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29*勘違いからはじまるデートの約束

 ハリーに内緒でルアネへ手紙を出した、数日後のことだった。

 その日も午後からせっせとコサージュ作りに勤しんでいたリリアーナは、朝から落ち着かなげにソワソワし続けているハリーのことを観察していた。


 窓際に寄せた作業机で二人は肩を並べ、コサージュ作りをしている。

 普段よりも幾分か作業ペースが遅れているハリーに、リリアーナは唇を引き結んだ。


(もしかして、こっそりルアネ様へ助言を求めたことがバレてしまった……?)


 もちろん、ルアネへ助言を求めることは悪いことではない。

 しかし、さんざん相談に乗ってもらっておきながら、結局はハリーではなくルアネを頼ってしまったことは、リリアーナを後ろめたい気持ちにさせていた。


 せめて一言声をかけておけば。

 そう思っても、もう遅い。


(どうしよう……謝るべき? でも、何て? ルアネ様を頼ってごめんなさい? でも、変よね……)


 悩むあまり、手がおろそかになる。

 せっかくまとめたパーツをワイヤーでまとめる前に落としてバラバラにさせてしまって、ふがいなさにリリアーナはため息を吐いた。


「すまない」


「え?」


 唐突に謝られて、リリアーナは隣を見上げた。


 ハリーはいたたまれなさそうに首の後ろを擦ると、目を伏せた。

 それから、溜め込んでいたものを吐き出すように、長い息を吐く。


「俺のせいで、リリアーナまで不安にさせてしまったな」


 まっすぐにリリアーナを見つめるハリーの瞳は、わずかに揺れているようだった。

 いつも余裕たっぷりな彼がそんな目をするのは初めてのことだ。


(それほどまでに追い詰めてしまったの⁉︎)


 だからだろうか。

 気のせいかと思うようなささやかな変化だが、リリアーナは不安でたまらなくなる。


(これ以上一緒にはいられないって言われたらどうしよう⁉︎)


 頭の中は、思いつく限りの最悪なことが駆け巡っている。


 どう答えるのが正解なのだろう。

 思い詰めるあまり、リリアーナの目からポロリと涙がこぼれる。


 これにはハリーも驚いた。

 ギョッと目を剥いたハリーは、椅子から立ち上がると、床に膝をついて、下からリリアーナの顔を見上げる。


「す、すまない! 泣くほど不安がらせるつもりはなかったのだが……とにかく、すまない」


 ハリーの謝罪はリリアーナの不安を煽るばかりだ。

 すまないと言われるほど、離れたいと言われているような気がして悲しくなってくる。


(わたしはなんてことをしてしまったのだろう)


 取り返しのつかないことをしてしまったと、リリアーナは今更ながらに後悔した。


「は、ハリー様……」


「うん。どうした?」


「もう、遅いかもしれないのですけれど……ごめんなさい。もうハリー様以外は頼りませんから……だから、いなくならないで……」


 膝の上に置いた手が、スカートを握りしめる。

 ギュッと握った拳の上から、ハリーの大きな手が覆いかぶさってきて──、


「リリアーナ、何を言っているんだ?」


 張り詰めた空気を裂くように、ハリーが戸惑いの声を上げる。

 ハリーは心底不思議そうな目で、リリアーナを見つめてきた。


(今度は頭が悪いって思われている?)


 一緒にいたくない理由がまた一つ増えてしまったと、リリアーナはますます悲しくなった。

 堪えていた涙がボロボロとあふれ出す。


「ハリー様は、わたしと一緒にいられないって言いたいのでしょう?」


 こうして手を握ってくれている今も、面倒だと思っているのかもしれない。


(早く泣き止まないと)


 グスグスと鼻を鳴らしながら答えるリリアーナは、やはり自分はサティーナが言うとおりないない尽くしの令嬢なのだと思った。

 気品などかけらもない無様な泣きように、悲しいだけでなくみじめな気分にもなってくる。


「……なにをどうやったらそんな風に思うのかわからないが……とりあえず、そういう話ではないから安心してくれ」


「え、ちがうの……?」


「ああ、違う。こんなに不安がらせた上で言うのも恥ずかしいのだが……」


 言いながら、ハリーは指の腹でリリアーナのまなじりを擦った。

 震えるまつ毛から、雫が落ちる。


「一緒に行きたい場所があるんだ。今朝からずっと、どう誘おうかと悩んでいて……その……もしかしたらデートだとからかわれるかもしれなくてだな、もちろん違うと言うつもりだが、行きたい場所が場所なもので、勘違いされる恐れが大いにあるわけで──」


