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やさぐれ男の越冬記  作者: 青色蛍光ペン
6/7

6:クリスマスイヴは更に冷え込んでいく

12月24日午後6時13分。

木山は、高橋の胸ぐらから手を離せない。手を離せばここまで期待させておいて氷川を裏切った自分を許せなくなる。だが、このまま睨み合いを続けると、高橋が何を言い始めるかわからない。高橋が動く前に、何か策を考えなければならない。しかしどれだけ考えてもこの状況をひっくり返す策は浮かばない。


「…手を離してくれ」


「いや、できない。それと高橋、お前はもう少し人の心の内を考えるべきだ」


「…そうか。でもな木山、俺はお前よりかは人の心の内を分かっているつもりだ」


「…何が言いたい」


「木山には自分の心の内の事でさえ把握できてないだろ? なんで普段他人と関わらずに教室の隅で本ばっか読んでるような人間がいきなり他人の願いを全力で叶えようとするのか…。なんでそのために川野さんに告白までするのか…」


「やっぱり知ってやがったか」


「クラスのビッグニュースになってるからな。あと、木山はこんな真似するような人間じゃなかっただろ」


胸ぐらを掴む木山の手にゆっくりと手をやりながら高橋は続ける。


「氷川さんを『ただのクラスメイト』だと考えているのなら、木山にはあり得ない話の数々だと思わないか?」


「それ以上喋るな…!」


「いや、俺は黙らない。木山、お前氷川さんの事が好きなんだろ?」


危険を感じて咄嗟に止めようとしたが、高橋は全てを暴露した。多分、自分でもだいぶ前から気付いていたのかもしれない。それを誤魔化して、この想いが小さい内に潰すために無意識のうちに高橋と氷川をくっつけようとした。だからここまで必死になれた。しかし、高橋に気付かされてしまった。それも氷川の目の前で、だ。

重かった空気がさらに重たくなったかのように感じる。木山はそっと高橋の胸ぐらから手を離す。もはやここから策を考える気力さえ起こらない。重い空気を断ち切るように、氷川が恐る恐る口を開く。


「木山…君…?」


「……くそっ…!」


氷川の言葉を合図に、木山は駆け出してしまう。どこか遠くへ、とにかくここから遠くへ行かなければならない。遠くへ行っても何も変わらないのだが、それでもこの場所から1センチでも距離を取りたかった。


「ちょ、木山君!?」


「…追ってやってくれ」


「え…?」


「振っておいて図々しいのは分かっている。それでも木山のために行ってやってくれ。それに俺が行っても多分無駄だからな」


「わ、分かった!」


氷川の姿が視界から消たのを確認すると、掴まれてくしゃくしゃになっていた服を軽く整えてからツリーの前のベンチに座る。木山はそれどころではなかったのだろうが、割と高橋はギャラリーの視界を感じていた。事態が終わったと判断してそのギャラリー達も1人、また1人と散って行き、あっという間に辺りが再びクリスマスムードに侵食される。


「…少し言い過ぎたかもな」


ぽつりと呟いてみる。それが木山に届くわけでも、高橋がやった事が洗い流される訳でもないが、自然と口から溢れていた。多分木山の独り言の癖が移ったのだろう。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「はぁっ、はぁっ、くそっ、どこだよここ…!」


とにかく走った。自転車を一旦取りに行くなんて考える暇すらなかった。体力テストの結果が全国平均の中の下ほどの成績だった木山にしてはあり得ない程のスピードで道路を駆け抜けていった。そして気づいたらどこなのかもよく分からない細い道の街灯の下で立ち止まっていた。街灯にもたれかかり、呼吸を整えながら癖の独り言が口から流れ出す。


「にしても、本格的に氷川に顔向けできなくなってしまったな」


冬休み明けに教室で会ったりすれば多分気まずさで心臓が潰れてしまうだろう。氷川だって、こんな最低な人間なんか視界にすら入れたくないだろう。ならばいっその事…。


「木山君!」


細い道に響き渡る声。顔を見ずとも分かる。今1番会ってはいけない人物が木山の後ろに立っている。木山は再び駆け出そうとするが、足が震えて前に進めない。もはや逃げる事すらできないとは、情けなさで死にたくなる。仕方なく、ゆっくりと氷川に向き直る。


