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01*なにかが変わる日

2022年、一作目の新連載。

そして、初めての聖女ものです。よろしくお願いします!

 決して、物音を立ててはならない。

 決して、部屋から出てはならない。


 それが、ソワレ侯爵家の二女であるリリアーナに課せられた決まり事だった。


「ちょっと! いつまで、部屋にいるつもり⁈ 今日が何の日か、わからないほどあんたは馬鹿なわけ?」


 扉の向こうから聞こえてきた金切り声に、ベッドの端へ腰掛けていたリリアーナは、ビクッと体を竦ませた。


「も、申し訳ございません、サティーナ様……」


 姉のサティーナから声をかけられたのは、いつぶりだろう。

 前回声をかけられたのは、部屋の中で本を落としてしまった時で、その時は「物音を立てるな」と手の甲をきつく(つね)られた。


 すっかり存在を忘れられているものと思っていたリリアーナは、覚えていてくれた姉に謝罪の言葉を返しながら、忘れられていなかったのだと、内心嬉しく思った。


「なんだ、起きているんじゃない。支度、済んでいるのでしょうね? まさか、今の今まで寝ていたなんてこと、ないわよね」


「は、はい。支度はできています。でも、いつ出て行ったらいいのかわからなくて……」


 リリアーナの部屋に、窓はない。

 時計もないため、今がいつなのか、リリアーナ自身が知る術はなかった。


 サティーナが言う『今日』がわかるのは、食事を運んでくれたメイドが、


「明日は絶対に寝坊なんてしないでくださいよ。そんなことをしたら、私がサティーナお嬢様から叱られるんですからね」


 と嫌そうに顔をしかめながら言ったから。

 リリアーナはメイドがサティーナから叱られることのないように、絶対に寝坊しないようにその時から寝ないで待っていたのである。


 サティーナへ従順に答えてはいるものの、リリアーナは今日が何の日なのかさっぱりわかっていなかった。

 しかし、質問すればまた手の甲をきつく抓られるにちがいない。


 爪を立てられた皮膚がギリギリと傷つけられていく感覚を思い出して、リリアーナは怯え、手の甲を守るように胸へ抱いた。


(大人しく従っておけば放っておいてくれるのだから、そうすればいい)


 リリアーナは小さく首を振りながら、質問したい気持ちをグッと飲み込んだ。


「言い訳とか、いいから。デラニー叔母(おば)さまが待っているわよ。ないない尽くしの出来損ないのくせに、人を待たせるなんていいご身分ね」


「申し訳、ありません……」


「あんたの謝罪に、価値なんてないわ。私は行くけど、百数えるまで出てこないでよね」


「は、はい。わかりました」


 一、二、三……と。

 リリアーナはサティーナに言われた通りに数を数え始めた。


 こうして数を数えるのは、リリアーナの姿をサティーナが見ないようにするためだ。

 サティーナにとってリリアーナは恥ずかしい存在で、目にするだけで多大なストレスを感じ、寝込んでしまうらしい。


 リリアーナは、世間では【ないない尽くしの令嬢】なんて呼ばれているそうだ。

 何を隠そう言い出したのはサティーナなのだが、リリアーナは知らない。


 いっそのこと家から追い出してくれてもいいのに、と思うことはある。

 けれど侯爵家としての矜持が、それを許してくれない。


 どうやったらここから逃げ出せるのだろうと考える時期は、とうに過ぎた。

 今はただ、与えられた二つの約束を守ることのみ。


 サティーナはこの家にとっても、国にとっても大事な存在だ。

 そんな彼女の気分を害する者は、たとえ妹であっても許されることではない。

 だからリリアーナは今日も、彼女に従うほかないのである。


「九十八、九十九、百……」


 数を数え終えたリリアーナは、音を立てないよう静かにベッドを降りた。

 慎重に扉へ向かい、念のために耳をつけて外の音を確認したあと、ゆっくりと扉を開く。


 分厚い扉はギ、ギギと音を立てながら、少しずつ開いていった。

 開いた隙間から徐々にまばゆい光が差し込み、薄暗い部屋を照らす。


 開いた扉の幅がリリアーナがすり抜けられそうなくらいになった時、彼女はヒョコリと顔だけを出してみた。

 もうどれくらいぶりかもわからない。それでも記憶にある以上に煌びやかな廊下が、扉の向こうに広がっていた。


 そして、思う。自分の部屋は、廊下より質素な場所なのだと。

 豪華な廊下に、目がくらみそうになる。

 こんなに綺麗な廊下と自分の部屋がつながっているだなんて、何度見ても信じられなかった。


 リリアーナは恐る恐る、廊下へ足を踏み出した。

 ピカピカに磨き上げられた廊下は、歩くことさえためらわれる。


「でも、行かなくちゃ。デラニー叔母さまが待っていると、サティーナ様が言っていたもの」


 叔母のデラニーはおそらく、応接室かエントランスで待っているはず。

 この部屋からだとエントランスの方が近かったと、リリアーナは記憶していた。


「たしか、こっちだったよね……?」


 リリアーナはかすかな記憶を頼りに、自信なさげにトボトボと歩き出したのだった。


読んでくださり、ありがとうございます。

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