 ハリーは、普段の彼からは想像ができないくらい饒舌だった。

 動揺しているせいかやけに早口で、捲し立てるように話す。


 堂々としていて、いつも余裕があるように見える、大人なハリー。

 そんな彼が、リリアーナの前でみっともない姿をさらしている。


 話す言葉がどれも言い訳めいて聞こえるのは、リリアーナが人付き合いに慣れていないせいだろうか。

 本心ではその通りであってほしいと願っているように聞こえてしまうのは、リリアーナの気持ちがそうさせているのかもしれない。


「ハリー様」


 延々と続きそうな言い訳を、リリアーナは遮った。


「ああ、なんだろうか?」


 リリアーナの手を握るハリーの手が、ビクッと強張る。

 まるで、悪い知らせを待つかのようだ。


(そんなわけ、ないのに)


 甘やかすことに長けた彼は、甘えることには慣れていないらしい。

 普段外出に誘う時はこうならないから、よほどデート向きな場所なのだろう。


(勘違いされてもわたしと行きたい場所って、どこかしら?)


 さぞロマンチックな場所なのだろう。

 どんな場所なのか、リリアーナは興味津々だ。


「ハリー様はわたしとデートがしたくて、誘うタイミングが見つからなかったから、ずっとソワソワしていたということですか……?」


「でっ⁉︎ ……いや、まぁ……そう、だな。うん。そういうことに、なる」


 身も蓋もないリリアーナのストレートな物言いに、ハリーはヘナヘナと頭を下げた。

 いつもは見えない、彼のつむじがリリアーナの目に入る。


 リリアーナはそろりと伸ばした手で、ハリーの髪を乱すようにくしゃりと撫でた。

 乱れた髪を撫で付けると、かすかに触れた耳がくすぐったかったのか、ハリーは「くふ」と子犬のような声を漏らす。


 取り乱す彼を見たあとだからだろうか。

 妙にかまいたくて仕方がない。


(ハリー様は、いつもこんな気持ちなのかしら)


 何度もやりたくなる気持ち、わからなくもない。

 されるがままにおとなしく身を任せているハリーは、まるで大型犬が甘えているようで、リリアーナはギュッと抱きしめたくてたまらなくなる。

 けれどそんなことをすれば、紳士なハリーはやんわりとリリアーナを遠ざけるだろうから……リリアーナは先ほど出たデートの話題を出すことにした。


「デート、どこへ行きたいのですか?」


「シュタッヘルの旧市街だ」


 旧市街は、アンティークな雰囲気がすてきな場所だ。

 ここにある手芸店はめずらしい糸をたくさん取りそろえていて、リリアーナは何度も足を運んでいる。


 それは一人だったり、ハリーが一緒の時もあった。

 だから今更、恋人と勘違いされるなんてことはないはずなのだが……。


(もしかして、ハリー様は誰かからからかわれたのでしょうか?)


 考えてみれば、ハリーは結婚適齢期の男性だ。

 浮いたうわさの一つもない理由が、一つ屋根の下にいる侍女や聖女にあると勘繰られてもおかしくはない。


 そういえばここ最近、一緒に外出する回数がめっきり減っていたとリリアーナは思い出した。

 単純に時間が合わなかっただけなのだが、一緒にいない理由を「二人が恋人になったせい」「意識しているせい」だと言いそうな人物が数名は思いつく。


「ハリー様……」


 リリアーナが憐れみの表情でハリーを見ると、ようやく立ち直ってきたのか、いつもの彼が穏やかな微笑みを浮かべて見返してきた。


(わたしに関しては、驚くほど過保護なハリー様のことだもの。ただの軽口からも守ろうとするあまり、空回りしてしまったのかもしれないわ。ハリー様の名誉のためにも、しっかり否定してこなくては!)


「デート、頑張りましょうね」


 言いながら、リリアーナはひそかに闘志をみなぎらせるのであった。


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