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18*聖女宛ての手紙

 館へ近づいてみると、リリアーナはドアに何かついていることに気がついた。

 貼り付けられているのは真っ白な封筒で、『聖女様へ』と書いてある。


 リリアーナはドアから封筒を剥がすと、裏返してみた。

 差出人の名前はなく、封もされていない。

 中に入っていたのは、一枚のカードだった。


「花の聖女の証を示してください。証が示せない者に扉は開きません……?」


 英雄譚(えいゆうたん)にありそうな一節だ。

 剣を抜いた者が勇者になるとか、合言葉を言わないと先へ進めないとか。


「証を示したら、扉を開けてくれるのかな」


 リリアーナは、黒薔薇(ローズノワール)の館の鍵を持っていない。

 となると、持っているのはハリーだ。


「つまり、ハリー様のしわざ?」


 チラリと振り返ると、ハリーはせっせと荷物を下ろしていた。

 袖をまくった腕にある太い血管に、吸い寄せられるように視線が向かう。

 少しの間見惚れるように見入って、御者の怯えるような視線にリリアーナは我に返った。


(貴族令嬢たるもの、不躾に見るのはよくないわ、うん)


 言い聞かせるように頷きながら、リリアーナは再び扉を見た。

 物は試しとドアノブを捻ってみたけれど、当然ながら鍵は閉まっている。


「花の聖女の証といえば……」


 やはり、花だろう。

 リリアーナは黒薔薇の聖女だから、カードの内容を直訳すると「黒薔薇を咲かせないと開けないよ」になる。


「うーん……」


 リリアーナは悩んだ。


 正直なところ、リリアーナは黒薔薇を咲かせたくなかった。

 だって黒薔薇は恐ろしい花だ。ハリーには感謝されたが、リリアーナはまだ、この祝福(ちから)を受け入れがたく思っている。


 問題を先延ばしするように、リリアーナは振り返った。


 リリアーナがどうしてもいやだと言ったら、ハリーは諦めて鍵を開けてくれるかもしれない。

 そんな甘い希望を抱きつつ見た彼は、荷物を下ろし終え、問題がないかどうか確認作業に入った模様。

 リリアーナの視線にすぐに気がついたハリーは、


「もう少し時間がかかりそうだ。だから、入れそうなら先に入って待っていてくれ!」


 と手を上げて応えた。


 やはり、ハリーのしわざなのだろう。

 大人な彼のことだ。リリアーナが黒薔薇の祝福に苦手意識を持っていることに気がついていて、だからこんなことを仕掛けてきたに違いない。


「入れそうならって……つまり、そういうことよね?」


 リリアーナが苦にならないように。

 子どもが好きな英雄譚になぞらえて、このサプライズを用意したに違いない。


 荷物の確認をしているふりをしながら、リリアーナが黒薔薇を咲かせられるかハラハラしながら見守っているのだろう。


 やらなくちゃ。

 リリアーナはキュッと唇を引き結んだ。


「ハリー様は、わたしとやりたいことがいっぱいあるって言っていたわ」


 この不思議な指令も、そのうちの一つなのだろう。おそらくは。


 リリアーナは腕まくりをすると、スカートの汚れを払い、準備万端で手を組んだ。

 鼻から息を吸い込み、口から吐き出す。

「大丈夫、大丈夫」と成功するように自分を励ましながら、リリアーナは女神に祈った。


 すると、玄関のドアの周りをぐるりと囲んでいた、薔薇の蔦についていた蕾がふっくらとし始めた。

 外側の花弁が弾けるように外へ開き、内側の花弁が外へ向かって膨らんだかと思えば、一気に花開く。


(……!)


 リリアーナは鍵が開いたときのようなかすかな音を聞いて、ゆっくり目を開いた。

 恐る恐るドアノブに手をかけると、キィっと音がして難なくドアが開く。


「どんな早業を使ったのかしら……?」


 さすが、近衛騎士団第二小隊の副隊長様だ。

 すごいなぁと感心しながら、リリアーナはおずおずと館の中へ足を踏み入れた。


 中へ入ってみると、室内は長年放置されていたとは思えないくらい綺麗に整えられていた。

 オールドローズの壁紙に、経年でこっくりとした飴色に染まった床。敷いてある絨毯(じゅうたん)や置いてある家具にも薔薇模様が入っていて、さすが黒薔薇の館といった風である。


 歴代の黒薔薇の聖女たちは、センスが良い人たちだったらしい。

 少なくとも、リリアーナとは趣味が合うようだ。

 まるで昔から知っていた場所かのように、リリアーナの緊張は(ほど)けていった。


「すてきなおうち。本当にわたしなんかが住んでいいのかな? 出ていけと言われても、行くあてなんてないのだけれど」


 そびえ立つ塔を見上げていた時は、冷たくて息が詰まりそうな場所だと思った。

 黒薔薇の聖女になってしまった自分はいい。だけど、こんな場所へハリーを縛り付けることになるのだと思うと、リリアーナは申し訳なさしかなかった。


(今からでも遅くないわ。こっそりハリー様を逃してあげよう。戻りさえしなければ、気づかれることもないはず)


 黒薔薇の館を見るまでは、そんなことを思っていたくらいだったのに。


「こんなすてきなところで生活できるなんて、夢みたい」


 手の甲を(つね)ると、当たり前だけど痛かった。

 夢じゃない。それがなんだかおかしくって、リリアーナはクスクスと笑う。


 リリアーナは初めて、黒薔薇の聖女になれて良かったと思った。

 みんなは、黒薔薇の聖女を追放して安心できる。リリアーナは、すてきなおうちで穏やかな生活ができる。

 双方にとって、これ以上ないくらい良い結末だ。


「黒薔薇の祝福を積極的に使う気にはなれないけれど……ずっとここにいたいから、頑張ってみようかな」


 その日リリアーナは少しだけ、ほんの少しだけではあるけれど、黒薔薇の聖女としての自分を受け入れたのだった。


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