37*国王からの招待状
竜と友人関係になってからふた月。
シュタッヘルへ来て初めての冬は、とても楽しかった。
昼は祝福の練習とコサージュ作り、そしてたまにやる雪遊び。
夜はたき火を囲んで竜の背中で暖をとりつつ、星空を眺める。
ポツポツと送られてくるルアネの手紙には、第一王子が誕生したと書かれていた。
来月には王子の誕生を祝う祝福の儀式が執り行われるだろう、とも。
悩ましい顔でため息を吐くリリアーナ。
茨の城へ来るついでに手紙を届けてくれたノヴァは、彼女の憂鬱そうな様子に眉をひそめた。
「おねえさん、どうしたの? 何か良くない話でも書いてあった?」
「いいえ、良いことだと思うわ」
「いい話って言うわりには嬉しくなさそうだね?」
「うーん。素直に喜ぶにはちょっと……難しいかな」
王族に子が生まれると、国中の花の聖女に招集がかけられる。
すべての花の聖女は、国から保護してもらう代わりに、生まれてきた王族に祝福を贈ることが義務づけられているのだ。
カレンデュラの聖女であるルアネはもちろん、今回は第一王子の誕生となるから、リリアーナの姉である紫薔薇の聖女サティーナも呼ばれるだろう。
「おねえさんは? 呼ばれないの?」
ノヴァの無邪気な質問に、リリアーナは不安を言い当てられたような気持ちになった。
ごまかすように苦笑いを浮かべながら、空になったノヴァのカップへお茶を注ぐ。
王子の誕生を祝う祝福の儀式。
すべての聖女が祝福する義務を負っているが、黒薔薇の聖女だけは例外である。
真っ当な親であれば、いかなる理由があったとしても、災いを贈る魔女を呼ぶはずがない。
過去には報復を恐れて呼んだこともあったそうだが、行ったところでろくな目に遭わないのは明らかなので、リリアーナとしてはお断り一択だ。
しかし、ノヴァの顔には、「青薔薇の聖女だもの、呼ばれるに決まってる!」と書いてあるようだった。
キラキラした視線に気圧されながら、リリアーナはお茶を飲むついでに視線を逸らす。
「うーん、どうかしら。竜たちやシュタッヘルのみんなはわたしのことを青薔薇の聖女だと認めてくれたけれど、王や貴族が信じたかどうかはわからないもの」
神殿の立場や神官たちの保守性を考えれば、リリアーナを黒薔薇の聖女と認定し、追放してしまった手前、今更間違いでしたと撤回するのは難しい。
しかし、万が一にでもリリアーナが本物の青薔薇の聖女だった場合は大損するわけで……。
「何も音沙汰がないってことは、二進も三進もいかない状態なんじゃないかしら」
それをいいことにのんびりさせてもらっているのが、今のリリアーナだ。
そしてルアネも、リリアーナが本物だと知りながら知らないふりをしてくれている。
リリアーナが戻りたくないと思っていることを、知っているから。
「まぁ、いいんじゃない? それで。もしも無理やり連れて行こうって言うなら、ハリーに泣きついてでも止めさせるから。安心してくれていいよ」
「ふふ。ありがとう、ノヴァ」
ハリーのことは苦手だろうに。
泣きついてでも止めさせると言ってくれる心強い味方に、リリアーナはふわりとやわらかな笑みを浮かべたのだった。
毎日はとてもにぎやかに、そして穏やかに過ぎていく。
こわいくらい幸せで、だからリリアーナはすっかり油断していたのだ。
「リリアーナ、ここにいたのか」
暖炉前に置いたロッキングチェアを揺らしながら、レースのリボンを編んでいた時だった。
外から帰ってきたハリーが、手紙を手に部屋へ入ってくる。
「リリアーナ宛てだ」
差し出された手紙を受け取った途端、リリアーナは氷漬けになったように固まった。
「……これ、は……」
声を震わせるリリアーナ。
ハリーは淡々と答えた。
「国王からの手紙、だな」
手紙を持つリリアーナの手が、ブルブルと震える。
真っ白な上質の封筒に施された封蝋は金色で、押されている紋章は王家のもの。
国王以外の王族では銀色の封蝋しか許されないので、これは間違いなく国王からの手紙ということになる。
「いったい、どうして……」
「神殿が間違いを認めないから、国王が動いたようだ」
「ああ、なるほど……」
リリアーナは何度も深呼吸して気持ちを落ち着けると、ハリーから渡されたペーパーナイフで手紙の封を切った。
ナイフをハリーへ返し、息をひそめながらそおっと便箋を取り出す。
国王の字は初めて見たが、読み手のことを意識した綺麗な形をしていた。
横で待機しているハリーへ見せると、間違いなく国王の筆跡だと言う。
宰相閣下の愛息子である彼が言うなら、国王からの手紙で間違いないのだろう。
ドキドキしながら、間違いのないように一字一字丁寧に読んでいく。
手紙の内容は、黒薔薇の聖女宛てでも青薔薇の聖女宛てでもなかった。
シュタッヘルを竜から守り、さらに彼らと親しくなった功績をたたえ、リリアーナを王子の誕生を祝福する儀式へ招待したい──ということらしい。
王子の誕生を祝福する儀式には、ごく少数ではあるが貴族も招待される。
その中の一人に、リリアーナは選ばれたのだ。
聖女として呼ばれたのであれば、追放されたことを理由に断ることもできた。
しかし、国王自ら、ただのリリアーナを招待したとあっては、断ることなどできない。
リリアーナのためならなんでもしたいハリーも、こればかりはどうすることもできず、出発の準備を整えることになったのだった。




