33*恋人たちの戦い
小一時間ほど祭りを見物したあと、二人は新市街にある小さな公園へやって来ていた。
旧市街に人が集中しているためか、いつも以上に閑散としている。
おかげでリリアーナは、人の目を気にせず練習に没頭することができた。
唯一困ることといえば、ハリーとの距離が近過ぎることくらいである。
(いい匂いがします……!)
倒れそうになるリリアーナをハリーが抱えるたび、体が密着する。
そのたびに香る清潔感のある匂いは、思わず吸い込みたくなるくらい心地よくて。
彼に他意がないのは明らかなのに、リリアーナは恥ずかしくてたまらなかった。
(ハリー様はフォローしているだけ、ハリー様はフォローしているだけ!)
うっとりしている場合じゃないと自身を叱咤するも、長くは続かない。
慣れた頃に気が抜けて転びそうになり、ハリーに助けられてポーッとしてを繰り返すリリアーナ。
なんとか形になっているのは、ハリーのエスコートが完璧だからに他ならない。
それでも、数時間も経てば多少は慣れてきて、足元を見なくてもステップが踏めるようになってくる。
最初はつないだ手のひらが汗ばんだらどうしようなんて緊張していたリリアーナも、途中で体を預けてしまった方が楽だと気がついて、最終的にはハリーに身を任せていた。
「問題は、ここからなのだ」
ステップが完成し、あと一時間でダンスの時間だという時。
会場である広場へ向かいながら、ハリーは神妙な顔で言った。
ただならぬ様子に、リリアーナにも緊張が走る。
「黒薔薇祭のダンスは、徐々にテンポが上がっていく。ついていけなくなったカップルは脱落していき、最終的に一組になるまでダンスは続けられるのだ」
「それで、『黒薔薇祭のダンスを踊りきった独身の男女は恋人同士になる運命』だというジンクスになるわけですね?」
黒薔薇祭のダンスは、息がぴったり合ったカップルしか残れない。
つまるところ、運命というより相性の問題なのだろう。
そして体力が限界を迎えた時、どれだけ支え合えるかも問題になってくる。
「ああ。だが、それだけではない。上位三組に残ったカップルには、特別な贈り物が用意されているのだ」
「特別な贈り物、ですか?」
「昨年は、宝石を贈られたそうだ。今年は何を用意したのか明らかになっていないが、うわさによれば、黒薔薇の聖女様が来た記念に予算が上がり、魔法石になったのだとか」
「それは……」
リリアーナはふと、宝石街灯を思い出した。
街灯に照らされたハリーの目はキラキラとさまざまな色に彩られ、とても綺麗だった。
またあの目を見られたら、どんなにいいだろう。そう思うと、俄然やる気が出てくる。
「宝石街灯」
「ん?」
「魔法石をもらえたら、宝石街灯を作ることは可能でしょうか?」
「魔法石の種類にもよるが……おそらく、なんとかなると思うぞ」
「そうですか」
リリアーナは足取りも軽く歩き出した。
つないでいたハリーの手を、今度はリリアーナが引いて歩く。
「リリアーナ?」
戸惑いの声で名前を呼ぶハリーに、リリアーナは笑顔で振り返った。
「がんばりましょうね、ハリー様! 一位は無理でも三位なら……いけそうな気がします!」
激励するように握っていた手に力を込めると、探るようにゆっくりと握り返される。
躍る時はもっとずっと近い距離にいたのに、これだけで真っ赤になったハリーの顔が、なんだかおかしかった。
***
黒薔薇祭の終わりを告げるダンスは、竜の鳴き声を再現した笛の音から始まった。
緩やかなメロディーが流れ、ゆったりと体を慣らすようにカップルたちは踊り出す。
ハリーが言っていた通り、徐々にテンポは上がっていき、一組、また一組と休憩スペースへ戻っていった。
最初に脱落したのは、老齢の夫婦だった。
脱落というよりも、ダンスを楽しんで満足したから休憩することにした様子で、手をつないだまま仲良く退場。
その後もベンチに座りながら幸せそうに語り合っていて──時折、仲睦まじげなカップルを指差しながら微笑んでいたから、昔話に花を咲かせていたのかもしれない──リリアーナはすてきな夫婦だなぁと思った。
二番目に脱落したのは、ノヴァの友人であるチャールストンだ。
長年拗らせていた初恋にピリオドを打ったと聞いていたが、どうやら成就していたようである。
盛大にずっこけて年上の恋人に介抱されながらの退場となったが、少年たちからやっかまれつつも幸せそうな様子だった。
奏者たちは容赦なく、演奏のスピードを上げていった。
侯爵家にいた頃のリリアーナだったら、とっくに息切れして倒れていたと思う。
どうやら、茨の城と市街を往復しているうちに体力がついたようだ。
半数ほどのカップルが脱落した今も、息切れすることなく踊れている。
「リリアーナ、まだいけそうか?」
「はい、大丈夫です!」
「無理はするなよ。女性パートは目が回りやすいから……」
男性パートと違い、女性パートにはターンがある。
クルリと回るとワンピースの裾がふわりと広がってきれいなのだが、男性側のサポートが不十分だとよろけてしまうらしい。
その点、ハリーのサポートは万全だ。
騎士であるハリーは体力も申し分なく、いつまででも踊っていられそうだった。
(脱落するとしたら、わたしのせいになりそうね)
これは、負けられない。
ハリーのあの目をもう一度見るためならば、少しのむちゃくらいはやってやろうと、リリアーナは覚悟を決めた。
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