4:主人公は悪党の苦悩を何も知らない
「おい、氷川」
「うわぁっ!? って、木山君じゃん。どうしたの?」
何今の反応。ホラー映画の役者もびっくりなリアクションだった。今のが本当に素の反応だったのなら、ホロホロとメンタルが崩れ落ちていきそうだ。
「ちょっと話したい事があるんだが、いいか?」
「あ、うん。いいよ」
そして一旦2人で図書室前の廊下に移動する。ここはあまり人が通らないから人に聞かれたく無い話をするのにはうってつけだ。もちろん、これも一時期は休み時間に図書室に通っていた木山だからこそ知っている事である。そして到着するなり氷川から口を開く。
「颯斗が何か言ってたの?」
「ああ、言ってたな。隣のクラスの川野さんが好きだってな」
「…えっ?」
「とりあえず現実を見ろ。少なくとも今の高橋はお前の事を見てはいない。見てたとしても、『木山に絡んでる物好きの女子』ってところだろうな」
「そんな…」
「そんなも何も、これが現実なんだ。しっかり受け止めろよ」
「ちょ、なんでそんな言い方ができるの!? いくらなんでも酷いよ!」
一歩踏み込んで口を荒げる氷川に落ち着け、とジェスチャーするが、次また変なことを言えば殺す、とひしひしと伝わってくる。一つ咳払いを挟んで一歩引いて距離感を戻しつつ、木山は説明を続ける。
「まあ落ち着け。俺だっておちょくるためにこんな場所に引っ張ってきたわけじゃない」
「なら最初から言わなきゃいいじゃん…」
「それはもういいだろ…。とにかく、今の状況は袋小路に続く一本道を敵に追われている状況と同じようなものだ。まぁ、率直に言えばどうしようもないってやつだな」
「またすぐそうやって変な例え使う…。まぁでもそうだよね」
「まぁそう落ち込むな。こんな言い回しにしたのもちゃんと理由がある。打開策を提案しに来たんだ」
「どうせあれでしょ? 後ろから追ってきている敵を倒しちゃえば問題ないってやつでしょ?」
どうやら氷川は木山としばらく話す内に、彼の一つ捻った考え方がある程度読めるようになったらしい。しかし、いい線はいってるが、まだ少し足りない。
「惜しいな。それだと敗北するリスクを背負うことになる。相手は誰だか分かってるのか?」
「わ、分かってるよ。川野さんって言えば、サッカー部のマネージャーで、優しくて、明るくて、可愛くて、勉強もできる。なんでもできちゃうって噂だよね」
「そうだ。そんなのを敵として相手にしてみろ。次の日から居場所なくなるぞ」
「じゃあどうするのよ」
「囮を使う。囮で気を引いている間なら安全に反対方向に逃げれるだろ?」
「でも囮なんて…、まさか木山君…!?」
「そうだ、俺が囮を引き受ける」
「ちょ、ちょっと! 流石にそこまで任せられないよ」
「いや、大丈夫だ。なんなら囮だけじゃない。川野 咲を潰す」
「余計にダメだよ!?」
「あと、何か勘違いしてるのか知らないが、潰すとは言っても別に川野に暴力振るったり、嫌がらせして不登校、とかそういうのじゃないからな?」
「え、違うの…?」
どうやらそれ以外パッと思い浮かばなかったらしいですね氷川さん。女子って怖い。いやほんと女子怖い。
「そういう事をせずに、高橋が川野に近づけなくなる方法が1つだけある」
「まさか、木山君…」
「そのまさかだ。俺は川野に告白する。そして付き合ってもらう」
「ちょ…、流石に無謀じゃない? いくらなんでも成功するわけないよ」
「いや、確実に成功させる。決行は12月16日だ」
「どこからその自信湧いてくるのよ…。あとなんで16日?」
「12月16日がなんの日か知ってるか?」
「えーっと確か、期末テストの最終日?」
「そうだ。点数足りなくて追試になる奴を除けば、残すはテスト返しのみとなる。そしてその後は冬休みが待っている。大体の奴は、冬休みが目前に迫ってウキウキワクワクし始める。だから、その心の隙を突く」
「いやぁ、流石にそれだけじゃ顔も知らない男子と付き合うのは厳しくない?」
「策はまだある。『冬休みが終わるまで』と条件をつける。さらに金も出せるとアピールする。顔より財が好きな女子なんて山のように居る。川野もそれに含めて問題はないだろう。そして、冬休みが終わるまで、という条件があるから、搾れるだけ金を搾りとってから別れればいいだろう、という考えも生まれやすいはずだ」
「木山君、最低だね…」