「…氷川か。何しに来た」


「木山君、意外と…、足速くって…」


息を切らす氷川に、むしろこっちのセリフなんだがな、と心の中で切り返す。いくら木山があまり運動が得意ではないとは言え、男子生徒の長距離全力疾走に、帰宅部の氷川が着いてきた事の方が驚きだ。だが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「なんというか、悪かったな。色々」


「いや、別に私怒ったりなんか…」


「だが、安心しろ。高橋と付き合うのが無理になったからと言って、俺はお前に近付いたりは決してしない。なんなら、今まで以上に距離を取ると約束する」


「私別に…」


「お前がもし望むなら、学校辞める事だって…」


「やめてよ! ねぇ!」


氷川の言葉を遮って話し続ける木山に、ついに氷川も限界を迎えたらしい。目に涙を浮かべながら今度は氷川が話し始める。


「木山君が言ってる事、色々おかしいよ! なんで、なんで私の告白のサポート頼んだだけなのに…、木山君が振られてるの? なんで木山君がこんなに傷ついてるの?」


「俺は別に…」


「正直分かってたよ、木山君の案が失敗することぐらい。それでも、ちょっとだけ期待して、全部任せたのは私なのに…。それなのに、全部木山君が背負ってるのはやっぱりおかしいと思う」


「別におかしくねぇよ。あと、傷ついてなんかねぇよ…」


「それは嘘だよ、木山君。いくら木山君でも、告白して振られちゃったらやっぱり傷つくよ」


氷川は一歩、二歩とゆっくりと木山に近付いてくる。そして木山の目の前で立ち止まると、手袋をつけた右手を木山の左肩にそっと乗せる。


「あくまでも私の問題なのに、ただ手伝いを頼んだだけなのに、なぜか木山君が振られて、自分の秘密を引っ張り出されて、クラスのみんなに笑い者にされて…。こんな理不尽な事って無いよ…!」


氷川は優しい女の子だ。本当に優しい。木山の目を見据えて話す氷川を見て木山はそうひしひしと感じた。だが俺は知っている、と木山はぐっと拳を握りしめる。この優しさは本心では無い。あくまでも氷川の心の中の罪悪感を消すための優しさ、言うなれば氷川のための優しさなのだ。100パーセントの優しさなんてこの世に存在しない事を、木山は知っている。だからこの氷川の優しさも偽物だ。

その優しさを受け入れると多分木山は楽になれるだろう。氷川も楽になれるだろう。だが、そんな幻想にすがりつくような行為は絶対にしない。したくない。だからこそ今は悪魔となって彼女を拒絶するのだ。しなければならないのだ。


「…理不尽なんかじゃない。こんなの、理不尽の一欠片にすら入らねぇよ。これが俺の生き方で、俺のやり方なんだ。だからこれもただの自業自得だ。むしろ振られた事に関しては、元々そうなるように仕向けた」


「でもっ…!」


「やめろよ、そういうの」


乾いた笑みを浮かべて氷川の顔を見る。こんなに可愛くて、こんなにも人に優しくできる女の子、誰でも好きになってしまうだろうな、と心の中で呟く。だが、その先に踏み込むのは木山の役目ではない。人の事を好きになっても、どうせそのうち拒絶されるのだ。だったら拒絶される前に引き返すのが最善の考えだろう。そうすれば拒絶された時のショックを受けずに済むのだ。そして、そのためには嫌われてしまうのが1番手っ取り早い。悪党になるのはもう慣れている。すぅ、と息を吸って、一気に言葉を吐き出す。


「そうやって無理に嫌いな人間に天使ぶって手を差し伸べて、それで人を救った気になって満足感を得ているような偽善者が俺は何よりも嫌いだ…!」


「え…、それってつまり、私が木山君を嫌ってるって事…?」


「そうだろ。ろくに期待に添えれずに、挙げ句の果てに作戦に失敗したら自分の事が好きでした、なんて。俺なら気持ちが悪くて吐き気がする。だからそんな偽善で俺に関わるぐらいなら、もう二度と俺に関わるんじゃねぇ…!」


頬を切り裂くような寒さの空気が、さらに冷え込んだような気がした。


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