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【書籍化記念】冬のピクニック

4月17日に本作『花の聖女と胡蝶の騎士 〜ないない尽くしの令嬢ですが、実は奇跡を起こす青薔薇の聖女だったようです〜』が電撃の新文芸さまより発売となります。


ヘタレ具合に磨きがかかっていたハリーはイケメン度が増し、美女とイケメンが増え、Web版を読んだ方にもお楽しみいただける内容になっていると思います。


活動報告にてカラーイラストや挿絵を公開していますので、ぜひご覧ください。

 季節は、初冬。

 冷気が一段と深まり、冬の訪れを感じる時期だ。


 シュタッヘルの町外れ、フランツェ山脈の麓にある森には、たくさんの枯れ枝が落ちている。

 そこへ、暇を持て余した子どもたちを連れて、リリアーナとハリーは(まき)拾いにやって来ていた。


「きゃーっ」


「まてまてー!」


 薪拾いついでにピクニックをする予定だからか、子どもたちのテンションは高い。

 リリアーナはオロオロしながら、助けを求めるようにハリーを見た。


「は、ハリー様……」


 捨てられた子犬のような濡れた目で見上げてくるリリアーナに、ハリーは「ぐ」と息を飲んだ。


(愛らしすぎて、抱きしめてしまいたい……!)


 近くにいた子どもたちが、変な顔で立ち止まっているハリーをチョンチョンと突く。

 ハリーはごまかすように咳払いをすると、


「君たちに任務を与える。このシートを敷いて、ピクニック会場を作ってもらいたい。これは、とても重要な任務だ。それぞれ協力して、助け合うこと。できるか?」


 と尋ねた。

 その途端、子どもたちの目がキラキラと輝き出す。


 今日連れてきているのは、六歳前後の子どもたちだ。

 任務と聞くと、みんな嬉しそうな顔をした。


「はぁーい!」


「できまーす!」


「がんばるー!」


 元気な返事に「よろしい」と答え、持ってきていた大きなシートを手渡す。

 子どもたちはあーでもないこーでもないと相談し合いながら、ひとかたまりになって原っぱを進んでいく。


 スッとリリアーナへ目を向ければ、わかったと言うようにコクリと頷くのが見えた。

 言わずとも通ずる。心の距離感が、心地よい。


 リリアーナには子どもたちの監督を任せて、ハリーは森へ散らばっていった子どもたちを回収しに向かったのだった。



 ***



「「「きーめーたっ!」」」


 にぎやかな相談の結果、子どもたちは大きな木の根元にシートを敷くことにしたようだ。

 夏だったら大きな木陰を作ってくれそうな立派な木は、冬でも青々とした葉を茂らせている。

 所々に実る赤い実はキラキラとしていて、最近街に設置し始めた宝石街灯のようだ。


「うわーん!」


「うまくできなーいっ」


 リリアーナが不穏な空気を察して木から子どもたちへと視線を向けると、クシャクシャになったシートを握りしめて、今にも泣きそうな顔をしていた。


(この一瞬で、何があったの??)


 どうやら子どもたちは、シートを上手に広げられなかったらしい。

 今にも癇癪を起こしそうな子がいたので、リリアーナは急いで駆けつけると、みんなを応援しながら手伝った。


 そうしてなんとかシートを敷き終えると、子どもたちは満足げにハイタッチし合った。


「やったー!」


「かんせーい」


 差し出された小さな手に、リリアーナはおずおずと手を近づける。

 子どもたちはリリアーナが花の聖女だろうとお構いなしに、パチーンッと勢いよくタッチしてきた。


 ハイタッチなんて、初めての経験だ。

 思いのほか痛いのね……なんて思いながら、リリアーナは子どもたちにつられてクスクスと笑い合った。


 ひとしきり笑ったあと、リリアーナは子どもたちとシートの上へ腰を下ろした。

 しかし、フゥとひと心地つくリリアーナと違い、子どもたちはつまらないらしい。

 ソワソワと何かしたそうにこちらを見てくる子どもたちに、リリアーナは微苦笑を浮かべた。


「ハリー様たちはまだみたい。わたしたちはお皿とコップの準備をしましょうか」


「はぁーい!」


 このくらいの子どもたちは、おとなしくしていることが苦手なようだ。

 その代わり、お願いしたことはテキパキと──傍目から見たら不器用だが──ピクニックの準備を手伝ってくれる。


「ふふ。かわいいなぁ」


 子どもたちがちょこちょこ動く様は、真夜中に仕事を手伝ってくれる妖精の物語に出てくるワンシーンのようだ。

 かわいらしい光景に、リリアーナはほっこりと口元を緩める──と、その時だった。


「ねぇねぇ、リリアーナさま」


 ツンツンと服の袖を引っ張ってきたのは、栗色の髪をもつ女の子だった。


(名前は確か……ジュナ、だったかしら)


 ここへ来るまで、ずっと男の子と手を繋いでいた子だ。

 ジュナはその男の子と結婚の約束をしたと言っていて、リリアーナは(こんなに小さいのに好きな子がいるのね)とひそかに驚いて、だから名前を覚えていた。


 リリアーナがジュナくらいの年齢だった時、何を思っていただろう。

 少なくとも、好きな子の一人もいなかったと記憶している。

 味気ない幼少期の記憶に地味に打ちのめされながら、リリアーナはしゃがみ込んでジュナと目を合わせた。


「なぁに? どうしたの?」


「ハリーさまとリリアーナさまは、いつ結婚するの?」


「…………け、けけけ結婚?? わたしと、ハリー様がですか?」


 理解が追いつかず、リリアーナはたっぷりと間が空いてから驚きの声を上げた。

 リリアーナの驚きように目をぱちくりさせながら、ジュナは心底不思議そうに答える。


「え、しないの? 街のみんなが言っているよ。二人はいつ結婚するのかしらって」


「!?!?」


「二人の結婚式はセーダイにお祝いしましょうって、みんな張り切っているんだよ?」


「ひぇっ」


 結婚しないなんてあり得ないとまで言われて、リリアーナは混乱しきりだ。

 何がどうなったら、そんな誤解を招くのだろう。

「ねぇねぇねぇ」と迫ってくるジュナにリリアーナはタジタジになって、赤くなった顔を手で覆い隠しながら「もうやめてぇ」とお願いしたのだった。




 さて、一方その頃。

 森へ散らばった子どもたちと薪拾いを終えて戻ってきたハリーは、夢のような光景を目の当たりにしていた。


 子どもたちに囲まれ、楽しそうに会話するリリアーナ。

 未来を啓示するかのような絶景に、ハリーの足が止まる。


 脳裏を貫いたのは、「この光景を実現させる」という明確な意志。

 常々思っていることではあるけれど、ハリーは改めてリリアーナへの想いを自覚し直し、彼女のためにも自重せねばと気持ちを引き締めた。


 まさか、後にその自重を後悔する日がくるとは、この時のハリーは知るよしもないのだった。


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