私は醜いのかもしれない。
それならばそこはきちんと受け止めるとして、だ。
「それで、えーとそちらのヘナデン様と……」
「うむ。この人を我が妃とする」
「ちょっと待って!おかしい!いや、おかしいです!!」
どう考えてもおじさんじゃない!!
男よ、男!!
つまりはこれ、同性婚じゃない!!
「この絶世の美女のどこがおかしい?」
「いや、どう見ても男ですよ!鋭い槍を隠し持っている雄です!!」
「エステル……そうか、急な婚約破棄で頭がおかしくなってしまったのか……」
「では殿下はそちらのおじさんが絶世の美女だと?」
「うむ。ぴちぴちの美女だ」
確かに服はぴちぴちだけど……
どうやら殿下は頭がおかしくなってしまったようね。
とりあえずここは臣下の方々におまかせして……
「いやぁ、素晴らしい美女ですな」
「殿下も素晴らしい女性を見つけられたようですな」
「これで国も安泰です」
嘘でしょ!?
臣下達までがおじさんを絶賛している。
いやいや、安泰どころか跡取りが居なくなって断絶しますよ!?
「それに引き換えエステル嬢は……」
「英傑の血筋とは言え、こんな醜い女だったなんて」
ボロクソ言われてるし!!
私、でっぷり太ったおじさんに負けたの!?
じゃなくて……何かおかしい。
殿下の傍に居るのはどう考えても中年のおじさんだ。
だけど周りの人達は『絶世の美女』だと言っている。
本当に美女が現れて婚約者の座を奪ったというのなら悔しさを感じながらも身を引けるが……これはおかしい。
「というわけで、だ。お前は今すぐにこのパーティー会場から出て行くのだ!!」
「……はい。わかりました」
幾ら抵抗しても周囲は太ったおじさんを美女と認識している。
これはどうしようもない事だ。
会場を後にしながら頭を巡らせる。
何かがこの国で起きようとしている。