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39*騎士のエスコート

 ハリーが言った通り、翌日は夜が明けきらないうちから大忙しだった。

 お風呂で磨き上げられ、その後はマッサージに髪の手入れ。

 部屋に戻ってからは着替えに髪のセットにあれやこれやと休む暇もない。


「ハリー様を呼んでまいります。それまで少々、お待ちくださいませ」


「はい、わかりました」


 小さな音を立てて、豪華な扉が閉ざされる。

 朝からリリアーナを取り囲んでいた大勢の女性たちがすべての準備を終えて部屋を去り、ようやく一人になった時。

 鏡の向こうに、リリアーナが知らない令嬢が立っていた。


「……これは、誰?」


 くすんだ薄紺色だったはずの髪は艶々と、上品にまとめられている。

 垂れ気味で自信なさげに見える目は、メイクによってクリクリとした大きな目になっていて、まつ毛は影を落とすほど長い。

 女性らしいやわらかな曲線を描く体には、バラ模様の繊細なレースがふんだんに使われた、透明感あふれるドレスがよく似合っていた。


「何を言っているのだか。リリアーナに決まっているだろう」


 振り返ると、隣室へ続く扉の横にハリーが立っていて。リリアーナを呆れた顔で眺めていた。

 リリアーナが作ったコサージュを今日も勲章のように胸につけ、華やかな衣装を着こなしているというのに、漂う雰囲気はくたびれている。

 いつもの彼ならばここはリリアーナを褒めちぎっている場面なのだが、そんな余裕もないようだ。


「まさか、徹夜ですか……?」


 昨日、ハリーの母は執務室へ来るよう言っていた。

 久しぶりに会うのだから、話すことはたくさんある。家族そろってソファへ座り、和やかなひとときを過ごすのだろうとリリアーナは想像していたのだが、まさか朝までだったとは。

 ソワレ家では考えられない仲の良さに、リリアーナは驚くばかりだ。


「気にするな、慣れている」


「でも……」


「大丈夫だ。王城に着くまでにはちゃんとするから」


 言いながら、ハリーはクワァとあくびを漏らした。

 眠いのか、いつもの凛々しさが半減している。


 自宅にいるせいもあるのだろう。

 とてもリラックスしているのがわかる。


(リラックスするのはいいことよ。でも、でも! この恥ずかしさは、なに⁈)


 気怠そうにしつつも、しぐさの一つ一つが色っぽい。

 普段のかっちりとした彼を知っている分、恥ずかしさは増しているようだった。


(なんで⁉︎)


 ハリーが悪いはずがなかった。

 彼は王族と謁見するにふさわしい装いをしていたし、リリアーナに失礼な態度を取ったわけでもない。


 どこへ出しても恥ずかしくない、立派な青年だ。

 リリアーナの隣に立たせておくのがもったいないくらい。

 それでもなぜかリリアーナは恥ずかしくてたまらなくなって、見ていられなくて思わず目を背けた。


 ドキドキと早鐘を打つ胸の鼓動が抑えられない。

 なにに反応して緊張しているのかもわからないまま、リリアーナは混乱していた。


「リリアーナ?」


「ふぇっ⁈」


 名前を呼ばれて、反射的に見上げるリリアーナ。

 近づいてきたハリーはリリアーナを見つめながら、長い指先を彼女の口元へ添えた。

 そのまま額がくっつきそうなほど、ハリーの顔が近づく。


「……化粧でうまく隠しているが、うっすらクマができているな。眠れなかったのか?」


 リリアーナの心臓は、破裂するんじゃないかと心配になるくらいドコドコと飛び跳ねている。

 迂闊(うかつ)に声を発したらパーンと弾けてしまいそうで、リリアーナは吐息まじりに小さな声で答えた。


「ええと、その……そう、だったような……?」


 クマができているのは、単に朝が早すぎたせいだ。


 隣の部屋にハリーがいる。

 そう思うとむしろ安心して眠りに落ちたリリアーナだったが、今の状態が続くようなら眠れない夜が増えそうだ。


 どうしようと焦るリリアーナの思考を遮るかのように、扉がノックされる。

 馬車の用意ができましたと、使用人が呼びに来たらしかった。


「さぁ、行こうか」


 さりげなく肘を曲げ、リリアーナのほうにスペースを空けるハリー。

 リリアーナはおずおずと、ハリーの肘の中間よりやや手よりのポジションに、手を添えた。


「ん。教えた通りにちゃんとできたな」


 互いに姿勢を良くし、体重をかけ合わないようにする。

 エスコートのされ方は、ハリーから教わった。

 教わった時は披露することなんてないと思っていたけれど、そんなことはなかった。


「先生の教え方が上手だったので」


「そうか、それはよかった」


 初めて貴族らしいことをしているから、テンションがおかしくなっているのだ。

 すべてが終わってもおかしかったらその時に考えればいいと、リリアーナは問題を先送りにすることにしたのだった。


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