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28*黒薔薇の聖女と黒の竜

 それから二人は毎日コツコツとコサージュを作っていった。

 最初は市場(マーケット)でお世話になった人たちにお礼として──もちろん、「いつも良くしてくれてありがとう、これからもよろしくね」という下心たっぷりな賄賂である──配っていたのだが、ノヴァの熱心な宣伝が功を奏したのか、最近では予約で手一杯な状態だ。


 秋はすっかり深まり、黒薔薇(ローズノワール)の館を囲む蔦薔薇は見事な花を咲かせている。

 庭で花見をしたい気分ではあるが、それどころではないのが現状だった。


「まさか、こんなに人気が出るなんて……」


「うん。僕も予想外だったよ」


 そう言うノヴァの胸には、リリアーナお手製の黒薔薇のコサージュがついている。

 彼のコサージュは、黒のミニ薔薇を集めて作った小ぶりなものだ。子どもながらに忙しそうにしている彼のため、健康を祈願しながら咲かせた薔薇を使っている。


 うれしさをにじませながらも困り顔をするリリアーナ。

 そんな彼女の肩を、ノヴァはねぎらうようにヨシヨシと撫でた。


「予想外って……ノヴァの宣伝のおかげなのに? シュタッヘルの人たちの黒薔薇好きは筋金入りなのね」


 リリアーナは今ではすっかり、【黒薔薇の聖女様のところの侍女】として有名になっていた。

 外を歩けばすぐに呼び止められ、「聖女様によろしくな」と陽気に声をかけられる。

 ここまで周知されるともはや聖女本人であるとは言い出しにくく、このまま侍女として生きていこうかなぁなんて思うほどだ。


 あまりに人気が過ぎて、エッセンシャルオイルもローズオイルも実験する余裕すらない。

 そのうちに市場で店を持つようになるのではないだろうか。

 聖女の副業は、ルアネを見る限り可能なようだが。


「それももちろんあるけど……それだけじゃあないんだよ」


「そうなの?」


「聞いたことない? 街でうわさになっているよ。聖女様のコサージュを身につけていると、ちょっと良いことが起こるって」


 コサージュを作る手を止めて、リリアーナはノヴァを見た。

 その顔には、「なにそれ?」と書いてあるようである。

 ようやく視線を合わせてもらえたノヴァは、嬉しそうに足をブラブラさせながら言った。


「僕が知る限りで言えば、チャールストンは長年拗らせていた初恋にピリオドを打ったし、アイスバーグは嫌いな食べ物を一週間食べずに済んだ。イントリーグは道端でコインを拾ったし、ロージーは二週間連続で髪のセットがうまくいっていて、エリナはニコールと前より少しだけ仲良くなった」


 指折り数えて語るノヴァの話を、リリアーナは半信半疑で聞いていた。

 チャールストンの恋が成就したのかどうか気になるところだが、他はまぁまぁ良さそうな話ではある。

 それらすべてが、コサージュのおかげなのかは怪しいところだけれど。


「ノヴァは? なにか良いこと、あった?」


「僕?」


 ノヴァはうーんとうなりながら腕を組んだ。

 真っ青な空を見上げ、「そうだなぁ」とぼんやりつぶやく。


「あえて挙げるなら、前より早寝早起きが身についたことかな」


 なんとも子どもらしい答えに、リリアーナはほっこりした。

 ノヴァの純粋そうな笑みにつられるように、ヘニョリと笑う。


「よく眠れているのなら良かったわね」


 元気そうでなによりだが、リリアーナの疑惑を晴らすには至らない。

 練習のための花とは違いノヴァの花は意図して咲かせただけに、効果の薄さが気になる。


(おかしいなぁ……)


 早寝早起きも、健康のために必要なことだ。

 でもだからといって、コサージュのおかげだとはリリアーナは思えなかった。


(花を咲かせる時に願い事をしなければただ花が咲くだけってルアネ様は言っていたそうだけれど……願い事をしてもこの程度なら、黒薔薇の祝福って大したことがないのかも)


 ハリーの羽化は、偶然が重なっただけだったのではないか。

 この世のものとは思えないあの夜は、幻想的すぎるがゆえに、夢だったのではないかとリリアーナは思ってしまうのだ。


 何より心配なのは、歴代の黒薔薇の聖女たちが御していたという竜の存在だった。

 黒薔薇の館にあった日記を見るに、彼女たちは黒薔薇の祝福によって竜を御していたそうだが、リリアーナの力が及ばなかった場合、シュタッヘルにどんな危機が訪れるのか。


(考えるだけでも恐ろしい……)


 今のところ一頭だって出会ったことがない竜だけれど、だからこそ何かが起こりそうで怖い。

 今が穏やかであればこそ、手痛いしっぺ返しがくるのではないかと、リリアーナは不安になってしまうのだ。


「ねぇ、ノヴァ。あなたは竜を見たことがある?」


「あるよ。僕の家は果物屋だからね。隣国に仕入れに行く時もあるんだ」


「そうなんだ。竜って、その……どんな感じなの?」


「どんな感じ……? うーん、そうだなぁ。見た目はそのまんま、羽が生えた巨大なトカゲって感じだよ。フランツェ山脈には数種類の竜が生息していて、シュタッヘルの近くに生息しているのは主に黒い竜。たまに落とす鱗は黒真珠みたいにキラキラしていてね、アクセサリーに加工したりもするんだ。でも、吐く息に毒が含まれている種類だから、近寄るのはおすすめしないかな」


 ノヴァは軽く話しているが、リリアーナはちっとも安心できなかった。

 頭の中ではぐるぐると、毒の息を吐く竜が旋回している。


「どうしても触ってみたいなら、赤とか黄色の竜がいいらしいけど……って、おねえさん、大丈夫?」


「だって、毒だなんて……」


「そんな顔をしないで、おねえさん。今は黒薔薇の聖女様がいるんだから、大丈夫だよ」


 青ざめたリリアーナを元気づけようと、ノヴァの小さな手が彼女の手をぎゅっと握る。

 安心させようとしているはずのそのしぐさは、しかしリリアーナを不安にさせるだけだった。


「でも、聖女様だってただの女の子なのよ。花の祝福を使えるだけで、なんでもできるわけじゃないの。怖くて、立ち向かえない可能性だってある」


「そういう時のために、新市街や茨の城は武装しているわけでしょ。街の人たちだって、定期的に避難訓練している。だからおねえさんは、安心して僕に守られていたらいいと思うよ! …………ねぇ、今の僕、かっこよかった? かっこよかったよね、おねえさん!」


 はしゃぐノヴァへ、リリアーナは心ここに在らずな様子で「うん」と答えた。

 キャッキャと抱きついてくるノヴァを抱きとめながら、リリアーナは思う。


(黒薔薇の祝福も満足に使えない私が、竜を抑えることなんてできるの?)


 のんきにコサージュを作っている場合ではないかもしれない。


(練習は毎日欠かさずやっているけれど、言われていることをやるだけでは不十分なんじゃ……)


 なにせリリアーナは、ないない尽くしの令嬢だから。

 鳴りを潜めていたはずの弱気な自分が顔を出す。


 一度、ルアネに相談の手紙を送った方がいいかもしれない。

 過保護なハリーのことだ。今は時期尚早だと、言い渋っている可能性もある。


(黒薔薇の聖女として頑張ってみたいと言った時、ハリー様はまだ早いって言っていたもの)


 さっそく今夜にでも手紙を書こうと、決意するリリアーナだった。


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