「キングオブニュートラル舐めんなよ。とにかく、成功したら後はお前次第だ。冬休みの間に決着つけろ」
作戦も半ば強引に決まった事だし、後は実践して氷川次第、と言うところか。いつから自分はこんなに利他的な人間になってしまったのだろうか。
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12月16日。テスト最終日である。木山は誰よりも早く教室に到着し、隣のクラスに侵入してラブレターを川野の机に入れておく。出席番号さえ調べてしまえば、出席番号順に座らされるテストの日に特定の人物の机にラブレターを仕込む事はそう難しくはない。
テストは何事もなく終わり、急いで川野を呼び出した図書室前の廊下に向かう。川野が来ない可能性というのもテスト中にふと頭をよぎったが、それはないだろう。川野がラブレターを発見すると、間違いなく周りの友人たちに冷やかされるのは目に見えている。そして送り主の姿を一目見よう、となるはずだ。こればかりは川野がどうでもいいと話してもその取り巻きが納得しない。机の中のラブレターで呼び出しなんて古典的な方法を取る人間が気にならないはずがないのだ。なぜなら高校生の好奇心は怖い。多少危険な事でも、好奇心が上回る。それこそ木山程のひねくれ者でもない限り。だから必ず川野はここに来る。が、しかし…
「遅い、10分は過ぎてるぞ…。やっぱ女子ってのは時間にルーズなもんなのか?」
こうして待っていると、ラブコメの主人公にでもなったような気分になる。しかし、主人公は俺じゃない。そう自分に言い聞かせる。主人公は女子2人が絡んでいる高橋颯斗なのだ。そして俺はその中の1人を金を使って奪い取る悪党なのだ。
もちろん悪党の運命なんて決まっている。いくら金をちらつかせても、いくら期限を決めようとも、見ず知らずの訳の分からない男子の告白に応じる女子なんていないと思う。
氷川には大口を叩いたが、この作戦は木山が振られる事が鍵となっているのだ。多分川野の取り巻きも物陰からこちらの様子を伺うはず。その多少の人数が見ている中で、俺は盛大に振られるのだ。だが、ただ振られるわけではない。振った理由として、「今は誰とも付き合う気はない」または「別に好きな人がいる」と言わせるのだ。
たちまちこの噂は1年生の中で一気に広がるだろうが、高橋はああ見えて謙虚な奴だ。川野が他に好きな人がいる、なんて言っていると聞いて「それって俺じゃね?」とはならない。今は誰とも付き合う気はない、と川野が言った場合でも、高橋が川野を諦める原因に十分なり得る。そして、そこで氷川が川野を諦めた高橋に告白するのだ。何もせずに玉砕覚悟で告白するよりも何倍も成功確率が高いだろう。
人間なんてこんなものだ。俺がその気になればいくらでも掌の上で踊らせることができる。
「へぇ、君がこの手紙をくれた人?」
不意に声をかけられ、全身に緊張が走る。落ち着け、これは成功しても失敗しても成功となる完全無欠の作戦なのだ。
「わ、悪いかよ」
「悪くなんかないよ? 私も暇だったし」
少し視線をずらすと、廊下の曲がり角付近で影が動いているのが見える。どうやら川野の取り巻きも予定通りちゃんと来ているらしい。ならば後は実行するのみだ。息を吸い、吐く。大丈夫だ、やれる…!
「まぁなんだ、単刀直入に言わせてもらう。…初めて廊下ですれ違った時から好きでした。俺と付き合って下さい」
(さぁ振れ…、そして理由を言え…!)
「へぇ、そんな前から、か。…だけどごめんね。君とは付き合えないかな」
「な、なんでだ…!? 理由を聞きたい」
「私、サッカー部の高橋颯斗君がその…、好き、なの…」
「なん……だと……」
全身を電流が駆け抜けるような感覚、とはよく言ったものだ。本当に一瞬動けなくなってしまった。言葉を出そうにも、息を吸えないし、そもそも何を言っていいのかすら分からない。
「そ、そこで衝撃受けるんだ。君変わってるね」
「あ、あぁいや、高橋とは同じクラスだから、な。呼び出してすまなかったな…」
「うん。じゃ、私帰るね」
遠ざかっていく川野の背中を見送り、ふらふらと廊下の壁にもたれかかる。これが失恋する時に味わう感覚なのだろうか。いや、違う。これはそんな安っぽいものなんかじゃない。言うなれば「絶望」。その二文字がふさわしいだろう。